第87話 リデーを後にして
『竜骸平野北端にS級ダンジョン発生! 攻略者求む!』
スター子爵の姪・アニスから渡されたそのチラシに、思わず目を見張る。
「これって……!」
「はい、そうです。ダンジョン内のみで自生しているスパイス、カリーノキノリーフの採取が可能かと」
なんてタイミングの良い!
──ダンジョン……それはある日唐突に地面に穴を空けて現れる地下空間だ。
階層構造になっているそこには地上とは異なる生態系が存在し、そこでしか狩れないモンスターや採れない薬草の数々が存在する、まさに冒険者垂涎の宝庫。
王国内では年に数か所、ランダムに現れている。
また、ダンジョンには誰でも足を踏み入れられるわけではなく、モンスターの討伐と同様に各地域の管轄である冒険者ギルドに攻略の権利が与えられている。
「竜骸平野北端……ってことは、一番近い町はもしかして王都か?」
「ですね。王都に冒険者ギルドはいくつかありますが、今回の攻略権を持っているのはあの王国最大ギルド・ヘラクレスだとか」
「なるほど……」
つい最近、その中の冒険者チームの一組と会ったばかりだな?
なんともタイムリーだ。
「ありがとうございます、アニスさん。さっそく明日、王都に向かおうかと」
「お役に立てたようなら何よりです。S級ダンジョンとのことですから、お気をつけて」
「ええ。お気遣いどうも」
ダンジョンにも、モンスターと同様にランク付けがされている。
とはいえ、モンスターと違ってS級、A級、B級とザックリと区別されるのが一般的だ。
なにせ、そのダンジョンがいったい地下何階層まであり、どんなモンスターが生息しているかは誰もわからないからである。
ただそれでも、ある程度そのダンジョン付近に生息している地上のモンスターのランクに比例するモンスターが出現することがわかっているので、そのダンジョンがどこに出現したかによってランク付けが行われている。
「竜骸平野のダンジョンか……だとすれば、出現するモンスターは強力だろう」
宿の奥から出て来てそう言ったのは、マチメ。
その後ろにはウサチもついてきている。
「地上でさえ竜化して硬いウロコに覆われたモンスターたちが出現するんだ。ダンジョン内では、ドラゴンが出現してもおかしくないだろう」
「ピスッ! ということは……!」
「うむ、ドラゴン肉がまた獲れるということだな!」
「ピスピスッ! ドラゴン食べ放題……ジュルッ!」
マチメとウサチは、期待に表情を輝かせてグッと拳を握っていた。
もはやドラゴンは完全に美味しい食べ物扱いだ。
「あはは……すごく頼りになりますね?」
そんな俺たちを見てアニスは苦笑い。
スマンな、ドラゴンと聞いて怖気づくよりも喰い気づいてしまう特殊なヤツらなのだ、メシウマの仲間たちは。
「それと……」
チラリ。
アニスが見やったのはシナモンだった。
しばらくその全身を眺めていたかと思うと、ホッとしたようにひと息。
「元気そうですね。何よりです」
「はいっ、今日もムギさんお手製のお料理を食べて元気いっぱいなのですよ!」
「そうですか。それはよかった」
「まあ、記憶は残念ながら戻っていないのですが……」
「焦らずともいいのではないでしょうか」
アニスは優しげに微笑みつつも、
「それより急いて危ない橋などは渡らないでくださいね。オウエルさんに話を聞いたところ、今日はシナモンさんも討伐依頼に向かったのだとか」
「あ、はい。お手伝いしたかったものですから」
「シナモンさんはゴーレム文明が残した他に代わりのいないゴーレム……私としては、できる限り危険は避けてほしいのですが……」
そう言って不安げな表情を見せた。
そういえば、アニスはゴーレム文明の研究者だったっけ。
だとすれば、シナモンは貴重な研究対象でもある……ということなのだろうか?
「シナモンさん、今からでもスター家に戻ってきませんか?」
「アニスさん、お気遣いは嬉しいですが……」
「スター家でもカリーはお出しできますよ?」
「……カッ! カリー……!!!」
シナモンは一瞬、その肩を震わせた。
釣られかけている。
だが、迷いを振り切るようにブンブンと首を横に振ると、
「い、いえっ! わたしは、ムギさんの作るカリーをもっともっと食べたいので……!」
「……そうですか」
アニスは小さくため息を吐く。
「それでは、メシウマのみなさん……引き続き依頼の方と、シナモンさんのことをくれぐれもよろしくお願いいたします」
「ああ、それはもちろん。任せてください」
少し落ち込んだ様子のアニスへと応じると、それからアニスはそのまま宿を後にする。
どうやら泊まる宿は別らしい。
まあ子爵家の人だから、もう少し高級な宿でも取っているんだろう。
その後ろ姿を見送りつつ、
「……あれ、もしかして一人で来たのか? アニスさん」
「だとすれば豪気ですが……片道で冒険者を雇ったのかもしれませんよ?」
「それもそうか」
さすがに女性の一人旅というのは危険だからな。
モンスターや野盗もいるし。
まあ、研究職の中には危険でも一人で突っ走ったりする変人も多いけど……。
「帰りもしっかり冒険者を雇ってくれるとありがたいなぁ」
個人的には、シナモンのことよりもアニスの安否の方が気になってしまうのだった。
* * *
翌朝。
さっそく王都へ向けて出発しようと、商人ギルド長のところへとあいさつをしに行ったところ……しかし、あいにくの不在。
「──なんでも甲鋏竜からとれた素材が想像以上に多かったのと、その竜の死骸の周りにさっそくモンスターたちが集まってきていたらしく、」
申し訳なさそうにそう説明をしてくれたのは、商人ギルドの受付嬢だった。
「今、急きょ町中の冒険者と行商人たちに声をかけて、甲鋏竜の素材回収とモンスターの分布についての調査を行うことになったのです。ギルド長いわく、もう数日もすればリデーはこれまで通りの生活に戻れるかもしれない、と」
「そうですか、それならよかった」
「これもメシウマのみなさまのおかげです。ギルド長も深く感謝しておりました。『今度は最高級酒をご用意してお待ちしておりますので、近くにお越しの際はぜひお立ち寄りください』と言伝を預かっております」
「……それは嬉しいです。ありがとうございます」
ダボゼのおかげ(?)で、メシウマに酒好きという印象がついてしまった感が拭えない。
その当人は二日酔いのため、商人ギルドの手前に停めている荷馬車の後ろでウンウンと頭痛に唸っている。
……まあ、何はともあれ万事解決したようで何よりだ。
俺たちもギルド長によろしく伝えてもらえるよう言伝を残すと、商人ギルドを後にする。
すると、
「ムギさんっ!」
そこで俺たちを待っていたのはリュックを背負ったグリークだった。
「会えてよかったぁ……! もう、町を出ちゃうってホントですかっ? さっき学校に行く途中でウワサを聞いて!」
「ああ、そうだな。王都に用事ができてさ」
「そ、そうですか……」
グリークはシュンとしたように肩を落としたが、しかしすぐに力強い瞳で俺を見つめる。
「あのっ……ビリヤニ、ごちそうさまでしたっ! 本当の本当に美味しかったです!」
「ああ、それはよかった」
「それともう一つ……」
グリークは一つ深く息を吸うと、
「僕、いつか絶対にたくさんお金を貯めますので! そしたら……今度は僕たちの方からムギさんのお料理を食べに行ってもいいですかっ!?」
夢を語るように大きくそう口にした。
「……そうか。俺のメシをまた喰いに来てくれるのか」
「はいっ! いいでしょうかっ!?」
「もちろんだよ、グリーク」
「っ! やった……ありがとうございますっ!」
ありがとう、か。
それはこちらのセリフだ。
だって、それだけ俺の料理を美味しく食べてくれたということなんだから。
コック冥利に尽きるというものだ。
「次はもっと美味しい料理を作って待ってるよ」
グリークにそう言って別れを告げて、俺たちは幌馬車に乗ると出発する。
大きく手を振ってくれているグリークへと、俺もまた荷台の上から手を振り返していると、
「あの子はきっと本当に来ますよ。それまでに、食堂の一つくらいは構えていないといけませんね、ムギ様」
隣に座るオウエルが楽しげにそう口にする。
「そうだな……食堂か。それもいいな」
今はまだ討伐クッキングの旅を続けていたいけど、いつかはどこかの土地に根を生やしてもいいかもしれない。
誰かが訪ねて来てくれる場所があるというのも、なかなか悪くないだろう。




