第27話 身体能力向上レベル3
草原を覆い囲んでいた霧が次第に晴れていく。
その中に木々よりも高くそびえ立つ氷の塔にアンは近づいた。
「わからないわね。君は確かに優れた能力を持っているわ、でも、世界には子供でもそれぐらいの力を有している子はいるわ」
氷の塔の中心にタダシはピクリとも動かず凍りついている。
「聞こえているか分からないけど、アイミちゃんについて伝えておくわ」
それは、数分前アンの前に現れたアイミに関しての話だった。
「あの子は、レナに挑みに言ったわよ。最初は私と共に戦おうとしていたみたいだけど、それはお断りしておいたわ」
そっと氷の塔に触れる。
「あの子が挑もうとしている存在を知っておくべきだと思ったから、それに私と一緒にという以前に、あの子は戦いに関してずぶの素人。連携以前のお話だもの。でも、お膳立てはしてあげたわよ。レナは霧の幻影に気付いているだろうけど、それでもここにはすぐには来られないわ。その間に蝶があの子の道筋になる」
思い出したかのように、
「それと、これは預かって置いたわ」
胸元から何かを取り出した。
小さな植物の種。
簡単にできるレベルアップのアイテム【仙種】だった。
「これは今後禁止した方がいいわ。これはあまりにも危険が及ぶ、君にも、これに魅了された者にもね。君は、あまり人と関わり合いを持ちたくないのでしょう? これはきっと禍の方を多く引き寄せるわ」
そして、植物の種は氷漬けになるとそのまま粉々に砕け散った。
「そういえば、君私に捕まる気はある? その気があるなら、氷漬けは解除するけど、ちなみにアイミちゃんが絶対にそうはしないっていうから、この手段をとったのだけど、どうしたいかしら?」
返事はできないと理解しての質問。
「こんな勝ち方望んでいなかったのだけど。今回ばかりは私も譲れなかったのよ」
それは弱音。
「あの子が求めていることはなんなのかしら。聖騎士長の座を捨て、地位も捨てて、何をしたいの」
氷の塔に背を預ける。
「君に答えがあるかもしれないと思ったのだけれど」
結果をみればそれはお門違い。さもすれば、まだ『新しい波』の方が理解できたかもしれない。
加えて、稀有な存在のアイミの方でも理解できた。
それなのに、
「どうして、君なのかしら?」
考えても、考えても出る事のない答え。
「君は何を持っているの?」
本人からは答えてもらえない答え。
そんなもの、
「俺が知るかよ」
「なっ⁉」
大きな亀裂が氷の塔に入る。
今度こそ、アンの表情が驚きで変化する。
氷漬けですら驚嘆に値していた。
しかし、レナに興味を抱かせる少年だ。
だから、その程度ならばと想定に入っていた。
しかし、これは、それを超えている。
氷の塔の上部がはじけ飛んだ。
「あ、ありえない……」
「さっきから、一人でぶつぶつと一方的に話しかけやがって」
氷漬けからの脱出とは違う。全身を強化し力づくでは破壊できないはずだった。
「俺がこの世界できる事なんて一つだけだ!」
しかし、破壊された氷の塔に立つ少年から、有りえないほどの源素があふれ出している。
「源素の使い方がでたらめ……、そんなことをし続けたら、すぐに尽きるはずなのに」
風船に空気を入れ続けたら破裂するように、源素で氷の塔を内部から圧力だけで破壊して見せた。
「悪いことをしないで、嫌な事からは逃げて、のんびり暮らす! それだけだ!」
高らかに宣言されるこの世界での非常識。
「だいたいあのレナって子が何をしたいか? 何をしたいかじゃなくて、何をしたくないかを考えたのか?」
それは一つの道。
「俺だったら、戦いたくないね。なんで、わざわざ自分から、危険な目にわないといけないんだよ」
「そんなわけっ⁉ あの子は生れ持って、人とは違う強さを――」
「強い=戦いたいな訳ないだろ、何を言ってるんだ」
異世界人だから持つ応え、強かろうとなんだろうと、その道に行くとは限らない。
「あ、それと、まだ鬼ごっこのルール上、俺捕まってないからな。キャッチは氷漬けでは認めませーん!」
そこまでタダシが言うと、
「に、氷の女王」
慌てて上位精霊を召喚する。
「うおっ、精霊もそこまでいくと可愛いのかよ!」
そんな一言に氷の女王の頬が赤らむ。
その隙に、
「レベル3」
溢れ出ていた源素がタダシの体に取り囲まれていく。
「これが切り札だ!」
【仙種】と同じ効果を持ち、現段階でタダシが耐えられる身体向上。
「油断大敵だ、ばーかばーか」
その言葉を最後に、タダシがその場から消えた。
気配で追いかけることも叶わないほどのあまりの速さに完全に逃げ切られた。
タダシの源素の残影が途絶える。
これで、後を追うこともできず、探すにしてもこの山全体をしらみつぶしに探す他ない。
取り残されたアンは、追いかける事を考えていなかった。
それよりも、
「戦いたくない……そんなこと考えもしなかったわ」
正解かはわからない。
それなのに、妙に当てはまる納得のいく答え。
「ふふ、あはははは、馬鹿ね私」
まるで理解していなかったと、力なく座り込んだ。
そんな主人の姿を自然と隠しながら、タダシの逃げた道をぽーっと氷の女王は見つめていた。




