第二話:憧憬
第二話:憧憬
だだっ広い屋敷を、毎日せっせと掃除する魔法少女がいる。
その魔法少女の名は、ナユ。
彼女は今日も、魔女と魔法少女が住まう屋敷を、一人せっせと掃除していた。
そんな彼女に、金髪の少女ルーシーが声をかけた。
「hey、いつもご苦労。大変じゃないの?」
ルーシーは自由人である。自分のやりたくないことはやらなかったし、やりたいことはやってきた。
そんなルーシーは、わざわざ掃除を毎日自分からするナユのことが気になって、今日ついに声をかけたのである。
「大変ですけど…案外やりがいのあるお仕事ですよ。…ところで、ルーシーさんは私に何か用でも?」
「あぁいや…特に用があるわけじゃないの…ただ、どうして掃除をするのかなって。アタシなら絶対にやらないもの。面倒だし」
ルーシーは冗談っぽくそう言った。
小柄で内気なナユが、大柄で声の大きい自分に怯えないように…と、ルーシーは考えていた。
「どうして…、私にできることが、このくらいしかないから…でしょうか…」
が、そもそも質問が悪かったらしい。ナユは少し眉を下げて、笑ってそう言った。
「そ、そんなことないと思うけど…ほら、アンタって防御魔法が得意なんだろう?すごいじゃないの…」
ルーシーは非常に焦っていた。
もともと彼女は思ったことをすぐ口に出すタイプだったが、過去にそのことで一人の少女を泣かせてしまって以来、人一倍そういうことに敏感になったのだ。
ルーシーはナユを傷つけたかと心配でたまらなかった。
だがそれは杞憂だったらしい。
「…私の唯一の取り柄は、防御魔法が優れていることだけです。それ以外は、劣っています。…でもいいんです、それが私なんです。」
ナユは傷ついてなどいない。
むしろ、ナユにとってそんなことはどうでもよかったのだ。
「…それが、私…?」
ルーシーは不思議そうにそう言った。
「ええ。私は臆病者ですから、戦場に立ってあなたのように前線で活躍することはできません。…戦場では、ただシールドを仲間に貼るだけの、機械仕掛けです。
…でも、そんな私にしかできないことがあります。弱さを知る私だからこそ、誰かの弱さに寄り添うことができます。…今はもういない、私の姉と妹に、そこだけは胸を張れって言われたんです。」
誰もが匙を投げた、壁のシミをゴシゴシと擦るナユが、ルーシーの目には気丈夫に映った。
まるで、一国を背負った幼い女王のようだとも…
自分が幼い頃、憧れてやまなかったヒーローのようだとも。
消えっこない。何せそれは80年前に着いたシミだから。
どんな魔法を使えど、絶対に落ちなかったシミ。
小さな魔法少女たちを、怖がらせてきた、シミ。
匙を投げればよかった。それなのに、自分の指先を真っ赤にしてまで立ち向かうナユを見て。
「…はは、ヒーローみたいだよ、あんた。」
乾いた笑みが、ルーシーから溢れた。
圧巻だった。自分より弱いと、儚いと思っていた存在が、こんなに逞しく咲く一輪の花だったとは、ルーシーは夢にも思わなかったのだ。
彼女は追っていた。
ルーシーがとうの昔に諦めた、理想の自分を。
「thanks.アンタのおかげで、忘れていたことを思い出したよ。」
不思議そうに顔を傾げるナユに向かって、ルーシーはこう言った。
「アタシは、誰かの弱さに寄り添えるヒーローになりたかったんだ」
ナユは豆鉄砲を喰らったような顔をして、それからくすくすと笑った。
「…なんかおかしかったか?」
そうルーシーが呟くと、ナユはついにコロコロと笑い出した。
「…な、なんだよもうぅ…」
ルーシーが消え入りそうな声でそう言うと、ナユはついに笑いが決壊したらしく
「ああおかしい!あはははっ…」
とルーシーを笑い飛ばした。
「は、はぁ?」
「ふふ、あなた何にも分かってないんですね…うふふ、あなたはもう…いえ、なんでもありません。」
頑張ってくださいね、私たちのヒーロー。
そう言ってルーシーは、そこから半ば強引に押し出された。
______________
その場に残ったナユは、ポツリとこう呟いた。
「私を救ってくれたこと、あの子は忘れているんでしょうね」
ナユは、過去に挫けそうになった時があった。
最愛の姉と妹を守りきれなかった時である。
自分が敵に恐怖したせいで、防御魔法の魔力がぶれて、割れてしまった。
その結果、二人は命を落としてしまった。
ナユは、酷い後悔に苛まれていた。自分でも思い出したくないような、酷い酷い後悔に。
敵の前、人間たちを背にして。
もうこのまま死んでしまおうか。
そう思った時。
駆けつけてくれたのが、ルーシーだった。
「人は誰でも失敗するよ。アタシだって、自分のミスで損失を招いたこともある。人を傷つけたこともある。でも、これだけは自信を持って言えるよ。
アンタは臆病なんかじゃないよ。
本当の臆病者は、アンタみたいに誰かを守る盾になんかなれやしない。アンタが弱いのは、アンタが弱い人に寄り添うため。
アンタの弱さは強さだよ、胸張りな。
アンタの防御魔法のおかげで、アンタの後ろにいる10人の一般人が生きてんだ!!
アタシが来るまで持ち堪えてくれてありがとな、
『最高のシールダー』!!」
ナユが防げれど倒せなかった敵を、全て葬ってそう言ってくれた彼女の言葉は。
今も確かに、ナユが気丈夫でいられる基盤となって生きていた。




