第23話 【仙種】
「さすがにむかつくな」
山を疾走して結構な距離を移動した頃だった。
合図を送りには木々が多すぎる為、雑木林の日の当たる所で足を止める。
そんな頃、カルバンの予想に俺は憤慨して見せた。
「でも、そのおかげで少なからずクラナディアさんの方は間違いなく消耗する」
「それは確定?」
「だろうな。言いたくはないが、俺たち相手にレナンが持っていた武器は必要ない。あれは、クラナディア用と思っていい」
実力差を認めるのも資質なのかもしれない。ジオラルの率直な感想に、俺は素直に聞き入れる。
「しかし、協力はしないにしても二人で争うって、やっかいな事言ったもんだなぁ俺も」
悪気があったわけでもないから罪悪感が募る。
「タダシは本当に楽しむことしか考えてなかったんだね」
だからこそ、腹が立ったのだが。
「気にする必要はないな。あっちはあっちの流儀でやるんだ。決めたルール上はなんの問題もない」
「それならいいけど、鬼ごっこだぞこれ? っていっても俺の知ってるものと認識が違うからしかたないか。それはそれとして、早速アイミがいないけど?」
「それも気にしなくていいって言っただろ? あっちは俺たちの作戦で動いてる」
なんで俺にだけ教えていないのかを聞いたつもりだったけどな。
「アイミさんなりの考えだよ」
「さいですか」
まぁいいけど、のけ者感はあるんだぞ。
「で、実際問題、時間はどれくらい稼げそう?」
誰もが負け試合だと認識している中で、密かな作戦は動き始めている。
「正直、そこまでの予想はできていない。実力差でいえば、僕たちとクラナディアさん程の差はないと思っているけど」
「それでもレナの方が勝つんだろ?」
そういうと、二人は声を揃えて言う。
「「あっちは規格外」」
俺からすると、アンさんの実力もレナの実力も理解できていない。
だから、雰囲気だけの感想なら、どっちも大した差はない。
「レナンさんはおそらく世界で見ても一〇本の指に入る実力者。クラナディアさんも知名度は世界クラスだけど、世界にはそれ以上が何人もいる」
負ける気しかしなくなってきた。
そんな世界クラスの相手に、こっちは地区予選クラス。
何一つとして利が存在していないんじゃなかろうか。
「万が一、合図と同時に何か予想外の事が起きた時点で、僕たちはこれを早々に使うことになる」
そう言って取り出し手のカルバンの手のひらには小さな植物の種が置かれている。
それが俺たちの作戦であり、最大の切り札。
それを思いつき、準備に至ったのは休息日の初日のことだ。
◆
「さてさて、調子の方は?」
俺は作戦会議の為に四人を借家から離れた土地に連れ出していた。
そうはいっても、まずは休息の必要な三人の容体の確認が先、そもそもそこが解決しないと、俺の思いつきが実行できない。
「私はある程度は、元々【神の御慈悲】は源素はそこまで使わないし」
「……俺は歩ける程度だな、源素は全然」
もっとも疲弊していたのはカルバンだった。
「……僕は動くのがやっとだ」
反動なのだろう。
源素を使い切った日よりも翌日の方が疲弊はすさまじく、男二人に普段の覇気が欠片も感じられない。
「……無茶な使い方したからね、本当に元に戻れるのかも怪しい」
疲弊が弱気な発言に変わる。
風邪ひいたら心も弱くなるから仕方がない。
うんうん、と頷く中で、アイミがあざとくも気が付いた。
「はぁ、それでタダシはどうしてこの状況でニヤついてるの?」
「え? あ、気づいた?」
じぃと~、とアイミとテトラの視線が送られる。
「悪い話じゃないはずなんですけど、思いつきで試したいことが二つほどありまして」
「子供用の口調は怪しいと思う」
「その口調を久々に聞いたような気がするよ」
俺の弛まない努力を破壊していった豚どもが何をほざく。
ただ、今回は全てを許そう、なぜなら、失敗した暁には尊い犠牲が出るかもしれない。
「……その様子だと僕たちは何かをされるんだね」
疲弊していても察しがいい。
「さすがっ」
指でピストルの形を作り、カルバンに指差して賞賛する。
「……大丈夫なんだろうな」
返って予想できていないジオラルは心配そうだ。
「失敗しても動けなくなるだけだから」
たぶんね。
「…………なるほど」
本当に大したものだ、それだけでカルバンだけが理解したようだった。
「んじゃ、ま早速」
そう言い、俺はカルバンとジオラルを並ばせ背中に手を置く。
「あ、それって」
次に気が付いたのはテトラだった。アイミはこれをやられたとき、暴走中だったので、後から説明した分気付くのに遅れた様子だった。
「おいおいおいおいっ」
「………………」
最後に気が付いたジオラルはアイミの反動を思い出し、それでも事の発端の原因であり、現在の不甲斐なさから逃げたりはしない。
俺は掌に種の急速成長&強化の能力を使って源素を集め始める。
そんな中でも、俺だったら怖くて逃げるな、と自信はないからこそ、心の中だけで謝罪し実験を進めた。
「それって源素を渡すだけじゃなくて回復の効果もあるの?」
ふいにテトラの発言で、俺は空を仰いだ。
確かに、あの時は源素を貸すイメージでアイミに送り込んだ。
それをどう使ったかはわからないが、その反動で動けなくなった。
それはアイミと俺との源素の許容範囲が違うからだと思い込んだけど、もしそうじゃないとしたら、やりようがあるのかもしれない。
「それも試してみるか」
「は?」
「え?」
急な変更に黙っていたカルバンまで不穏な気配を感じ取る。
それを無視して急速成長&強化から、回復をする時のイメージに切り替える。
ただ源素を送るだけの行為から、まずは二人の源素の色を感じ取った。
そこから、俺の源素が二人の体内に入る直前で少しずつ色を合わせていく。
それはまるで、輸血をするかのようで、混じりあってしまえばそのまま引っ張られていく。
急に送る状態から吸われる感覚に、俺は急ぎながらも丁寧に色を合わせていき、送っている源素を回復の為に返還させていった。
「うおっ」
「すごい」
二人の声に反応する余裕がないが、その反応でうまくいっていることだけは伝わる。
それから、二人の状態が元に戻るまで続けた。
その結果、
「……疲れた」
鬼のような集中力を使う羽目になったせいで、今度はこっちが疲弊した。
「それでどう?」
突っ伏している俺の代わりにアイミが尋ねると、
「すげぇ……」
「信じられない……」
二人は体の異常がないことを確認し、源素そのものが使えるかも確認する。
「よかった、タダシ成功みたいだよ」
俺はサムズアップして、突っ伏し続ける。
そんな中、
「す、すごいってレベルじゃない……。だって、これって【神の御慈悲】超えてる……。傷を治すどころか体力、それに源素まで……」
その所為で俺は疲れたけどな。
「こんなことって……、源素を送るだけでもすごいことなのに」
「それでやりたいことのもう一つは?」
アイミの言葉で俺は突っ伏した体を勢いよく起こした。
「そうだっ、そっちが本題だった!」
「え、ちょちょっと、もう!」
「え? なにが?」
「あんなすごいことやって……、疲れたって言ってたじゃん!」
「まぁ、精神的な疲労だし」
本来なら俺の集中力は五分と持たない。
それを面白いという理由だけで、限界を超えてみせたのだから、疲れもするさ。
ただ、もっと面白いことの為に俺のやる気は回復する。
「一個目はおまけみたいなもんだし、成功したんだから気にせずいこう」
そんな俺のお気楽な対応に、テトラの両肩にジオラルとカルバンの手が置かれた。
「無駄だ」
「タダシは異世界人だよ」
そんな優しい言葉に、
「そうだね、タダシだもんね」
失礼な物言いがでた。
「なぁ、アイミ、あいつら殴ってもいいと思うんだ」
「……あははははは」
アイミは苦笑いで返答するのだった。
「それで、もう一つってなんだよ変人」
「奇人の思いつきの内容を聞くのが怖いね、ここまで来ると」
「驚くだけ無駄だって理解したからどーんと来いっ、変態!」
「おい、お前ら、何にルビして俺の名前を呼びやがった」
「まぁまぁまぁ」
このままだと話が進まなくなるからと、俺を肩に手を置いたアイミに諭される。
「っち、まぁいい。これから俺が作ろうとしているのは、【仙種】だ!」
「「「「センシュ?」」」」
「俺の世界で古来より、愛されている漫画という書物の中でなんでも治る仙人の豆というものがある。それを参考にその【仙種】を作る。効果は食べる事により、バフ、つまりは身体強化を促すことができるアイテムだ!」
衝撃を受けたように反応をして見せるノリの三人に対し、一人冷静なカルバンは、
「つまり、そのアイテムを食べることによって、タダシが行っている肉体強化を僕たちもできると?」
「うん」
察しがいいのも考え物だな。
「そんなもん作れたらオニゴッコも勝つ可能性がみえるんじゃないか」
「作れたらね」
「本当は大豆みたいな豆で作りたかったんだけどな、豆売ってる場所知らないし、種ならあったからな」
できれば、俺が知っている仙人の豆にそっくりなものを作りたかった。
だって俺形から入るタイプだし。
「もう驚かないって決めたけど、それが出来たらタダシは有名になりそう」
「絶対に世には広めないようにしよう」
俺は命に代えてもこの種を製造販売するのを辞めようと固く誓う。
「二人は気づいてるの?」
「何が?」
「あ、そういうこと。でもそれってジオラルとカルバンの役目じゃない?」
そう、作るとは言ったけど、うまくいくとは言っていない。
だから、それを作る過程で人体実験は必要なわけで。
「まさかっ」
「おめでとう、被験者の諸君!」
「ふざけんッ――」
実はすでに作っていた【仙種】を親指で弾いてジオラルのお口へ投下。
「――んぐっ、って飲んじまった!」
「大丈夫、源素は少なめにしてるから! それに回復は成功してるんだ、君達ならゾンビ並みに実験の被験者になれる!」
そうして、休息日は全て【仙種】作成に注がれた。
◆
結果を言えば、完成したとも失敗したともいえない【仙種】が出来上がった。
理由は、その強化に必要な源素の微調整がうまくいかなかったのだ。
アイミの反動の時と同様、多すぎた場合動けなくなり、少なすぎるとパワーアップとはいかない。
そして、俺が種に送る源素の量は個人差で違い、さらにいえばその時の体調などにもよって変化する。
そもそも、この案を思いついたのは鬼ごっことの相性の悪さからだ。
【仙種】を用いなくとも、俺が傍にいれば身体能力の強化は可能だ。
しかし、必ず俺の傍にいなければならない上に、咄嗟の時に調整しながら源素を送るなんてできやしない。
だから、【仙種】の作成の後半は、種に各々耐えられるぎりぎりの源素を溜めておくというものになった。
もちろんパワーアップはするが、時間切れの後は、反動で動けなくなる。
使う時を間違えると、その時点で離脱が確定するもろ刃の剣。
それでも使わなければ、妨害者であるジオラルとカルバンは、この鬼ごっこに参加する意味がない。
理想としては、ぎりぎりであり、かつ遅すぎないタイミング。
「僕たちはまずそこを見極めなければならない」
その判断は、二人に任せている。
「後は任せた」
そう言い残し、俺は身体強化を解き、気配を探れないようにすると二人の傍から消えていく。
それから数秒した後、ジオラルは掌に野球ボールくらいの火球を作った。
「開戦だ!」
そうして、合図ははるか上空に放たれた。
そしてその数十秒後、山中に響き渡る爆音によって理想は理想でしかなくなった。
「ジオラルッ、飲め!」
「くそったれ!」




