第17話 座右の銘
「へくしゅんっ――失礼。それでどうしようか?」
どこかで、憐みの念を抱かれているとは知らず、カルバンは呼び出された本来の話をするために、本腰を入れる。
「あっ、そうだ、本題忘れてた」
相談なんて人生で初めての事で、重要な事を俺は忘れていた。
「おの二人を納得させる提案かぁ……」
「結局、勝負事になるんだろうなとは思っている」
「世界で十本の指にはいるあの二人に勝つ……か」
「一応言っておくけど、戦わないぞ」
「でも、勝負って」
「土俵さえ変えられればいいだろ」
「土俵?」
まじか……。
「カルバン、君は平民だろ」
「そうだけど」
「ゲームとかないのかね?」
「げーむ?」
あ、その言葉はないのね。
「遊びだよ ア ソ ビ 」
「どうだろう。僕は平民と言っても貧困外の出だし、生きるためにだいたいは働いて――」
「なんか、ごめんなさいっ!」
ただただ平謝りである。
とりあえず、俺の常識のなさは置いておいて、相談者としてその辺の説明をしてもらう。
「一般的に子供の遊びは駆けっことかはさすがに知っているけど」
思い出される町中での逃走劇。
「ひぃっ」
思えば正体不明の不気味な仮面の変質者は恐怖だった。
「?」
突然震えた俺に疑問の視線を投げかけてくる。
が、思い出したことで良い案が思いついた。
「これはあれだな、子供の頃にはやってたけど、大人になってからはまったくやらなくなった遊びで勝敗を決める」
異世界の何かかとカルバンは考える中で発表する。
「大人の鬼ごっこだ」
「大人のオニゴッコ?」
なんとなくいやらしく聞こえるのはスルーしよう。
「簡単な話、一人が逃げてもう一人が捕まえるたら、捕まえた方が勝ち」
「なるほど、逃げ切ったら逃げた方の勝ち」
「そゆこと」
ここで大きな問題がある。
「……あの二人から?」
そうは言うが、根本的に俺はその二人の事を良く知らない。
「そうだった、根本、相手の情報がいる。特にジャンなんとかレナ」
「ジャンオル・レナンだよ」
覚えきれるかっ。
「確かに、どうしてタダシに興味を持ったのかわからないけど、まずそこは置いておこう。と言っても、僕の知っている情報もそう多くはない。その辺の住人よりは多少は多いだろうけど」
それでも全く知らない俺よりはマシだろう。カルバンのそう多くない情報ということもあり、ヒントになるなにかがあればいいかと気軽に話を聞く態勢に入る。
子供ならではの体重で柵に全体重を預けて、バランスを崩すもすぐに立て直している頃に、カルバンの話は始まった。
「名はジャンオル・レナン。年齢20歳」
ただ、その話は俺が思う甘いものではなかった。
「あの人は聖騎士団国家の最年少記録を全て塗り替えた――」
それを序章に話は盛大なものになっていく。
聖騎士団国家に入ったのは、若干九つの時、今でこそ字もちであるが貴族ではない。
そして入園と共にその力の一端は世界に知らしめるほどだった。
聖騎士団国家は入園も卒業にも年齢というものでの縛りがない。
どんな者であれ、早くても三年、遅いもので十年の月日を過ごすのが一般的だ。
しかし、ジャンオル・レナンはその月日を一年で卒業する。
そして、卒業と共に聖騎士長の座に就いた。
そこからは、世界が認める功績をいくつも打ち上げた。
一国の王を守り、時には戦争を終わらせ、またある時は自然災害をも食い止めた。
どれも一つ一つが、冒険者でいうSランク以上の案件で、伝説とかした。
「化け物じゃないか……」
その中でも有名なのが、冒険者との共闘だったという。
そこからは色々な国からオファーが殺到し、その流れで専属依頼が殺到したが、本人がそれを拒否。
その所為で当時は、力ある国からは狙われることもしばしばあったそうだが、逆にそれを返り討ちにすることでさらに名声を高めた。
さらに、ジャンオル・レナンが作り上げた女性のみのチーム、『戦場の戦姫』は、騎士隊の中でも少数精鋭の特殊部隊。
一人一人がその美貌と強さで名を轟かせ、チーム解散後もその名は未だに衰えることを知らない。
その中に、アン・クラナディアが副聖騎士長と存在していたという。
「それも二人か……」
そこからも出るわ出るわの伝説だらけ、もうお腹いっぱいだ。
それでも話は終わらない。
「――特に世界を驚かせたのはあの人が、聖騎士長及び聖騎士団国家を辞めると言った時だったよ」
それはあまりに突然のことだったらしい。
「辞めると言ってもあの人たちの場合、そう簡単でもなかったらしい。実際、想像の範疇だけでも、数十年分の仕事はあったはずだからね。しかもそれを正式に終わらせての引退。世界中が驚いたはずだ」
それは、引退のことだけでなく、数十年の仕事を一年足らずで終わらせたことも含めてなのだろう。
「実際の所、正式な引退は発表されていない」
聞きたくないけど、訊かないわけにもいかない。
「なぜ?」
「理由は分からない。ただ考えられるのは、聖騎士団国家と無関係になったと知られたくない可能性もある」
それは、聖騎士団国家側の話だ。
「でも、おそらく引退はしていると考えていい。タダシが気に入られたのと同様に、僕たちに興味を持って今の事態になっていることから、おそらく無所属の立場で自由に動けている」
「それでも有名だからあの変装を?」
「騎士としては動けないだろうから、おそらく」
「ん、まてよ、引退理由って『新しい波』が握ってるんじゃないのか?」
「それを言うなら、タダシの方がってなるけど」
「ぐっ」
確かに、標的が俺になった時点でそう言えなくもない。
「そんな嫌な顔をしなくてもきっと動機は違うよ」
「なぜ?」
「僕たちが冒険者になると決めた日よりも、あの人の引退の発表はしたのは前の事なんだ」
なるほどそれならきっかけは違くなる。
「と、ここまでが一般的に知られている話だね」
「はいっ⁉ まだプロローグっ??」
「これでも聖騎士団国家の出だからね、一般的に知られていない事も多少はわかる」
うん、わかった。これ以上は俺の可愛い脳みそちゃんが涙を流す。
「例えば、平民は聖騎士団国家の関係者の推薦人が必要だけど、未だにその推薦人が誰か不明とか――」
「もういい」
「え、でも情報は多い方が――」
「無駄だということが分かっただけで十分だ」
「無駄?」
「考えるだけ解決策はない!」
カルバンは呆れた様子で額に手をやる。
「ジオラルでもこういう時はちゃんと考えるのに」
それはマジ心外だ。
「一緒にするな。一応、思ったこともあるんだよ」
「それは聞いても?」
なんとなく含みのある言い方だが、気にせず俺はそのことを口にした。
「久しぶりに鬼ごっこがしてみたくなった」
今日一の深いため息をカルバンが吐く。
「いやいやいや、子供の頃の遊びを大人になってからやると、面白いはずなんだ! だって、本気の奴だぞ! しかもちゃんと罰ゲーム付きならなおさら!」
「もう何を考えているんだ……君は」
記録的なため息をあっさり塗り替え、さらなる深みのあるため息を吐かれたが、勝てないと思ってやるんだから、楽しい方がいいだろう。
「聖騎士団国家に入ることになるんだよ」
「死ぬよりマシだろ?」
「言いたくはないけど、僕はあそこで――」
「最悪、入園だけして脱走しよう」
「は……?」
「負けたら、外から逃げる為に助けてくれ」
「逃げる……?」
「そりゃそうだろ。そんな貴族だらけの中に俺なんかが合うわけない。いじめられたらどうする? んなもん、逃げるしかなくない」
俺は鼻で笑いながら、最初っから負けるつもりで逃げる準備を欠かさない。
「君たちに会えたのは怪我の功名、一人で逃げるよりも気が楽だ! むしろ、逃げる事の方が本番だな!」
カルバンは目を丸くしながら、不意に後ろを向いた。
「ほんとに君は……、どうして……」
目頭を押さえているようだが、また呆れられたか?
しかし、そんなの関係ない。
誇りとかそう言ったものは、
「桃に詰めて太郎くんにくれてやったわ!」
そう宣言すると、目を赤くしたカルバンは、
「安心しなよ。僕はすでにあそこから逃げてるから」
まるでなにかを吹っ切れたように、そう自信満々に言ってのけた。
「おっ、やるねぇ。だけど、逃げ歴なら俺の方が上だということを見せてやろう!」
情けなくて笑うしかないが、逃げちゃいけないなんて誰かが決める事じゃない。
前に進むために逃げることが必要ならば、俺は全力で逃げてみせる。




