第5話 不審者が不審者たる所以
2021/1/23 軽度な編集をしました。
2021/5/27 軽度な(台詞の言い回し、誤字脱字)編集をしました。
それから、何故か不審者に手を繋がれ道を歩いている。
「あの……」
「迷子」
何度か振り払おうと試みても返される返事はその一言で、ため息を吐くのも疲れてきた。
できることがあるとすれば、ただ見覚えのある道へと突き進み迷子という立場を変えることだけだと、歩き続けていた。
なのに、
「どこ、ここ」
人が少ない場所へと行くのは得意でも人が行き来する場所へと出るのがこんなにも難しいとは思わなかった。
いや、違う。
この不審者俺を誘拐する気でもあるのか、正しい道へと全然進んでくれない。
そもそもなんで俺が手を引くような形で先頭を歩いているんだろうか。
これはあれか。
子供のわがままで引っ張られて歩く親子の図なのか。
だとしたら、これは無意味なんじゃないだろうか。
いっその事、この手を振り払ってでも……。
それは無理だと感じているからこうなっているんだった。
「はぁ」
吐きたくもないため息を再び吐いて項垂れた。
すると、
「あ、」
その不審者から零れた声に顔をあげると、建物の隙間から人が往来する姿を見つける。
「きたっ」
終わりが訪れた事に歓喜の声を上げ、その道まで建物の隙間を通り抜ける。
人が集まり、何か慌てた様子だったが、それよりもお別れを告げることの方が重要。
そう思い、不審者の仮面を覗き込む。
相変わらず、何を考えているのかわからない。
それでも別れを告げてしまえば、もう関係ない。
「あのっ、ここまでくれば――」
「なにっぃい、薬草を取りにいったぁ?」
そう告げている最中、集まった人だかりからひときわ大きな声が遮ってきた。
一度その声に主に視線を向けると、なにやら事態は深刻そうだった。
「なんでそんなことを……、この時期はクワイエットベアの繁殖期、薬草の採取ですら冒険者に依頼出すってのに」
「ああ……、どうしたらっ、あの子達昨日の私たちの会話聴いていたんだわ」
崩れ落ちて事情を説明しているのは母親のようで、どうやら、子供が街の外へと薬草を摘みに行ったようだ。
「とにかく、冒険者ギルドに行って依頼を出そうっ」
それが賢明だろう。
今ならBランク冒険者である三人もいる。
危険視されている生物がどんなものかは知らないが、Bランク冒険者の肩書を持つあいつらなら問題ないだろう。
そうとわかれば尚更、俺には無関係。
改めて不審者に向き直る。
仮面の所為でどこを見ているのか変わらないが、住人達の話を聞いてはいたようだ。
「この辺は居住区」
確かに、町はずれの加工場もなければ商店などの店もない。
「それが何か……?」
少し考え、納得した。
居住区の場所から町の中心を考え、そこから道を立て直そうということだろう。
なんだかんだ言って道を探してくれてはいたようだった。
初めて俺は不審者の手を引かれ、住人の家々の隙間へと連れて行かれる。
「あれ、裏道より大きな道へ出た方が」
俺は正しい道の方向へ指を差し、人が少ない道へと連れて行かれるのに恐怖を覚え始める。
「目立っちゃダメ」
それは俺の立場上、怖い意見なんだが。
「それとごめんね」
まさか、ここに来て誘拐されるのか⁉
「行くよ」
「へ? どこにぃいん――」
急に腕が天へと引っ張られた。
風の抵抗をもろに受けながら首がぐいんと折れ曲がる。
あっという間の時間だったが、抵抗がなくなり何が起きたのか確認した時にはすべてが遅かった。
目下下界に広がる町の全体図。
これが最初から見えていれば迷子にならずに済んだのではなかろうか。
「――――ひぃ」
ただ、今はそんなことを言っている場合ではない。
無意識に振り払おうとしていた手を力いっぱい握りしめた。
「怖い思いさせる。しっかり掴まってて」
それはすでに遅いっ!
ここは、地面より二〇〇メートは離れた上空。
さらに、恐怖の頂点はここではない。
「行く」
「すぅ――」
何を言っても待ってはくれないだろう。
徐々に上に飛び上がる勢いはなくなってきている。
だから、俺は前準備に空気を目一杯吸う。
直後、不審者は空を蹴った。
「――――っ、あsdfghjkl☆くぇrちゅいおzxcvbんm!!」
俺は声にならない悲鳴を叫ばずにはいられなかった。
何が起きたのか全く分からない。
思い出される記憶は空を跳び、頂点で地面に向かってダイブ。
着地したと理解した時にはお姫様抱っこという屈辱な恰好で、俺は不審者の腕の中涙目と歯をガタガタ言わせながら震えていた。
漏らさなかった事が唯一の俺の誇りに変わる。
その後、ぎゅっと抱きしめられる。
「大丈夫」
初めて身体能力向上を恨んだ。
これだったら、気絶した方が楽だ。
結果、不審者の性別は身に着けている装備の所為で分かることもなく、震えが止まる前に地面に下ろされる。
もう誰だっていい、もう少しギュッと力強く抱きしめ続けてほしいと願うばかりだった。
止まらない震えを自分自身で抱きしめて、辺りを見渡す。
木々が立ち並びどこかの森だろうか、見慣れた風景なだけに安心感が俺を包みこんだ。
加えて風に撫でられた木々の葉が優しく耳を癒してくれる。
その中に、
「―――――――――――」
ちいさな声が二つ、どこからか恐怖の混じった声で聞こえてきた。
思い出される住人の言葉。
その瞬間、この不審者が起こした行動の意味を理解する。
「ごめん、さきに――」
人間恐怖を凌駕すると何をするか分からない。
俺は、不審者が向いた方向に全力で駆け出した。
「………………」
とっさの行動で不審者を置き去りにした。
そして、微かに聞こえた声の二人が馬鹿でかい獣の前でへたり込み、今にも襲われようとしていた。
獣が大きな腕を振り上げる。
今の俺と同じくらいの年齢の少女が、もう一人の小さい少女を守ろうと覆いかぶさった。
速度のギアが上がる。
「――――っ!」
脇に抱え込んだ二人の幼い少女の重さが加わる。
「ぎりぎりっ、間に合った!」
獣の爪が空を切り、直接触れていない地面と岩に爪痕を残す。
「あぶなっ、遠距離攻撃かよ」
「あ、あ」
何が起きたのか分からない様子で、右に抱えた少女は暴れたりはしなかった。
「はっ、ミィっ!」
もう一人の少女の安否に名前を呼びかけるが、もう一人の小さい少女は気を失ったようで、呼びかけに答えられない。
「とりあえず、逃げよう」
どちらにしても、この状況から一刻も早く逃げなければならない。
脇に抱える二人を落とさないように強く抱え込む。
「ちょっとだけ耐えてくれ」
まさかこの短時間で、不審者と俺と同じような事を言うことになるとは思わなかった。
俺は肉体を強化し、飛び出す準備をする。
しかし、その行動を起こすことはなかった。
「そのまま動かなくていい」
そう言い、俺をここまで連れてきた不審者は現れた。
全身を包んだその中から腕を出し、その手には剣がきらりと光る。
そして、獣の咆哮が木霊した時だった――。
幾千もの閃光が獣の体を通り過ぎ、まるで時間が止まったように獣は動かなくなった。
不審者の剣が納刀される。
その直後、ズドンと獣がその場で倒れ込んだ。
「いったい何者なんだ……」
不審者が不審者たる名を欲しいがままにし、首を捻って言い放つ。
「君があの子供?」
もうわけがわかりませんでした。




