第7話 ぬいぐるみ
2021/5/27 軽度な(台詞の言い回し、誤字脱字)編集をしました。
状況が混乱と化した。
元暴走者アイミVS不審者の構図。
そして、俺はというと不審者の腕の中で抱えられ、身動きを封じられたぬいぐるみ状態である。
「返してくださいっ!」
控えめだったアイミから明確にはっきりと意見が出た事はいいことだとは思う。
しかし、言い方は他になかっただろうか、思いのほか俺はぬいぐるみの位置づけが強くなった気がした。
アイミが不審者に手を伸ばし俺を奪還しようとするが、不審者がひょいっと避ける。
「くっ」
ひょい。
「むむっ」
ひょい。
そのたびに垂れ下がった俺の足は左右に振られ、情けなさに涙が出そうだ。
思えば、どうして俺はこの不審者に気に入られたのか分からない。
――山での一件が済むと、俺たちは【テイルト】の町まで戻った。門兵に不思議な表情をされたのは、おそらく町を出ていく姿を確認していなかったためだろう。
そのことは、身分証明であるプレートを提示することで特にお咎めはなかった。
だからこそ、杜撰さも目立つ。
幼い少女とその背中で眠り続ける少女が町の外へ容易に出ることができた事からも、形式的なものはあっても、この町ではそこまで重要さをもっていない。それはおそらく田舎という一言で説明できてしまうのだろう。
実際、俺が元いた同じ田舎街では高い塀に囲まれ、街の出入りができる場所は二か所しかなかった。きっと大きな街、それこそこの世界での都会と呼ばれる場所ではプレートだけでは入れない可能性すらあった。
そのことも、幼い少女二人と別れてから気が付いた。
幼い少女二人との別れは親元まで、その際親と住人から感謝はされど、疑惑の念を抱かれたのは、間違いなく不審者の恰好の所為だ。
なぜか俺がこの不審者を庇うことになったが、無駄な歓迎をされないだけマシかと思いその場を早々に離れた。
そして、その時点で迷子という部分はお姉さんである少女のおかげですでに解決され、いよいよ不審者との別れがやってくる――。
「それでは、僕もこれで」
はずだった――。
にゅっと伸びた腕が俺の脇を潜り持ち上げ、ぎゅっと抱きしめられた。
これが、ぬいぐるみへとなる流れだ。
さらに、そこに、
「――ッ! なな、何してるんですかっ⁉」
なぜか別れた時とは違う恰好をしたアイミが登場したということだった。
アイミは見慣れた格好ではあるものの、その服は目を隠すために着ていた服で、所々を血に染めている。
「――生臭っ」
そして、獣の匂いがアイミから漂ってくる。
「あ、実は獣の解体のお仕事にって、今はそんなことは良いっ! これはっ、どういう状況⁉」
むしろ俺が知りたい。
「あなたさっきテトラちゃんとどこかに行った人ですよねっ!」
その発言に不審者が首を傾げた。
不審者の味方をする気もないが、俺もアイミの発言に違和感を覚える。さっき、がどの程度前のことなのか分からないが、しばらくの間不審者と俺は同行を共にしている。
そうなると、この恰好をしている不審者がもう一人いるのか……。
「とにかくタダシを離してください」
「……いや?」
疑問形でさらに俺に問いかけられても、困る。
どう考えてもアイミと同意見だ。
「誰?」
「え、あ、ごめんなさい。名乗り遅れました。アイミケ・ゴースキーと言います」
突っ込みどころが多すぎで、俺は黙っていようと思う。
「私はジャンオル・レナン」
「あ、ご丁寧にどうも」
…………。
「――ってそうじゃないっ⁉」
鼻息荒く我を忘れているアイミを見るのは質問攻めにあった依以来だろうか。
そして、何にアイミは興奮しているのかわからないが、さすがに俺もこのままとはいかない。
「あの、下ろしてもらえませんか?」
「迷子」
「あ、いや、アイミは僕の知り合いでもう迷子では……」
ふと、俺の脳裏に今までの不思議な感覚が結びついた。
「ちょちょ、ちょっとまってください。迷子ってまさか――」
盛大な勘違い。
自分が子供の容姿をしているから、てっきり迷子は俺だと思い込んだ。
実際、迷子だったわけだけど。
しかし、今までの不審者の行動、そして言動を考えてみれば、
「私が迷子」
悲しい事実に合点がいったのだった。
だとしたら、話は早い。
「あの、僕たちこの町の住人じゃないので、他の方を頼った方がいいと思います」
これで全てが収まる。
そう思ったのだが、不審者の回答は予想だにしない物だった。
「大丈夫、君の方が興味深い」
どういう意味だ?
「なっ、」
アイミが激しく動揺しているが、なんのことかわからない。
「君の事を知りたい」
「ななななっ、」
「『新しい波』はついででいい」
この瞬間、俺の面倒事管理が警報を鳴らす。
「あ、」
俺は身体能力向上を発動した。
抱きかかえられた腕からするりと抜けだし、アイミの手を掴むと全力で走り出した。
「逃げるぞっ!」
「え、う、うん!」
今度は捕まらない。
そして、俺の掛け声とともにアイミが不審者の足元を石化した。
「コントロールできてんのかっ⁉」
「大丈夫、割れば脱出できる程度!」
それなら、不審者の実力で問題ないはずだ。
「でも、どうして逃げるのっ?」
「知らんっ、でも冒険者関連は碌なことがない! とにかくジオラル達を見つけて、とっととズラかるに限る!」
最後に振り向いた先で不審者は足元を眺めていた。
「悲しい。逃げられた」
タダシが逃走し、残されたレナは足元の石化を簡単に破壊した。
それは周りにいる人間からはなにが起きたのかはわからないだろう。
振るわれた剣戟は鞘に収まるまでの間、誰にも見えなかったからだ。
「追いかけよう。……、アンも探さないと……」
何事もなかった様子で、逃げたタダシの後をすぐには追わない。
彼女の優先順位の中にタダシを捕まえる事は入っていなかったからだ。
それは、ジャンオル・レナンにとって剣戟を振るうよりも簡単なことだと見なされた。
「あ、迷子の最中だった」
現在、彼女にとっての優先順位の上位はアンという相棒を探すことだった。




