その四
「いらっしゃい。何か用かな?」
「僕は、鈴木健太と申します。父の博の紹介で、この事務所でアルバイトをするためにやってきました」
「ああ、君が健太君か。まあその辺に座って」
男性がソファーを指差し、健太を招き入れた。健太は少し戸惑いながらも、ソファーに腰かけた。
男性が言った。
「私が有本だ。見ての通りの小さな事務所だが、一応私の事務所だ。君には私の秘書をやってもらいたい」
「具体的にはどんなことをすればいいのでしょうか?」
「まあ、秘書と言ってもこんな貧乏事務所だから、雑用から荷物持ちまで仕事は様々だな。とにかく気楽にやってよ」
その日から早速、健太は有本のもとで働くことになった。
健太は様々な雑務をこなしながらも、弁護士の仕事ぶりを注視していた。
有本への依頼は多岐にわたっていた。
遺産相続、離婚調停、刑事事件の弁護、中小企業へのアドバイス等々。
有本はそれらを精力的にこなしていた。
健太はその仕事ぶりに舌を巻いた。
そして、アルバイトの期間が終わる頃には、司法試験に受かったら有本のもとで働きたい、と強く思うようになった。
健太は、弁護士という仕事に、より一層の誇りを感じていた。
そして、秋の足音が聞こえてきた夏休み最後の土曜日、鈴木夫婦は健太に改めて進路を尋ねた。
健太はやはり卒業後はすぐに働くことを選んだが、その言葉尻には弁護士への強い憧れが垣間見れていた。
鈴木夫婦は、健太に一つの通帳を差し出した。
通帳の名義は『堤健太』となっている。
健太は差し出された通帳を開いた。
そこには二千万円の残高が記載されていた。
博が言った。
「そのお金は、お前の父さんと母さんが遺してくれた遺産だよ。こういう時のために残しておいたんだ」
健太たちが住んでいた家はローンの返済で相殺されてしまったが、父親の生命保険が全くの手付かずで残っていたのだ。
鈴木夫婦は、健太の将来のためにそのお金を大事に取っておいてくれていた。
思わず、健太の目から涙がこぼれた。
両親と弟が、頑張れと励ましてくれているようだった。
涙が止まらなかった。
鈴木夫婦は改めて、健太に進学するように勧めた。
それが両親への恩返しにもなる。
健太は泣きながら頷いた。
そして、健太は見事難関国立大学に合格し、今は司法試験に向けて猛勉強中である。
それを見ていた鈴木夫妻は、とても嬉しかった。
そして、天国にいる両親と弟も嬉しいに違いなかった。




