その三
大学の授業料は心配しなくていい。
俺たちはまだまだ働ける。
健太には是非立派な弁護士になって欲しい。
鈴木夫妻はそのことを強く説いた。
鈴木夫婦には、自分たちのせいで健太の将来が閉ざされてしまうことが、何よりも耐えられなかったのだ。
しかし、健太は大学進学を頑なに拒んだ。
早く二人に楽をさせてあげたい。
これ以上鈴木夫妻に負担はかけたくない。
そんな気持ちが強かった。
話し合いは平行線に終わった。
鈴木夫妻と健太は、夏休みの終わりにもう一度話し合言うことにして、とりあえずこの話を保留にした。
進路を決めるのはもう少し先でも間に合う。
実は鈴木夫妻は、夜中遅くまで健太が勉強しているのをよく知っていた。
恐らくは試験勉強なのだろう。
健太はまだ大学進学を諦めていないと、二人は確信していた。
健太の勉強は、数年後の大学受験のためのものだった。
高校卒業したら働きながら大学の夜間学部に通い、大学卒業の資格を得る。
そして鈴木夫妻に恩返しをした後に、弁護士になればいい。
健太はそう思っていた。
そして、高校最後の夏休みがやってきた。
毎年夏休みは、健太が鈴木夫妻の工場を手伝うことになっている。
健太は今年もそのつもりでいると、鈴木夫妻が健太に別のアルバイト先を見つけてきた。
いつも工場の関係でお世話になっている弁護士の秘書だった。
博が言った。
「健太、まずは弁護士というのがどんな職業なのか、身をもって体験してみろ。進路を決めるのはそれからでいいだろう?」
「わかった。やってみるよ」
健太は少し迷いながらも、博の申し出を快く承諾した。
健太に立派な弁護士になって欲しい。
博の気持ちが痛い程にわかっていた。
次の日の朝、健太は教えられた事務所へ顔を出した。
『有本法律事務所』は雑居ビルの三階にその居を構えていた。
「失礼します」
健太が事務所のドアを開けた。
事務所には机が二つと応接用のソファーが一セットあるだけの、簡素な事務所だった。
その内に一つの机に、男性が一人座っていた。
その男性は六十歳前後であろうか。
白髪交じりの髪に口元に髭をたくわえて、広げた新聞に目を通していた。
健太が事務所に入ると、男性が顔を上げて健太を出迎えた。




