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放課後のチャイムは、いつも世界の幕が閉じるような重たい響きで鳴り響く。

放課後のチャイムは、いつも世界の幕が閉じるような重たい響きで鳴り響く。


東京都立星ノ瀬高等学校の校舎は、夕方の陽射しを浴びると全体が蜜色のオレンジに染まり込んでいく。窓ガラスは薄いミルク飴のように柔らかく輝き、廊下を駆け抜ける生徒の影まで、その甘やかな光の中に溶かし込んでしまう。その景色は美しすぎて、星野ゆらは少し息を詰めるほど苦手だった。


美しいものは、いつも無意識のうちに人を焦らせる。


「今日のうちに言いなよ。」


「明日も同じ景色が見れるとは限らないよ。」


「その恋、いつまで足元に踏み出さずに置きっぱなしにするの?」


夕焼けは、責任を持たない親友のように、毎日ゆらの背中をそっと押してくる。だけど押された背中が、必ず前へ進むわけではない。ゆらは机の横にかけてあった生成りのトートバッグを肩に掛けた。中には折り目をつけたままの読みかけの文庫本、文芸部の原稿が半分だけはみ出たノート、アルバイト先の書店「雨音堂」の水色のエプロン、それから使う予定もないまま入れている小さな青いヘアゴムが入っている。


そのヘアゴムは、一週間前に、朝倉律が「宇宙に浮かぶ星雲みたいだね」と図書室のカウンターで囁くように言ったものだった。


たったそれだけの一言。褒めてくれたのか、ただの感想なのか、天文写真部員らしい反射的な発言だったのかもわからない。だけどゆらは、その日からそれをお守りのようにバッグの一番底に入れて持ち歩いていた。自分でも、これはだいぶ重症だと思う。恋というのは、正気のふりをした奇妙な宗教なのだ。好きな人の何気ない一言を勝手に聖典にして、何度も脳裏で読み返して、勝手に救われたり、勝手に胸が締め付けられるようにしんどくなったりする。


「ゆら、今日こそ言うんだよね?」


後ろの席から三崎カナが机の背もたれに顔を出した。軽音部の練習に間に合わせるため、首に黒いヘッドホンをぶら下げ、片手には購買で買ったばかりのいちごミルクを握っている。声はふざけているように聞こえるけれど、細い目だけがやけに鋭くゆらを捉えている。


「何を」


「何を、じゃないでしょ。律に。好きって。言いなよ。まじで世界中がゆらの恋の進展を待機中だから」


「世界、暇すぎないの?」


「恋の神様はニートだからね。人の青春のドタバタを見物しながらカップラーメンを食ってるんだよ」


「最低の神様じゃん」


「でもたまには仕事をするんだよ。特に今日みたいな、夕焼けがこんなにきれいな日とかさ」


カナは鼻を鳴らして雑に笑い、ゆらの肩をぽんと叩いた。その軽い衝撃が、逆にゆらの胸の奥に積もっていた重たいものを浮き彫りにしてしまった。


好きだと言いたい。言えるなら、今すぐにでも口に出したい。


だけど「好き」という言葉は、口に出した瞬間に世界の形をガラスのように砕いてしまう爆弾みたいだった。もし律が眉をひそめて困った顔をしたら。もし今までのように放課後に並んで歩いていた帰り道がなくなったら。もし、二人の間に流れていたその優しい沈黙まで壊れてしまったら。


もう、ただのクラスメイトに戻ることは難しいだろう。


彼は、ゆらが黙り込んでも急かさない人だった。無理に話題を探そうとせず、スマホの画面に目を逃がすこともなく、ただゆらと同じ歩幅で隣を歩いてくれる人だった。その静けさが、ゆらには太陽のように暖かかった。


「ゆら」


カナが少しだけ真面目な声で呼びかけた。


「人ってさ、急にいなくなることあるよ。昨日まで普通に会ってた人が、今日から学校に来なくなったりするんだ」


その言葉に、ゆらは笑い返すことができなかった。夕焼けが教室の床に細長く伸びて、机の脚を深い赤に染め上げている。世界はこんなにも普通に回っているのに、胸の奥だけが変な予感でざわつき、呼吸が少しだけ苦しくなった。


「……わかってる」


ゆらはそう囁いた。だけど本当は、まだ何もわかっていなかった。


トートバッグの中で、青いヘアゴムがゆらの歩みに合わせて小さく揺れる。まるで、まだ名前のない星が暗闇の宇宙の底で、ほんのりと光る準備をしているみたいだった。


ゆらは教室を出た。


廊下には、放課後特有のざわめきが残っている。部活へ駆ける生徒の声。靴の底が床に叩きつけられる音。友達同士の笑い声。階段の窓から差し込む夕陽が、廊下の床に細い光の筋を描いている。その全部が、今日という日を特別なものに見せようと、ゆらの周りを囲んでいるようだった。


昇降口へ向かう階段を一段ずつ降りるたび、心臓の鼓動が少しずつ速くなっていく。


会えるかもしれない。


会えないかもしれない。


もし会えたら、何を言えばいいんだろう。


そのとき、下駄箱の前に人影が見えた。


紺色のスクールバッグを片方の肩にかけ、スマホの画面を見ながら指を動かしている横顔。夕焼けの光を瞳に吸い込んだような、静かで澄んだ目。


朝倉律だった。


ゆらの足元に、見えない何かが落ちているような気がした。踏めば何かが確実に変わる。踏まなければ今のまま何も壊れないが、何も変わることもない。


それは、ゆらにとってどちらも怖かった。


それでもゆらは、胸を膨らませて深く息を吸い込んだ。

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