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神様は救わない  作者: 闇月
始まりの時
10/10

一つ

光陰矢のごとし

バキバキと木のへし折れる音が山中に響いている。音の発生源は、巨大な猪だ。

その大きさは優に五メートルを越える。自然界にはあり得ない大きさだった。邪魔な木をへし折りながら爆走する猪は何かを追っていた。巨大な猪からすれば小さなもの。長い黒髪を靡かせて疾走する人影は、瑩我だった。

街に出掛けたあの日から三週間。討伐しきれずに封印されていたどこかの元土地神である大猪が封印から解かれ、瑩我を追っている。

瑩我の試験として与えられた大猪はランクA級。通常なら術師がチームを組んで当たるような化け物。今相対するのは瑩我一人だった。この大猪を討伐したらいよいよ草薙山とあって、今の瑩我の表向きの力をフルに出しきるような化け物が選ばれている。

サポートのため、多くの術師が遠くで見ているが、基本的には瑩我一人で倒すことが求められており、装着したイヤホンからは茉莉が戦場として用意した枯れ谷の方向を指示する声しか聞こえない。


「もう少し東側へ行って下さい。あと五百メートルで森を抜けます。」


「了解した。」


一段とスピードをあげる瑩我は、既に猪に追われながら一キロ程を走っている。ランダムに生える手付かずの森の木々をまるで予定調和のように避けて、生い茂る下生えにも一切足をとられることなくかすり傷さえ負わない。疾走するその速さは爆走する大猪からつかず離れず。此方に興味を失わせず、かといって近すぎて被害を被ることもない。

これ以上ない囮の役割を果たしながら、いよいよ森を…抜けた。


突然開けた視界は、燦々と太陽の光が降り注ぐ岩場だった。森の中に突然あらわれた岩だらけのその場所は数メートル先で崖になっており、50メートルほど先で対岸に陣取る茉莉が手元のトランシーバーに話しかける。


「そのまま、猪を谷へ。谷底には燃える物は何もありません。存分にどうぞ。」


「了解。」


メキメキと木をへし折り、岩場に姿を現した大猪は目の前をチョロチョロし続けた人間が立ち止まっているのを見て、今度こそその体を吹っ飛ばしてやろうと、突進の構えをとる。前肢で岩だらけの地面を掻き荒い呼吸をする猪は、実際の大きさよりも巨大に見えた。


距離の離れた茉莉達すら脅威を感じたその姿を、瑩我は馬鹿にしたように鼻で笑い、大猪を挑発する。

不敬な人間に対して怒りをあらわにした大猪は、轟音と共に突進した。

そして、崖を背に立っていた瑩我がひらりと身をかわすと急には止まれない。なすすべもなく谷底へと消えて行った。


地響きをあげて落下した猪が谷底に横たわっている。

「これでくたばってくれたら楽なんだが。」

呟いた瑩我にイヤホンから茉莉の無情な声が響いた。

「あの猪はとても丈夫です。ダメージは僅かでしょう。さっさと追いかけて下さい。」

「ヘイヘイ。人使いが荒いな。」


文句をいいながらも谷底を覗きこめば、猪が巨大な身を振るわせていた。谷底迄は20メートルほど。瑩我は崖からふわりと身を踊らせ、一気に谷底へと向かった。

着地の瞬間に足元に上昇気流を発生させることで、体勢を崩すこともなく猪の正面へと降り立つ。

「さぁ。殺ろうか。」

獰猛な笑みと共に柏手の音が鋭く響き、瑩我の手には炎の刀が握られた。

ゆっくりと立ち上がり、頭を振った大猪も瑩我を睨み付けながら突進の構えを取る。


猪の真っ赤に燃える瞳の奥に、自分と同じく怒りと憎しみがたぎっているのを感じながらも瑩我の殺意は変わらない。

「憎いなぁ。殺したいよなぁ。でもお前は俺の邪魔だ。だから殺す。あの世で憎い奴らが来るのを待ってろ。すぐに沢山、送り込んでやるから。」


闘いが始まった。


ぐぅっと姿勢を低くした猪は放たれた矢の様に突進してきた。静からの動。急激なその変化に瑩我は見事に対応してみせた。


力の塊・煮えたぎる殺意が瑩我を掠め、通りすぎていく!!

長大な牙がゾッとするほど近くを通ったが、欠片も動揺をみせない瑩我は、どこか他人事の様に猪を見送った。

たいして広くもない谷底で、猪はすぐに石の壁へ思い切り突っ込んだ。


崖を崩しながら、猪にはたいしたダメージもなく、ますますその瞳を怒りに燃やして、再び瑩我と相対する。


引き伸ばされた一瞬に、瑩我は思考する。元土地神の端くれだけあって、大猪は頑丈だ。しかし本当の神とは違い、傷を負えば治癒には相応の時間がいる。つまり、死ぬ。普通の獣と同じ。炎の剣は傷口を焼く。少しの傷が治らない。場所によっては致命的。その場所は、心臓、頭。どちらが狙い目か。


とりあえず、この突進が厄介だ。速く、重い。ならばまずは…足!



駆け抜ける猪の右後ろ足を剣先で浅く切りつける。茉莉たちが陣取った側の崖下に猪はつんのめる様にして突っ込んだ。

地響きがして崖上の陣が騒がしくなる。そのさまを滑稽だと心中で嘲笑った。


わざと浅い傷にとどめたのは、あまりに簡単に殺してしまえば水上に警戒されるからだ。ギリギリで勝てば奴等は侮る。これが限界だと見誤り、瑩我が動き易くなる。それを狙っていたのだ。後はしばらく死闘を演じ適当にケガでも負ってよきところで決着をつける。


後ろ足を引きずる様にして少し動きの鈍くなった大猪は、身体を翻し正面から瑩我と対峙した。その瞳には衰える事のない殺意がある。今崖上にいる水上よりも余程親しみを感じるその瞳に、予定よりも少し早く決着をつけてやろうと思う。悪戯に苦痛を長引かせる事もない。


1時間程で瑩我の前には事切れた大猪が横たわっていた。その右目には脳に迄達する程に深く刃が突き刺さっている。瑩我はその手にしっかりと感じた、命を奪った手応えを握りしめる様に右手を握った。こうして対峙しなければ、奪わずに済んだであろう命。怨みも憎しみもないのに奪った、むしろ水上を憎んだ同志に近いその命は最後まで怒りに満ちて、その怒りを瑩我に託した様だった。


(安心しろ。あの世で存分に復讐できる様にしてやる。)


わざと負った全身の傷の痛みに誓う。





こうして瑩我の「闘い」が一つ、終わった。

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