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え?ギルド内で唯一【コック】を極めてる俺をクビですか?  作者: 浅見朝志


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第20話 コックとして歩む道

「……ご返答ですが、本当にあれでよかったのですか?」



馬車に揺られながらオウエルが訊いて来た。

1カ月ほど前に俺たちのギルド"メシウマ"宛てに送られてきた手紙の一件についてだろう。


その手紙の送り主は"新制マグリニカ代表ワイズ・インテリヘンテ"。

オウエルによればダボゼ統治下のマグリニカ四天王のひとりだったらしい。

手紙の内容は衝撃的なもので、なんとダボゼをマグリニカから追放したとか。


そしてさらに、料理人である俺に『マグリニカへと戻って来ないか?』という誘いだった。



「手紙を返す時にも言ったけど、俺はマグリニカに戻るつもりなんてないよ」



改めてオウエルへと俺は告げた。

きっとオウエルは俺のマグリニカに対する10年の思い出なんかに配慮してくれているのだろう。

でも、それはもう振り切ったものだ。


馬車の中を見渡せばオウエルを始め、すっかり寝落ちして穏やかな寝息を立てるウサチやマチメが居た。

みんな俺の料理を美味い美味いと喰ってくれる大切なギルドメンバーだ。

過去よりも大切なものがいま俺の居る"メシウマ"にはある。



「俺はこれからもこのメシウマで俺の作りたい料理を作り続ける。そしてみんなが喰いたいものを我慢せず、美味い美味いと言って喰ってくれる場所を守り続けたい」


「……はいっ! そう仰ってくださり嬉しいです、ムギ様っ。私も一生お供しますねっ!」


「一生って大げさな……でもまあ、俺もコックとして一生オウエルが飽きないだけの料理を作ってみせるよ」



俺のその答えにオウエルはいつになく嬉しそうに顔をほころばせた。

そうか、そんなに俺の料理を楽しみにしてくれるか。

やっぱりこのメシウマを創る決意を固めてよかった。

本当にそう思う。



……さて、そうこうしている内にもう目的地だ。



「おーい、ウサチにマチメ、起きろー」


「ん……ムニュ」



ウサチが眠そうに目をパシパシ瞬かせながらヨロヨロぴょこぴょこと俺の元まで移動してくる。

そのまま膝に乗ってきて……

スヤァっと二度寝。



「いやいや、寝るなって。もう着くから。降りるから」


「んん……ドコに?」


「だから、"マグリニカ"にだよ」



俺たちは馬車から降りた。

そこは3カ月以上前に俺たちが後にした、懐かしきギルド"マグリニカ"本部。

俺はさっそく足を踏み入れようとして、しかし足を止める。


今日はモンスター"じゃがいも男爵"の討伐クッキングを委託したいとのことでやってきたわけだが……

やっぱりちょっと引っかかるんだよなぁ。



「ムギ殿、どうかしたのか?」


「ワイズさん、俺がマグリニカに帰らないって返事を出した後も何度も勧誘の手紙をくれてたからな……討伐クッキング委託の話が罠で、入った途端に冒険者総出で俺を捕獲しにきたらどうしよう」


「捕獲って……コックとしてか? まさか。心配性だな、ムギ殿は」



ハッハッハッ、とマチメは笑い飛ばしてくる。



「あの爺様は理性的な方だ。そんな野蛮なことをするはずもない。どれ、心配なら私が先に入って見てこよう。タンク職の私ならばどれだけの冒険者が襲い掛かって来ようとも耐えられるからなっ!」



マチメはそう言ってマグリニカへと足を踏み入れた。

その瞬間、




「「「かかれーーーッ!!!」」」


「ぎゃーーーッ!?!?!?」




マチメに向かって何人もの冒険者が飛びかかっていった。

マチメはとっさにミスリル製の盾でそんな冒険者たちの圧に耐える。



「なっ、コイツ、ムギさんじゃねーぞ!? マチメだ!」


「ムギさんはどこだっ? ギルド長にムギさんを可及的速やかにキッチンへお通ししろとの命を受けているのに!」


「まあとりあえず捕まえておくかっ!」



やはり、冒険者たちは俺のことを探しているようだった。

マチメはワイズのことを『理性的』と評したが、そんなの当てになるものか。

食べ物や料理のこととなれば人が豹変することはタルタルソースを食べたマチメ自身で証明されていることだろうに。



「大丈夫か、マチメっ?」


「大丈夫だっ! ここは私に任せ、ムギ殿たちは裏口へ……!」


「わ、分かった!」



マチメの尊い犠牲は無駄にしない。

俺たちははすぐさま細い路地へと駆け込んで身を隠した。



「よしっ、俺たちはひとまず執務室まで行こう。ワイズさんと落ち着いた状況で直接話をつけないと」


「そうですね。まさかワイズさんがここまで肉じゃがにご執心だったとは……」


「んぁー?」



俺はオウエルとウサチを連れてマグリニカの正面玄関から離れた。


マチメのことは……

まあ別に危害が加えられるわけでもないだろうし、後で回収しよう。

そうして裏口を目指して細い路地を歩き進んでいたその時、



「……ん?」



路地の傍らに縮こまるようにして座る男が見えた。

浮浪者のようだが、どうにも見覚えがある。

……というか、



「お前、ダボゼか……?」


「なっ、お前、ムギ……!?」



ボロ衣を纏っていたのは元マグリニカギルド長ダボゼ、その人だった。

しかしずいぶんと見違えた。

その衣服には成金趣味のかけらもなく、顔には青あざ、でっぷりと太っていた体はずいぶんと痩せこけてしまっている。



「なんでこんなトコで座ってんだ、ダボゼ」


「……嗤えよ。行く宛ても無く、金も無く、自分でこの町を出て行く力も無くなった俺をな」



ダボゼは自虐的に笑うと、その場から動くことなくただ俯いた。



「俺はお前の料理が持つ力を侮ってた。金にならない力なんて無意味だってな。だがどうだ、このザマは……。人は喰ったものを自分の力にして生きていくもんだってのによ、俺はそれを忘れてたんだ」


「……」


「独りよがりに人を騙し、利益を貪ってきたツケってやつだろうな。助けの手なんて誰も伸ばしちゃくれねぇ。せいぜいお前らは、この俺を見てこうならないように肝に銘じるがいいさ……」


「肝に銘じるまでもないな。俺はこれまで通り美味い料理を作り続け、みんなに美味いといって喰ってもらう……それだけだ。そんな俺のコックとして歩む道に、今こうしてみんながついてきてくれているんだから」


「……そうかよ」



ダボゼは鼻を鳴らして、再び縮こまった。

低い音を立てて鳴る胃を押さえつけるようにして。

どうやら腹を空かせているらしい。



「よし、ダボゼ。喰いに来い」


「……は?」


「俺は今からマグリニカに行く。そこでキッチン借りて料理するから……だからお前も喰いに来い」


「ば……バカ言ってんじゃねぇよ、俺は……あそこを追放されたんだぞっ!?」


「事情なんてどうでもいいんだよ。腹を空かせてるヤツがいるならまず喰わせる、それが俺の主義だ。お前がどんな悪党で追放者だろうが今は知ったことか」



俺は今日、ワイズ率いる新制マグリニカに招待されている身。

キッチンを借りるくらいは造作もないだろうし、ワイズの機嫌次第じゃ作った料理をダボゼに喰わせてやることもできるだろう。


で、じゃあそのワイズの機嫌をどうするかって話だが……

そんなの俺の料理で唸らせて首を縦にさせてやればいい。

それに尽きる。

だからこそ、俺がいま知りたいことはただひとつ。



「ダボゼ、お前はメシを喰いたいのか喰いたくないのか、どっちなんだ?」


「…………! だ、だがなぁ、俺がお前らに何をしたか……!」


「いま質問してるのは俺だ。喰いたいのか、喰いたくないのか、どっちだ」


「…………そんなのっ、喰いてぇよ……喰いたいに決まってる……ッ」



ダボゼは堰を切ったかのように涙と鼻水あふれ出させる。

唐突なそのオッサンのガチ泣きに少し引きそうになる。


まあ、なりふり構ってられないほど腹が減ってるってことか。



「ムギ……すまねぇ、これまで悪かった……後生だ、頼む。この通り、何か喰わせてくれ……ッ!」



ダボゼが地面に頭を擦りつけそうになったので、俺はそれは止めた。


たとえ相手が誰であっても、腹を空かせてるヤツの目の前に料理をぶら下げ頭を下げさせるのは俺の主義に反する。

喰いたいヤツに喰わせるってのが10年前から変わらない俺のコックとしての理念であり使命なのだから。



「俺に頭は下げなくていい。でもマチメにはちゃんと謝れ。それで腹を満たし終わったら、これまでの自分の行いをどうやって償っていくか考えるんだな」


「わかった、そうする……すまねぇ、ムギ。感謝する……っ」



ダボゼがヨロヨロと立ち上がった。

さて、こうして腹を空かせてるヤツも発見したことだし、



「行くか。料理ギルド"メシウマ"、今日も活動開始だ!」



俺たちはマグリニカへ向かって歩く。

今日も今日とて腕によりをかけて料理を作り、

そしてみんなの舌鼓を打ち鳴らしてやるために。


ここまでお読みいただきありがとうございます。


もし「おもしろい」「続きも楽しみ」と思ってもらえたら、

1つからでも評価やブックマークをいただけると嬉しいです!


明日もよろしくお願いいたします。

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