第21話 新ギルド長ワイズ、陥落
"元"国内大手の冒険者ギルドである"マグリニカ"。
俺──ムギ・ウォークマンをはじめ、オウエル、ウサチ、そして腹を空かせたダボゼは、裏口からそのギルドへと侵入を果たした。
ほんの数か月前まで働いていた場所なのに、何だかすでに懐かしい気分だ。
とはいえ、感傷に浸っている場合ではない。
俺たちは見慣れた廊下をそそくさと歩いて進んでいき、
「失礼するぞっ! ギルド長に話がある!」
ギルド奥の扉を勢いよく開け、その執務室へと足を踏み入れた。
「ムっ、ムギ殿っ!?」
10人近くの冒険者が詰めている部屋の中央で、縄でグルグルに簀巻きにされているマチメが、俺の顔を認めるなりピョンピョンと嬉しそうに飛び跳ねる。
おお、元気そうだ。
「ムギ殿、かたじけないっ! 私を助けにわざわざ敵陣の真ん中へと突撃してきてくれたのだなっ!?」
「えっ、あ……うん」
「違うのかっ!?」
特段、マチメの心配はしてなかったんだよなぁ。
先ほどギルド正門前で捕まってしまったマチメのことは当然忘れちゃいなかった。
でも、俺たちは別に新制マグリニカとは敵対しているわけでもないし、危害は加えられるとは思っていない。
「──ようやく来てくれたか、待ちわびたぞムギ君」
執務室の奥から年季の入った低い声が響く。
壁となっていた大勢の冒険者たちがその身を退かせ、その間から現れたのは黒いローブを羽織った白髪頭の初老の男。
見覚えはある。
食堂で何度か顔を合わせた相手だ。
「お久しぶりですね。"新制マグリニカ"代表のワイズさん」
「よくここまで足を運んでくれた、ムギ君」
ワイズがニコリと微笑む。
一見して好々爺といった雰囲気だ。
しかし、その体を包んでいるのはまるで静止しているかに思えるほど無駄な動きのない滑らかな魔力。
構えずとも完璧な技を繰り出せてしまう道を極めし武人、それに匹敵する圧力があった。
……さすが、元マグリニカ四天王に数えられていただけはあるってことか。
「みな、待ち人は来た。マチメを放しておやりなさい」
ワイズの指示によって簀巻きにされていたマチメが解放される。
マチメは取り上げられていた盾を取り戻すと、俺の後ろへと帰ってきた。
「ワイズの爺様っ、見損なったぞ! いくらムギ殿を欲しているからと、私を人質に取るなどという強硬手段に出ようとは!」
「マチメ、お主には手荒な真似をして悪かったと思っている。すまなんだな」
ワイズは意外にも素直に謝ったかと思うと、
「だが、どうしたってワシのこの胸の内に滾る衝動は抑えきれぬのじゃ……!」
ワイズは俺に向けて手を伸ばした。
次の瞬間、その手のひらへとどこからともなく魔術杖が召喚される。
そしてその杖先で強かに床を打った。
「"メモリー・ヴィジョン"」
ワイズが魔術を発動する。
──ブオンっ。
ワイズの頭の上に横長の長方形の画面が現れ、映像が流れ始める。
最初に映し出されたのは真っ白な湯気。
それが次第に晴れていく中、だんだんとハッキリ見えてくるのはホッカホカの"肉じゃが"だ。
たっぷりと味の染み込んだ小麦色のお肉とじゃがいも。
そこに彩りを添える緑のインゲンに鮮やかなニンジン。
玉こんにゃくは"汁"を帯び照らされて、まるで宝石のような輝きを発している──
「──じゅるりっ」
香ばしいニオイまで感じ取れそうなそのリアルな映像に、湧き上がったヨダレを啜る音がアチコチから響く。
「し、失礼しましたムギ様」
「ムギ、私もアレ食べたいなぁ……」
「ムギ殿ムギ殿、そういえば私たちもお昼ご飯がまだだったような」
オウエル、ウサチ、マチメも例外ではない。
というかキュルルっとお腹すら鳴らしていた。
「お前らな……」
「し、仕方ないのですムギ様っ! 我々は特に、この数か月間ずっとムギ様の料理を身近に生活をしているわけで……その美味しさが他の人よりもよほどリアルに想像できてしまうのですからっ!」
オウエルが必死そうに言う。
食欲に理性が敗北したことが恥ずかしかったのか、その頬は少し赤い。
「クックック、ムギ君。どうやらお主の仲間たちもお腹を空かせてしまったようだなぁ? これはもう、肉じゃがを実際に作るしかあるまい……!」
ワイズはまるで悪役のような笑みを浮かべると、
──グゥゥゥゥゥッ!
その腹の虫がひときわデカく鳴り響いていた。
「いや、あんたもダメージ受けるのかよ」
「仕方なかろう、ワシはこの中で唯一この肉じゃがの味を知る者なのだからっ」
言いながら、ワイズはもの凄くひもじそうな表情で腹をさする。
「クッ……もう無理じゃ。耐えられんっ!」
ワイズのこれまでの知的な表情がウソかのようにクワッと歪められる。
そしてその場で膝を折らんばかりな低姿勢で俺を拝んだかと思うと、
「頼む! 肉じゃがを作ってくれぇいっ! "じゃがいも男爵"の素材はすでに入手しておるのじゃ!」
「そこまで俺の料理を評価してくれるのは嬉しいがな……」
俺たちのギルド"メシウマ"は元々"討伐クッキング"依頼を受けてここまでやってきたのだ。
害のあるモンスターを討伐しその素材で料理を作るのが今の生業だ。
決して料理人の派遣業務ではない。
「ワイズさん、あんたがやってるの虚偽の依頼だからな? 料理させるために呼ばれても困る」
「そ、それについては申し訳ない……本当に。だが、ワシはどうしてもムギ君の肉じゃがを食べたかったんじゃよ……」
ワイズが肩を縮こまらせて言う。
本気で落ち込んでいるようだ。
ジイさんがしょんぼりしてるのを見ると、なんか罪悪感あるな……
「……まあ、俺もわざわざここまで来て何も作らずに帰ろうと思っているわけでもないよ」
「ほっ、本当かっ? では……!」
「ああ。肉じゃがなら作ろう。ただし、いくつか条件がある。聞いてくれるか?」
「……フム、条件とな」
俺のその言葉に反応して、ワイズの顔に知的さが戻った。
ワイズはその目を僅かに細めると、執務室の入り口に視線をやって、
「それは……今この部屋の外でコソコソとしてる"アヤツ"に関係したことかのう?」
「さすが。お見通しだったか」
室内の全員の視線が開け放たれたままのドアへと向いた。
さすがのその注目にかなり出辛そうにしていたみたいだが、途中で観念してかおずおずとダボゼがその姿を現した。
室内の冒険者たちがどよめく。
「ダボゼ……!?」
「なんでコイツがここにっ!?」
「また追い出されてーのかっ!」
さすがの嫌われようだ。
そんな声をワイズが制する。
「説明してもらおうか、ムギ君。その条件とやらを」
「ああ。1つ目、出来上がった肉じゃがをダボゼにも喰わせたい」
一段とざわめきが強くなる。
「どうしてじゃ? お主もその男には酷い目に遭わされただろうに。飯を喰わせてやる義理などなかろう」
「義理の有る無しなんて関係ない」
「なにっ?」
「料理人ってのは飯を喰わせるのが仕事だ。だから俺は腹を空かせている人間なら善人だろうが悪人だろうが関係なく飯を喰わせる」
「……それが裁かれるべき人間が相手でもか?」
「裁くも救うも、ぜんぶ腹を満たしてやった後の話だ」
「フム……なるほど、そういう信念か」
ワイズは納得げに頷いた。
だが、やはり大半の冒険者たちにとってはダボゼが許されざる存在ということには変わりはないようだ。
まるで針のむしろ……
そんな空気感の中、ダボゼは俺の後ろから歩き出した。
そして、
「これまで大変、申し訳ありませんでしたっ!!!」
その場で低く低く地面に頭を着けてワイズたちに向けて謝った。
「これまでの行いを許してくれなんて言わない。反省はこれからの行動で示していく。できることならなんでもやって償っていく。だから、どうか今回、オレにも料理の恵みをいただきたい……!」
「……フム」
ワイズは視線をダボゼから俺に向けると、
「この反省を聞いて、それでタダで料理を恵んでやるのか?」
「俺はレストラン経営者ってわけでもないし、別にそれでもいいんだがな。でもそれでマグリニカのみんなが納得できないなら、そうだな……」
今のダボゼは金なんて持ってないだろう。
とすると、あと払える対価といったら労働くらいか。
「まず飯を喰わせて、そしたら雑用として働いてもらう。マグリニカの厨房で皿洗いでも掃除でもさ、何でもやってもらおうか」
「……そうか。まあ、ムギ君がそれで良いのであればよかろう。君たちの使用人として、ダボゼがしばしこのギルドに留まることを許可しよう」
ワイズはそう応えつつも新ギルド長という立場上、許すつもりはないのだろう。
ダボゼを正面から追い払うようにして下がらせる。
「それでムギ君、他の条件とは?」
「ああ。2つ目、肉じゃがを作るにあたって正式に"討伐クッキング"をさせてもらいたい」
「むっ? じゃがいも男爵の素材はすでに揃っていると話したが……やはり、正規の手順を踏まねば料理はできないと?」
「それもある。でも一番の理由はな、あの肉じゃがはじゃがいも男爵の素材では作れないんだよ」
「なんじゃとっ!? だが、そうだとしたらいったい何の素材でできると……」
言いかけたワイズの言葉が途中で止まる。
その目は「まさか」と言いたげに見開かれていた。
どうやら、思い当たる"モンスター"が居たようだ。
そしてそれは恐らく正解だ。
「じゃがいも男爵たちの女王であるS級モンスター、"メー・クイーン"。あの肉じゃがの再現のためには、コイツの素材が不可欠なんだよ」
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