第102話 臓喰い《ハラグイ》への回帰
「──全員、伏せろッ!」
上から降り注ぐ天嘗めの枝分かれした触手──無数の投てき槍のような攻撃を見て、とっさにそう叫んだのはマチメだった。
俺はすぐさまゴーレムの上からマチメの近くに寄る。
直後、
「魔力防壁最大展開!」
自らの盾へと大量の魔力を注ぎ込んだことで、マチメを中心として、俺たちを半球状に囲うような青色の魔力盾が出現する。
「このまま全てを受け流すッ!」
マチメのその技は、かねてからの訓練によって習得したマチメ独自の料理拳・水の型の奥義、アイス・ボール。
微細な魔力コントロールにより、魔力盾に触れた攻撃を全て受け流すしなやかなその技は、しかし。
「──ハッ⁉」
上から降り注ぎ注ぐ槍の触手の攻撃の最中で、ミシリと。
同時に真横から高波のような勢いで横なぎにされた触手に質量で押し潰される。
柔が制せぬほどの剛の暴力が、俺たちを蹂躙せんと振るわれた。
俺はとっさに、その極太の触手の前に出た。
──料理拳・石鹸の型、滑り手。
両手のひらを斜め上へ。
少しでも全員への直撃を避けるべく、触手の軌道をわずかに変える。
だが、それが精いっぱいだった。
数十メートル、俺たちは触手の勢いに攫われるがまま吹き飛ばされて、地面を転がされてしまう。
「──ガッ……ハァッ!」
深く呼吸をして、俺は危うく止まりそうになった息を吹き返す。
「っぶねぇ……!」
一瞬、本気で死んだかと思った。
すぐさま立ち上がると、辺りを見渡す。
「無事か、みんなっ!」
「──なん、とか……」
フラつきながらも立ち上がるのは、マチメ。
その後ろに、ウサチを始めとしてアニス、シナモンの二人もいた。
どうやらマチメが、俺の後ろでさらに身を挺して守ってくれていたらしい。
後ろの三人に大きなケガはなさそうだ。
しかしその代償にマチメの額は切れており、出血が激しく……その息も荒い。
……ダメ、か。
もう一撃は耐えられないだろう。
極めて冷静に、俺は判断を下す。
「俺が時間を稼ぐ。その間に全員、逃げろ」
「なっ……⁉」
シナモンを除くその場の全員が、息を吞んだのがわかった。
そんなバカなマネできるわけないと、みんなが思ってくれていることもわかる。
でも、その上で撤回はできない。
「スマン、お願いだ。俺一人なら何とかできる。でも……コイツを相手に、みんなを守りながらは戦えない……!」
心が苦しい。
それはメシウマ設立以来、互いに支え合ってきたみんなの実力を……否定する言葉かもしれなかったから。
「スマナイ」
返事は待たない。
待てない。
すでにその天嘗めの触手は次の攻撃態勢に入っていたから。
俺は独り前に出る。仲間たちから離れて。
……どうやら、天嘗めの他の触手が起き上がる気配はないようだな?
もしかしたら、と。
一つの可能性が頭をよぎる。
モンスターの中には、同じような見た目のモンスターが複数寄り集まって一体のモンスターとして行動する、群体型モンスターという分類が存在する。
天嘗めもソレなのではなかろうか?
つまりは、天嘗めの触手一つ一つに独立した脳があって、それ自体は他の触手と繋がってはいない……そういったタイプのモンスターである可能性がある。
だとすれば、だ。
──今すぐこの触手を倒すことができれば、他の天嘗めの触手は覚醒しないで済むかもしれない。
「……まだ、最悪の事態は防げる……!」
だとすれば、可及的速やかにこの触手を黙らせる必要がある。
後ろを振り返ると、マチメやウサチたちが互いを庇い合いながら、戦場から離れていくところだった。
……ああ、それでいい。
ここから先の俺の戦いを、みんなには見られたくなかったから。
俺は大きく一つ息をし、覚悟を決める。
この場を生き延びるためには、回帰するしかない。
ソロ冒険者として活動していた、あの時に。
──独りきりだった頃の臓喰いの俺に。
「全て、喰ってやる」
そう呟いた。そして体の内側の胃袋に縛り付けていた、自らを律するための制御魔力を解除する。
その直後のことだった。
──ボウッ、と。
燃えるように熱く、そして黒々とした膨大な魔力が俺の体を包み込んでいく。
自らに課していた重い足枷が、太い鎖が、ボロボロと崩れ落ちていくのがわかった。
──窮屈で暗い箱の中から連れ出されたような解放感。
──涼しい山風が後ろから俺の体を吹き抜けていくかのような爽快感。
それらと共に、激しい飢餓感が俺の理性を喰らい尽くしていく……、
……、
……、
……ああ、
なんて懐かしい、この──
──暴食の波動。
天嘗めから再び無数に枝分かれした鋭い触手が、オレ一人へと目がけて降り注ぎ始めた。
だが、それらはオレに触れる前に粉みじんになってしまう。
高速で引きちぎり噛みちぎった、俺の爪と歯によって。
……当然だ。
こんな爪楊枝みたいな攻撃で、このオレにダメージが通るとでも思ったのだろうか?
「そんなもんか……? 甘ったるい……」
続け様に横から振るわれるのは、先ほど生意気にもこのオレを吹き飛ばしてくれた太い触手だった。
……調教が必要そうだ。
オレは胃の底からあふれ出す莫大な魔力を拳へと集中させ、思い切り殴りつける。
──バチュンッ!!!
その触手の肉はヤワく、俺の拳を受けるや簡単に圧力限界に達して内側から爆ぜると、真っ二つに割れてしまう。
ペロリ、と。飛び散ったその肉の破片を口へと含んでみた。
「……不味い」
繊維っぽくて、美味くない。
やっぱり味わうなら……栄養満点のハラワタに限る。
「さて……それじゃあ喰い散らかそうか……!」




