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愛さないと言った夫が豹変しました~囚われたわたしが夫の真実を知るまで~  作者: 狭山ひびき


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プロローグ

新連載はじめます!

(書き溜めていたものの放出なのでラストまで書いてます~!)

どうぞよろしくお願いいたします。

 ――いったい何が、起きたのか。


 シャルリーヌ・ブランの脳内は、その一言で埋め尽くされた。

 何故なら、離縁する意思を固めて、まとめた荷物を持って邸を出ようとした目の前に、息を切らせた夫が立っていたからだ。


 それだけならまだいい。

 夫はシャルリーヌが渡した離縁状を握り締めており、そしてギラギラと感情の高ぶった緑色の目で睨みつけてきながら言ったのだ。


 出て行くことは許さない、と。


 やや乱暴に腕を掴まれて、抵抗もむなしく元いた部屋に連れ戻される。

 ガチャリと、夫が後ろ手で閉めた鍵の無機質な音を聞きながら、シャルリーヌは、人生において自分が一番混乱した日という記録が、今日、塗り替えられたのを知った。



     ☆



 あれは一年前。

 シャルリーヌが十八歳の頃の頃だ。


 シャルリーヌは、隣国ソブールの子爵令嬢である。

 ソブール国の王女ディアーヌがヴェルリール国に嫁ぐことになり、侍女としてついてきた。

 ソブール国とヴェルリール国は、過去には戦争をしたこともあり、長年国交が途絶えていた。


 その関係が改善したのが十年ほど前。

 ソブール国のディアーヌ王女と、ヴェルリール国の王太子アロイスとの婚約がまとめられた頃である。

 そして、九年の婚約期間を経て、ディアーヌはシャルリーヌが十七歳の時、この国に嫁いだ。


 シャルリーヌより一歳年上のディアーヌは、幼い頃から隣国に嫁ぐことが決められていたからかとても警戒心が強く策士で、嫁いで早々、ヴェルリール国での地盤固めに動いた。

 シャルリーヌをはじめとする侍女を十名も伴ってきたのも、この地盤固めのためだった。

 もともとあまり関係の良くなかったヴェルリール国で自分の地位を確固たるものにするには、まず、自分の派閥を作らなければならないとディアーヌは考えたらしい。


 ディアーヌが連れてきた侍女たちは、いわば彼女の地盤固めのための駒であり、シャルリーヌもそれを理解した上で王女についてきた。

 シャルリーヌの実家である子爵家は、母が他界したのちに父が再婚し、義母と異母弟がいる。

 跡取りは異母弟で、義母はシャルリーヌの存在を煩わしく思っており、実家はどうにも居心地が悪かった。


 それならば心機一転、隣国で新しい人生を送ろう。

 そんな軽い気持ちで、もともとディアーナの侍女をしていたシャルリーヌは、彼女に誘われて二つ返事で了承したのだ。


 ディアーナは連れてきた侍女たちをヴェルリール国の有力貴族に縁づかせることで、自らの派閥を作り上げようと考えていた。

 つまり、ヴェルリール国の誰かとシャルリーヌは結婚することになるが、母が死んですぐに再婚した父を見て育ったせいか、結婚に夢を持っていない彼女は政略結婚の駒にされようがどうしようが構わないと感じた。


 政略結婚であっても、ある程度尊重されればそれでいい。

 子供は育ててみたいから、できれば子供は欲しいが、これについては相手も跡継ぎを考えないといけないので問題ないだろう。

 ディアーナは侍女を自らの地盤固めの駒に使おうと考えるくらい策略家だけれど情のない人ではないので、相手もきちんと選んでくれるはずだ。


 そうしてシャルリーヌの相手に決まったのが、セルジュ・ブラン伯爵だった。

 セルジュは早く父を亡くし、十八歳で爵位を継いだ若き伯爵だが、ブラン伯爵家は古参貴族の一つで、セルジュ自身も王太子アロイスの側近をしているので出世頭でもある。

 銀色の髪に緑色の瞳の、背の高い美丈夫で、シャルリーヌは侍女仲間からうらやまれたほどに優良物件だった。


 年は、シャルリーヌより二つ上。

 セルジュには弟がおらず、父も他界したため、早急に跡取りの問題を考えなければならないだろうと、アロイスも後押しして決まった縁談だった。

 シャルリーヌとセルジュは半年ほど婚約期間を取り、シャルリーヌが十八歳の秋、結婚式を挙げた。

 婚約中には義務的なやり取りしかなかったけれど、政略結婚なのだからこんなものだろう。

 家柄もよく、ディアーナの役にも立てる、とてもいい相手に嫁げたと、シャルリーヌは思っていた。


 ――の、だが。


 あの日。

 結婚式を挙げた日の夜のこと。

 シャルリーヌは、自分があまりにも楽観的だったことを知ったのだ。

 夫となったセルジュは、結婚式で見せていた作り笑顔を消し、無機質な――まるで蝋人形のように表情のない顔で、言った。


「殿下のご命令だから受け入れたが、俺は君を愛するつもりはないし、妻として遇する気もない。ここでの生活は認めるが、俺に迷惑はかけないでくれ」


 夫婦のベッドに浅く腰かけていたシャルリーヌは、頭のてっぺんから冷や水を浴びせかけられた気持ちになった。


 どういうことだろう。

 この結婚は、同意の上ではなかったのか。

 確かに、ディアーヌとアロイスという権力者から打診された結婚だ。


 もしかしたら、セルジュには断りにくかったのかもしれない。

 だからと言って、結婚を受け入れたのだから、それはお互い様だろう。

 愛するつもりはないというのは構わない。

 政略結婚だ。そういうこともあるだろう。


 だけど、妻として遇する気がないとはどういうことだろうか。

 結婚式を挙げたのだから、シャルリーヌはセルジュの妻だ。それなのに妻の扱いをしてもらえないのならば、シャルリーヌはどうすればいい?

 ここでの生活は認めるというが、妻として認められないシャルリーヌは、ブラン伯爵家で何をして過ごせばいいのか。


 侍女の仕事は、二年ほど休職になっている。

 ディアーヌが気を回したのだ。

 というか、ディアーヌにとってはヴェルリール国での地盤固めが優先されるので、シャルリーヌがブラン伯爵夫人として社交をし、着々とディアーヌの派閥を広げることが求められている。

 そのための休職だ。

 夫と仲良くすごして派閥を広げる。それがシャルリーヌに課せられた使命。


(どうしたら、いいの?)


 妻として扱ってもらえないのならば、社交はどうするのだ。

 今は秋。社交シーズンがはじまったあたりである。

 結婚式がこの季節に設定されたのも、ディアーヌが今年の社交でシャルリーヌの活躍を期待したからだ。

 茫然と言うのはこういうことを言うのだろうか。


 あまりにも混乱しすぎて頭が働かない。

 それなのに、混乱のルツボに叩き落した本人は、言うことは言ったとばかりにとっとと部屋を出て行ってしまった。


 夫婦の寝室に一人残されたシャルリーヌの頬に、熱いものが伝う。

 それが涙だと気づいたのは、しばらく経ってからのことだった。

 あまりにも頭の中が真っ白で、自分が泣いていることにも気づかなかったのだ。


 そんな、結婚式の日の夜。

 人生の中で一番混乱したのはあの日だと思っていた。


 その一年後に、もっと大きな混乱の沼に叩き落されるとは、知らずに。






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