出発の準備を
ぐすっぐすっ…
男の子が泣いている。
「だいじょーぶ?」
その男の子に、一人の女の子が手を差し出す。男の子は泣いたままだ。
「迷子になっちゃったの?」
女の子の手をとり、男の子は立ち上がる。
「おうちは何処の里?」
「さ…さとってなに?」
男の子の問いに、女の子は体をピクリと動かす。
「君、もしかして人間?」
今度は女の子の問いに、男の子は不思議そうに首をかしげて言う。
「そ、うだよ。今日はお出掛けだったのに…。お父さんもお母さんもいなくなっちゃった…。」
うわーん、男の子がまた、泣き出してしまう。男の子の答えに、女の子は少し考える素振りをした後、
「大丈夫。君は絶対にお家に返してあげる。」
女の子のその声は、はじめの<大丈夫>とはほど遠い、確実な自信を持ったものだった。
「いいか!お前等!よく聞けよ!」
24億9999万9998年 8月 3日 6時 27分
朝、赤い空の中、高菜の声が天界に響いた。
「ったくうるせぇなぁ、縁起の良い年に大声を出すなんて天罰が下るぞ?」
言い返してきた光棄のことを高菜がギロリと睨む。弘は既に高菜を恐れ正座の状態で震えている。
「まず!俺らはクソジジイ様に天使であることを隠すということは絶対だとされている!
正体をバラすようなことをしたら!死刑だと思え!」
高菜は相変わらず、クソジジイに様を付けるという意味不明なことをしている。天使の頂点、王である聖火ー自称「クソジジイ」のことを、高菜は嫌っていながら敬わなければならないのだから、まあ仕方がないことである。
「それから!人助けのために力を使うにしろだ、それが自分だと知られるようなら!
自害するか潰しとけ!さらにー」
「分かった分かった!いいから早く行け!遅刻したら依頼主に叱られるぞ!!」
延々と力説し続ける高菜を、光棄が遮る。
「分かったならいいが、新しい家族にも言うなよ!万が一言うようなら俺が」
「はいはい、いいから行ってこい!」
またも高菜を遮り光棄が話し出す。立ち上がり、高菜を背に、家に入るかと思いきや、
「じゃあな♡」
「なっ」
光棄は高菜の方を向き、ニヤリと笑った。その瞬間、光棄が振った手が光り、高菜の足下に丸い円の模様ー
通称、“魔法陣”が現れ、その光が消えると同時に、高菜の姿も消え去った。
すると弘がハァ、と溜め息を吐き、やっと口を開いた。
「いえろーかーど、ですよ兄様。」
ヘヘッと光棄は笑い、弘の方を向いた。
「っていうかホントに、おまえ性格変わりすぎじゃね?」
“性格の変化”というのは、高菜と高菜に対する態度のことだろう。
「しょうがないじゃないですか、高菜と高菜が同一人物だなんていまだに信じられないんですよ!」
「ハハ、違いねぇ」
「笑い事じゃありません!」
元はと言えば、高菜があそこまで豹変したのは、大方光棄のせいなのである。
弘が恐れ続けるのも無理はないのであった。
「とりあえず俺らも行こうぜ」
「とりあえずゥ?何時ならいいんですか??」
光棄なりに気を使ったつもりなのだろうが、あきらかにはぐらかしたようにしか思えない。
面倒だと思ったのか、はたまたどうでもいいと思ったのか、光棄は黙ったまま部屋の中に入ってしまった。
「全く、捻くれたモンですね。」
取り残された【姫花】のひとりごとなど、真面目に聞くものは一人としていなかった。




