序文
ある日の午後、私は父が運転する車で実家を後にした。見慣れた近所を通り過ぎていくはずが、ふと左側を眺めると、本
来スーパーがあるはずの場所に思いもよらない光景が広がっていた。
大皿に小盛りの料理を並べたかのように無数の砲塔を備えた戦艦と、
その直掩機として翻り、腹側を見せつけるF16の影が飛び込んできたのだ。
そのWW2様式の戦艦は、巨大な物体が動き出す時特有の、あの緩慢にして圧倒的な様相で、左舷からコンクリートの埠頭へと身を寄せてく
る。それに伴い、波も一波ごとに高く盛り上がった。
助手席の母が「こういう光景ってワクワクするよな!(原文ママ、ママだけに)」と普段なら口にしないような無邪気な言葉を放つ。そのあまりに
あどけない賞賛に、私も心からの同意を返した。
――もちろん、すべては夢の話だ。現実の母は、とうに鬼籍に入っている。
気づくと場面は、辻の中央に噴水があり、低層の建物が視界を埋める欧風の街へと移っていた。
その光景を一望できる場所――画面の右手前にそびえる白レンガの3階建ての建物、その山なりの形をした外階段に冒険者風の青年が立っ
ていた。足元の宝箱へ、彼はオレンジ色の文字で名が表示された鹿の剥製など、レアアイテムらしき品々を収めている
ところだった。
映像は実写ではない。2020年代半ばの基準では良質とは言い難い、せいぜいPS3風のCGだ。具体的には、2000年代から2010年代にかけての「テイルズ オブ」シリーズの光景と重なる。
アイテムを収め終えた青年は、何気なく噴水広場を見やる。彼の思考は、先の夕景の入港シーンと連続しているらしい。つまり、私の家の近くから始まった一連の光景は、私の夢と青年の過去が混じり合った結果、そうなったのだと考えられる。
青年の名はセダスタ。亡国の王子であり、現在は「クイバル冒険公社」の一員。これから、王国時代からの教育係だっ た老人を訪ねるようだ。
……ここで目が覚めれば、普段なら意識の主権は私に返還される。没入度が高いほど忘れ去られるのも早い――そんな現代のエンターテイメントにも似た夢の体験は、秒ごとに風化していく。洗面所についたころには、夢の内容どころか、夢を見たことさえ半ば忘れている、そのはずだった。
だが、今回は違った。目覚めた直後の私を支配していたのは、「本当の夢はここから始まる」という、筋金入りの厭世家である普段の私からは考えられない、やたらに前向きな確信だった。
不思議なことに、その夢には、”良い夢”特有の心が洗われるような清々しさと、人を活動へといざなう強い情感が満ちており、その余韻がなかなか消えなかったのだ。
この気持ちを現実でも味わい続けられるなら、新たな苦難に身を投じることも厭わない。その時はごく自然にそう思えた。
ただ、こうした経験は初めてではない。救済感を伴い、何者かからの示唆を思わせる強い誘導力を持った夢は、これまでにも何度か見てきた。そして、過去の体験から、こうして得たモチベーションが長続きしないことも知っている。案の定、目覚めてしばらく経った今、あの時の感動は日常の思考の奥へと追いやられてしまった。
それでも、なぜか今回の夢だけは諦めたくない。そう思った私は、後には引けないよう「下準備」だけでも済ませてしまおうと、しゃにむに動き出した。この文章は、その結果として生まれたものである。
この雑想ノートについては、「いつかJRPGになるべき物語のアイディア帳」と定義したい。日常の諸々から得た小さな感動やひらめきを、文字を基本に、時にイラスト、稀に漫画という形で具現化していく。
そのため、ここには本筋に採用されるか否かにかかわらず、本文、世界設定、キャラクターデザインといった様々なメモが、スクラップブックのように雑多に積み重なっていくことになる。しかし、宮崎駿監督の『雑想ノート』がそうであったように、これ自体が独立した読み物となることも目指したい。
本稿の性質上、物語の核心に触れる記述が含まれること、すべての内容は将来的に変更される可能性があること、そして文章の完成度よりも着想の記録を優先していることを、あらかじめご了承いただきたい。
以上を前置きとして、これより雑想ノートの本編を綴り始める。




