先輩との出会い
セフィードは人気のない廊下を選んでどんどん進んでいき、やがて『第四研究室』のプレートがかかる教室の前で立ち止まった。
私がついてきていることを横目で確認したあと、ガラッと扉を開ける。
教室の中では、マルディー先輩が一人実験を行っていた。
マルディー先輩は突然開いたドアの方を驚いたように見たあと、そのドアを開けたのがセフィードであることを確認してにかっと笑った。
「おう、セフィードか!」
「どうも。実験お疲れ様です」
ずんずん教室に入っていくセフィードに続いて、慌てて私も中へと入る。
先輩はそのとき初めてセフィードの後ろに私がいることに気付いたようだった。
「セフィード、そちらのお嬢さんは?お前の彼女か?」
マルディー先輩にじっと見つめられて、顔が赤くなる。
初めて近くで見る先輩は想像していた以上に大柄で、包容力を感じさせた。
セフィードは恐ろしい勘違いをする先輩にばっさりと答えた。
「やめてください。むしろ、先輩に会いたいっていうから連れてきました」
そして、はやく自己紹介しろとばかりに私の方を見る。
あまりに雑な紹介の仕方に私はセフィードへの怒りを覚えそうになったが、よく考えたら用紙の締め切りまでもう時間もないし、私の好意はばれていた方が話が早い。
私は腹を括って勢いよく頭を下げた。おさげ髪が顔のよこでぶんっと跳ねる。
「マフル・ハーシェです!マルディー先輩と仲良くなりたいです!よろしくお願いします」
マルディー先輩は突然の出来事に目を白黒させてこちらを見ていたが、やがて顔を真っ赤にして戸惑ったように言う。
「ええ、俺……?いや、ありがとう、こんなの初めてで嬉しいよ。でもほんとに俺……?」
何か間違えてないか?と言わんばかりにセフィードと私を見比べる先輩に、私は必死で言い募った。
「はい、あの、先輩前に道でバッグが破れて困ってた女の人を助けましたよね?あのときから気になってました!」
先輩は一瞬考えるような顔をしたあと、すぐに合点がいったように頷く。
「ああ、あったね、そんなこと……見てたの?」
「はい、見てました」
もじもじしながら答えると、マルディー先輩はやっと嬉しそうに笑ってくれた。
「そっか、俺かあ……。ありがとう。でも俺君のこと何も知らないからなぁ」
「そ、それじゃ、今度のお休み一緒に遊びませんか?!」
言ってしまってから、デートのお誘いをしたみたいで恥ずかしくなった私はさらに続けた。
「三人で!」
「はあ!?」
巻き込まれたセフィードが、なんで俺まで?という顔で睨んでくる。
しかし私も必死だ。お願いだから付き合って~!!!と強く念を送ると、やがてセフィードはため息をつきながらも言ってくれた。
「先輩こないだハイキング行きたがってましたよね。それ一緒にどうですか」
なんて気の利く援護だろう!
彼がモテる理由をまたひとつ見つけた気がして私は深く感動する。
先輩はいきなりのお誘いに戸惑っていたが、セフィードも一緒と聞いてか少し安心したように頷いた。
「わかった、じゃあ一緒にハイキングに行こう。植物収集がしたいんだけどいいかな?」
「もちろんです!手伝います!」
研究熱心な先輩も素敵だ。私がぶんぶんと首を振って頷くと、なぜか先輩だけでなくセフィードもおかしそうに笑っていた。
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「それじゃあ、また」
「おう、今度の休みに、ギャラレー山のハイキングコースでな」
「実験のお邪魔をしてすみませんでした」
「いや、楽しかったよ。ありがとう」
詳しく話を詰めてから、私たちは教室を出る。
しばらく黙って歩いていたが、教室から十分に距離ができたところで私はセフィードにがばっと頭を下げた。
「ほんっとーにありがとう!巻き込んでごめんなさい」
セフィードは私をじっと見つめたあと、口の端で笑って言った。
「まあ、いいけど。お前っておとなしそうに見えて、妙なところで思い切りがいいのな」
おとなしそうにみえる、というのは黒髪おさげに眼鏡のこの見た目からだろうか。
言われたことに悪い気はせず、私もにこにこと答える。
「セフィードも、もっと偉そうにしてる人かと思ってたけど良い人だよね」
「偉そうにしてるってなんだよ。実際偉いだろ」
本気か冗談かわからない彼の言葉を、笑って流す。
でも本当に彼の印象は変わった。傍若無人な人だと思っていたけれど、全然そんなことはなかった。
知りもしないのに決めつけるのはよくないな、と心の中で反省する。
彼はちらっと時計を見て言った。
「じゃあ、そろそろ時間だから行くわ。またな」
「うん、本当にありがとう」
離れていくセフィードの背中を見つめながら、私も絶対彼に協力しよう、と決意を新たにしたのであった。