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魔女の日常  作者: みこ
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第四話:魔法

「うぅうぅう……!!」

屋敷の中庭にて、箒に跨って唸る少女が一人。

彼女の名はミラ。先日、人間界からこの魔女島まで引っ越してきた新入り魔法少女である。

ミラは今、魔法の鍛錬をしていた。

鍛錬といっても、何かきちっと指導をしてくれる存在がいるわけでも、やり方を知っているわけでもないため特に意味をなさないが、ミラはそんなことを知らなかった。

なぜなら、魔女島に住む魔法少女や魔女達の殆どが魔法を使っていたからだ。

移動には飛行魔法を、料理には火属性の魔法を、喧嘩には攻撃魔法を。

自分よりも七つ年下の魔法少女でさえ、全く咲かなかった中庭のバラを全て満開にさせて見せたのだから、ミラはすっかり勘違いをしてしまった。

魔法は練習をしていればそのうちできるようになる、基礎中の基礎なのだと。

だが現実、魔法を使える魔法少女は全体の三割未満であるし、魔法少女より魔法を使うのに秀でた魔女の中で見ても、魔法を自由に行使することができる魔女は五割未満ほどしかいない。

そして、その魔法を使える層の大半が『ステッキ』と呼ばれる、人間の少女が天使と契約した際に貰える魔具頼りであったりする。

つまり、殆どの住人が息をするように魔法を行使するこの島はおかしいのである。

そのため、絶対に指標になどしてはいけないのだが……

悲しいかな、ミラはそんなことを露知らず必死に箒を浮かせようとしている。

そんなミラを渡り廊下から見ていた魔女が一人。

その魔女の名はノヴァ。

ノヴァは魔法の中でも特に難解複雑といわれる、精神干渉系魔法を得意とする魔女である。

ノヴァは一つため息をついてから、高さ三十メートルある渡り廊下から飛び降り中庭に降り立った。

「えっ!?あっ、えっ!?えっ、ど、どどどどこから!?えっ!?」

トッ、というとても高所から落ちて来たとは思えない音と共に突然目の前に現れたノヴァを前に、ミラは盛大に困惑した。

「落ち着きなさい。そんなことで慌てていたら、この屋敷で生活なんてできないわよ」

少し呆れたようにそう言うノヴァに、なんでそんなに落ち着いているんだと叫びたくなったミラだが、確かにノヴァの指摘はごもっともだということは彼女も重々承知していた。

そのため、ミラは自分を半ば無理やり納得させノヴァに向き合った。

「えっと…あの、私…ミラ・ルルーシェって言います!最近このお屋敷に引っ越してきたんで、よかったら仲良くしてくれると嬉しいです!」

にこ、と人懐っこい笑みを浮かべ手を差し出すミラ。

ノヴァはふんわりと聖母のように優しく微笑み、

「私はノヴァ・レナトゥス。

同じ屋敷の住人同士、仲良くしましょうね」

と言ってミラの手を握り返した。

突然浴びせられた美女の神々しさに、ミラは気をどこかにやりそうになったが、なんとか持ち堪える。

「レナトゥスさんは…どうして中庭に?

…あ、もしかして私…お邪魔でしたか!?」

「邪魔なんかじゃないわよ?

私は貴女に、用があってきたの」

「私に…用?」

キョトン、と首を傾げるミラ。

ノヴァはミラのことをじっと見つめた後、箒を一瞥してこう言った。

「残念だけれど、貴女のやり方じゃあ魔法は使えないわ?

一才魔力が放出されてないんだもの」

「え、ええっ!?これじゃ、ダメなんですか!?みんなあんなに簡単に使ってるのに!?」

驚いて素っ頓狂な声を出すミラ。そんなミラに若干呆れつつ、

「…そもそも、魔法を使うためには越えないといけない壁があるのよ」

とノヴァは告げた。

「壁…?」

「ええ。壁っていうのは、魔法を使うのに必要な魔力を認識することよ」

「認識…?」

「そう。この過程は、必ずと言っていいほど魔法が使える人の力添えが必要よ。

…手を、貸してもらってもいい?」

「手?いいですけど…」

ミラが差し出した手を、ノヴァの白い手が包み込む。

「ん〜…そうねえ、こんな感じかしら?」

ノヴァがそう言い終わるや否や、ミラの手に不思議な感覚が走った。

「ひっ、な、なんかがすっ…って!すってしたああ…!?」

「今のが魔力よ。大気中を漂っていた魔力を少し横に流してみたの」

変な感覚だったでしょう?と微笑むノヴァに、「変な感覚どころの騒ぎじゃないですよぉ!?」とミラは叫んだ。

「ふふ…最初はみんなそういう反応をするわ。体が接触したことのない未知と接触しているのだもの、いいものじゃないわ」

「ほんとですよ…!…でも、今のが魔力なんですね…。屋敷の皆さんが、ずうっと使っている力…なんだか神秘的ですね」

「神秘的…そんなことを言われたのは数十年ぶりね。

…さ、次は今のを自分でやってみて」

突然のノヴァの無茶振りに、ミラは首を横に振った。

「いやいやいや!急になんて無理ですよ!?

せ、せめてなんかサポートとか…」

遠くに佇みニコリ、と無言で微笑むノヴァ。

ノヴァにミラを助ける気がないことは、誰の目から見ても明らかだった。

ミラは魔力を感知するにはどうすればいいのかわからなかった。

目の前が真っ暗になりそうで、どこへ行けば、何をすればいいのか全くわからなかった。

まるで、まるで。

故郷が、戦争で焼け野原になった時のよう。

どうすればいい。どうすればいい。

頭は意味のない文字を紡ぐだけしかしてくれない。

「ぇ…ぇ?…どうすればいいの?わかんないよ…どう、すれば…」

あつい。

目の前に炎がある気がした。

両親を、親友を、知る人を皆焼き払った業火が。

目の前で、次はお前だと、迫っている気がした。

あつい。あつい。

喉が渇いて、痛みを訴える。

ミラに降りかかったのは、まごう事なき絶望であった。


ノヴァは、狼狽えるミラをじっと見つめていた。

…魔力、それ即ち恐るべき力。

その恐るべき力は、使用者を選り好みするのだ。

使用者の、考えうる最悪の結末の中で。

使用者の、深い深い傷の根源の前で。

それでも尚その力を振おうとしたものだけが、その力を我が物とすることができる。

ミラが、このまま狼狽えているだけであれば、彼女は魔法は絶対に使えないだろう。

いや、それどころか半年生き延びることさえ叶わないかもしれない。

いつだって、魔法少女達の置かれる現状は厳しいものだから。

果てしない絶望が、理不尽が、

容赦なく降り注ぐ雨となる荊棘の道を進むのが、魔法少女であり魔女であるから。

もしこのままミラが狼狽えているだけであれば、その時は彼女の力を封印し、ただの少女にして人間界に返そうとノヴァは決めていた。

…ノヴァは知っていた。

その厳しさに耐えれず手折られた少女達が、如何なる末路を辿ったのかを。

そんな末路を辿らせるくらいなら。

今この場で、私がへし折ってやろう。

これ以上の地獄を見る前に。

魔力が見せた、幻覚で済む間に。

それが、誘惑の魔女ノヴァ・レナトゥスの思惑であったのだ。


ミラは、自身を包み込む絶望の中で考えていた。

自分に何ができるのかを。

何もできずに、全てを失ったあの日の自分のようにならないために。

「…私が、魔法を使いたいのは」

囂々とゆらめく炎の中に、足を踏み入れる。

ミラの足が、焼け爛れ変色していく。

肉が焼ける、嫌な匂い。

身を裂くような痛み。

もはや冷たくも感じる、業火の熱。

あの日を彷彿とさせる、赤。

その全てがミラを襲う。

だが、ミラは止まらない。

「私が魔法を使いたいのは…

私が救ってもらったからだ。

あの、盲目の魔女様に。

…この優しさは、慈悲は、バトンなんだ。

誰かが繋いで行かないといけないんだ。

…だから

私に、その力を寄越せ。」

ミラは炎の中に飛び込んだ。


ぱち、ぱち、ぱち。

一つの拍手が、中庭に響いた。

「……私、火に飛び込んで……あれ?」

「試練突破おめでとう。

あなたが先ほどまで見ていたもの、感じていたものは全て魔力が見せた幻よ。

…魔力は、使用者を選ぶ。

貴女はお眼鏡に適ったみたい。

…箒に跨ってご覧なさい。

そして、想像するの。

自由に空を飛ぶ貴女を。」

ミラは、箒に跨った。

箒に、魔力がまとわりつく。

魔力が風を生み出し、ミラの体が宙に舞う。

ミラは、ノヴァにお礼を言って、そのまま飛んでいった。


「…あなたに、どうか風の祝福が訪れますように」

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