第四話 「封鎖提言」
地下七区管理室は怒号で満ちていた。
「排水制御室との通信が繋がりません!」
「旧水脈ライン流量低下継続!」
「地下四系統で菌糸反応増加!」
赤色警報灯が天井を回転し続ける。
榊伊織は濡れた防護手袋を外しながら、中央モニタを睨んでいた。
地下断面図。
旧水脈ライン。
その周辺で、
白い侵食反応が毛細血管のように広がり始めている。
まだ小さい。
だが速い。
「主任!」
観測士が駆け寄る。
「第四搬送路側でも微弱反応!」
「……もう入ったか」
榊は小さく吐き捨てた。
最悪の形だった。
地下七区だけなら局地封鎖で済む。
だが地下物流網へ接続されると違う。
都市全体へ広がる。
しかも。
地下搬送路は止められない。
「本部回線開け」
「繋ぎます!」
数秒後、中央管理局本部との立体通信が起動した。
映し出されたのは、
災害管理局中部統制室。
疲弊した職員たちが大量のモニタに囲まれている。
その中央。
管理官・真壁が険しい顔をしていた。
『榊主任。状況報告を』
「地下七区旧水脈ラインへの侵食接続を確認。菌糸擬態反応あり。地下物流系統への漏出兆候あり」
『確定か』
「ほぼ」
『……証拠が弱い』
榊の目が冷えた。
「帰宅ログ消失四件。排水異常。擬態存在。深層圧反応。これで足りませんか」
『第四搬送路を止めれば中央区物流が麻痺する』
「止めなければ侵食が広がる」
『経済局と医療局が封鎖に反対している』
やはり来た。
管理局だけでは決められない。
第七地下接続駅は、
単なる地下施設ではない。
都市インフラそのものだ。
医療菌糸搬送。
魔石発電輸送。
位相触媒物流。
全部ここを通る。
『医療局は菌糸加工薬の搬送停止を拒否している』
「侵食菌糸と医療菌糸は別物です」
『世論はそう見ない』
真壁の背後で別の声が飛ぶ。
『知事側が会見準備を要求!』
『地下交通局、封鎖反対!』
『経済損失試算まだです!』
統制室は混乱していた。
榊は無言でそれを見ていた。
誰も間違っていない。
だから止まる。
「管理官」
榊が低く言った。
「第四封鎖を提言します」
統制室が静まった。
『……正気か』
「旧水脈ラインへ侵食接続済みです。今ならまだ局地封鎖で押さえ込める」
『第四封鎖だぞ』
真壁の声が重くなる。
『地下交通停止。中央物流制限。大規模避難。都市経済損失は数千億単位だ』
「知っています」
『知事は拒否する』
「でしょうね」
『企業連盟も止める』
「でしょうね」
『住民も避難しない』
「でしょうね」
榊は一切表情を変えなかった。
「それでも今止めなければ、次は都市封鎖になります」
沈黙。
その時。
観測士が顔色を変えた。
「主任!」
モニタを指す。
地下水脈流量。
急減。
同時に。
第四搬送路の位相ノイズが一瞬だけ乱れた。
そして。
消えた。
「……ノイズ消失?」
観測士が青ざめる。
「そんなはず……」
榊は即座に理解した。
「まずい」
『何が起きた』
「侵食が位相観測に適応し始めています」
統制室が凍る。
『観測妨害だと?』
「違う」
榊は地下断面図を拡大した。
「観測系そのものに馴染み始めてる」
つまり。
見えなくなる。
災害なのに、
災害として検知できなくなる。
最悪だった。
『あり得ん……』
「まだ浅層です。なのに適応速度が早すぎる」
その瞬間。
管理室の照明が落ちた。
暗転。
非常灯だけが赤く点滅する。
『どうした!?』
「地下側の魔力流が乱れてます!」
「非常電源切替急げ!」
怒号。
警報。
ノイズ。
その中で。
榊だけが静かだった。
そして。
地下断面図を見ていた。
侵食反応が、
不自然に止まっている。
広がっていない。
まるで。
“待っている”。
「……主任?」
観測士が震えた声を出す。
「どうして止まったんですか」
榊は答えなかった。
嫌な予感がしていた。
こういう時が危ない。
過去の災害でもそうだった。
静かになった直後に壊れる。
「全班へ通達」
榊が言う。
「地下七区から即時撤退。深部進入禁止。位相壁施工班を呼べ」
「第四封鎖決定ですか!?」
「まだ決まってない」
榊はモニタを見たまま言った。
「だから急ぐ」
その時だった。
地下構造図の一角。
停止していたはずの旧搬送路。
そこに。
新しい生体反応が表示された。
一つ。
二つ。
三つ。
増える。
「……なんだこれ」
観測士の声が掠れる。
識別タグなし。
だが反応だけが増えていく。
旧搬送路の暗闇の中。
地下都市のさらに奥。
誰も使っていないはずの通路で。
“何か”が動き始めていた。




