第29話 一つの勝敗
この勝負の行方は誰もが明確な想像を持っている。
きっと、このオノゴッコというルールを知らない、参加していない者までもがそう感じるだろう。
そして、当事者であるジャンオル・レナンもどこかでそう感じ、でもと一人の少年だけがそれを壊せると淡い期待を抱いていた。
だから、レナは少年と出会う前に、相棒であるアンの差し金で現れた少女に向かって告げた。
「あなたじゃない」
アイミはその言葉の意味を完全には理解できない。
それでも、同じような期待を抱いた相手を知っている。
そして、ここからの行動はその少年と一緒にいたいという単純な思い。
「知っています」
「それでも向かって来るの?」
「あなたが今考えてることは分かりません。でも、私は一つでもタダシの傍にいる理由がほしい」
「上には上がいる」
「一番にならなくてもいいんです。その時、タダシの為になることになれば。そして、その時に何もできなかったで後悔したくない」
「そう……」
改めて二人は対峙する。
「私もまだこの世界の事をしらない。だから、この世界をタダシと一緒に見続ける!」
もう、逃げ回っているだけの日々は終わった。
アイミは強く拳を握る。
「あなたが証明してくれるなら……、教えてあげる」
レナは源素を纏わない。
綺麗に形作られた構えを整え、教えを乞う者を迎え撃つ。
勝負とは言えない戦いは一瞬だった。
何一つ理解できないまま、アイミの意識は一瞬跳んだ。
「頭を叩いただけ」
その一言で、アイミは現実に戻される。
「考えて」
ぐるんぐるん、回る視界。頭を振ることでむりやり起こす。
「今できる事をする」
敵であるレナの言葉を素直に聞き入れ、思い出す。
【石眼】
見た先が石化するが、そこにレナはもういない。
失敗を思い出す。
この世界には道具を使わなくとも、ゴーゴンの眼を回避するすべはいくつも存在している。
そして、その経験は二度目。
「あああああっ!」
アイミは叫びながら、相手の顔面目がけて拳を突きだす。
心の中の戦いで見よう見真似の拳は届いた。
だが、純粋な格闘という状態では相手に触れる事すらできない。
「【石壁】」
ならばと、避ける幅を無くし閉じ込め捕縛する。
「遅すぎる」
強い衝撃が背中を襲い、それでも、それが押されただけだということを知る。
そしてまた、精霊をかえして源素を送り、さらにゴーゴン族として強固にするまで時間を早くしなければいけない事を知る。
また考える。
「くっ」
地面に石の大蛇が生成されていく。
しかし、
「本番でやるべきことじゃない」
経った一匹の石の蛇は完成する間もなく、掌底で元素ごと霧散した。
「ん?」
石の蛇を破壊した直後、レナは状態を屈め、空を切る石の剣を避けた。
「それはいい」
アイミの手に握られる石で出来た剣。
石の蛇を囮に、できる事をする。
見たモノを、今ある限りある経験を、全てをぶつけていく。
石で出来た蝶が舞う。
今はまだ、ただ蝶の形をしたただの石つぶて。
完成形は、標的を凍らせる代わりに石化させられるだろう。
突然できる落とし穴。
迎え打つ時には役に立つであろうが、相手を目の前にしては対応できない者にしか影響はない。
幾度と繰り返される失敗と教訓。
それは、アイミの源素が尽きるまで続けられた。
乱れる呼吸を隠すこともできないアイミは座り込む、平然と立ち尽くすレナを見る。
「その程度なの?」
相手に絶望を与える一言。
それで、心が潰れてしまうならそれまで。
それだけのはずだったのだが、
「へへ、でも、みんなより時間を稼ぎましたよ」
その一言にレナは純粋に驚いた表情を作った。
きっとこれは、誰もが想像にしていなかった出来事。
「いつから……」
どこからか、アイミという少女は嘘を吐き続けていた。
この時、この瞬間まで。
「できることをしようと思った時からです」
そもそもの計画を一緒に企んでいた、冒険者の三人ですら知りえない。
騙すならまず味方から。
だからこそタダシには何一つ教えることはできなかった。
逃げる側の勝利条件はたったの一つ。
時間を稼ぐ。
まだ、鬼ごっこの終わりまでの時間は存在している。
それでも、この遊びを忠実に守り、ぎりぎりの橋を渡り、最後までアイミは自分の役割を果たして見せた。
それは、誰ひとりとしてできていない事。
鬼ごっこの勝負はついていない。
それでも、
「騙された」
へへへと、アイミはしばらくぶりの笑顔を見せる。
「私の勝ちです」
レナの表情が緩む。
「わかった、私の――」
「タダシに会いに行ってください」
「え?」
「きっと、目の前が広がるから、私もそうだったから」
「私でも?」
アイミは自分の過去を思い出す。
誰かに助けてほしい。
でも誰も助けてくれない、助ける事が出来ない。
心のどこかで矛盾を繰り返しながら、助けを求めていた自分の姿はもういない。
だって、アイミは出会えたから。
「タダシは異世界人だもん」
「……うん」
子供のような返事の後、目の前からレナがいなくなる。
緊張の糸が切れ、アイミは体全部を地面に預けた。
「あーあ」
ちょっとの後悔と、大きな達成感でアイミは笑う。
「ライバル増えちゃった」
地面の冷たさに気持ち良さを感じながら、あとは結末を静かに受け入れる。




