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『ダンジョンは封鎖できません 〜侵食災害管理局・封鎖班〜』  作者: 逆位相
第一章 『第七地下接続駅侵食災害』

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第三話 「第四反応」

 休憩室の空気は、異様なほど静かだった。


 換気ファンの低音だけが響いている。


 三人の保守員は椅子に座ったまま動かない。


 瞬きだけを繰り返している。


 その視線は全て、壁面の菌糸模様へ向いていた。


 呼吸しているように脈動する白い円環。


 湿った壁面に深く食い込んでいる。


 まるで地下そのものに根を張っているようだった。


「……主任」


 観測士の声が震えていた。


「第四反応、動いてます」


 榊伊織は返事をしない。


 視線は部屋の隅。


 そこに立つ“人型”へ向けられていた。


 保守服。


 ヘルメット。


 形だけなら作業員に見える。


 だが違う。


 輪郭が曖昧だった。


 照明の明滅に合わせて、

 形状が微妙に揺れる。


 菌糸が、

 人間を模倣している。


 そんな印象だった。


「識別照合」


 榊が低く言った。


 観測士が慌てて端末を操作する。


「保守員データベース照合……一致なし」


「搬送員」


「なし」


「外注作業員」


「該当なし」


 榊はゆっくり息を吐いた。


「……撤収する」


 観測士が目を見開く。


「え?」


「今の装備で接触するな」


「で、でも保守員が――」


「見ろ」


 榊は三人を指した。


「助けを求めてない」


 観測士が言葉を失う。


 三人は生きている。


 脈もある。


 呼吸も正常。


 だが視線だけが固定されていた。


 壁の菌糸円環を見続けている。


 まるで。


 意識の一部だけが、

 そこへ吸われているように。


「認識同期確認」


 榊が言う。


 観測士が慌ててヘルメット側面を叩いた。


 同期ランプ。


 緑。


 正常。


「……正常です」


「お前から見て、あれは人間か」


 観測士は答えられなかった。


 部屋の隅の“それ”は、

 微動だにしない。


 だが。


 こちらを見ていた。


 ヘルメットの奥。


 暗い隙間の向こうから。


 じっと。


 榊は腰の位相灯を強出力へ切り替えた。


 青白い光が室内を満たす。


 その瞬間。


 “それ”の輪郭が崩れた。


 保守服の隙間。


 腕。


 首。


 そこから細い菌糸が無数に伸びている。


 内部に骨格がない。


 糸だけで人型を維持している。


 観測士が息を呑んだ。


「な……」


 そこで。


 三人の保守員が同時に口を開いた。


「みず」


 声が重なる。


「みず」

「みず」


 榊の目が細くなる。


 地下水脈。


 やはり侵食経路はそこだ。


「主任……!」


 観測士が叫ぶ。


 壁面の菌糸円環が膨張していた。


 脈動速度が上がっている。


 室内湿度が急上昇。


 床に水が滲み始める。


 違う。


 水じゃない。


 半透明の菌糸液だった。


「下がれ」


 榊は観測士を引き下がらせた。


 同時に携行端末を起動。


「管理局中央。地下七区保守ライン。侵食存在確認」


 通信ノイズ。


 返答が遅れる。


『……確認内容を報告してください』


「菌糸擬態型反応あり。水脈接続の可能性が高い。封鎖レベル引き上げを提言する」


『災害指定基準を満たしていません』


 榊の顔から感情が消える。


「擬態反応が出てる」


『生態模倣だけでは――』


「地下水が消えてる」


 数秒、沈黙。


『……現在、経済局との調整中です』


 やはり止める気がない。


 榊は通信を切った。


「主任、どうします」


「仮封鎖する」


「許可なしで?」


「許可待ちしてる間に水脈へ広がる」


 観測士の顔が青ざめる。


 第四搬送路の地下水系へ侵食が入れば、

 中央区全体へ接続される。


 そうなれば封鎖規模は跳ね上がる。


 都市機能そのものが止まる。


 その時だった。


 室内の照明が一瞬だけ落ちた。


 暗転。


 次の瞬間。


 観測士が短く悲鳴を上げる。


「主任!」


 “第四反応”が消えていた。


 部屋の隅にいたはずの菌糸擬態体。


 いない。


 榊は即座に位相灯を振る。


 静かな室内。


 三人の保守員。


 脈動する菌糸円環。


 そして。


 天井。


 そこに張り付いていた。


 白い菌糸の束が、

 人間の形を真似たまま、

 逆さにこちらを見下ろしている。


 観測士が凍りつく。


 榊は即座に腰の熱制御筒を抜いた。


「目を閉じろ!」


 熱制御起動。


 圧縮熱線が天井へ走る。


 瞬間。


 菌糸擬態体が崩れた。


 焼ける。


 だが。


 壁面の菌糸円環まで一斉に脈動を始めた。


 位相計警報。


 警告音。


 観測士が叫ぶ。


「深層圧上昇!」


「やっぱり刺激に反応するか……!」


 熱制御が災害を刺激している。


 榊は即座に出力を切った。


 焼けた菌糸が床へ落ちる。


 だが。


 完全には死んでいない。


 細い糸が排水溝へ逃げていく。


「主任、排水ラインへ!」


「追うな!」


 榊は即答した。


「今追えば水脈側に誘導される」


「でも逃げました!」


「違う」


 榊は床の菌糸痕を見つめた。


「最初から、あっちへ行くつもりだった」


 観測士の顔色が変わる。


「じゃあ……ここって」


「時間稼ぎだ」


 その瞬間。


 地下全域の警報灯が赤く染まった。


 館内放送ノイズ。


 数秒遅れて、

 女性音声が流れる。


『地下七区排水制御室より緊急通報。旧水脈ラインで流量異常を確認――』


 放送が途切れる。


 代わりに。


 ザーッ……という水音だけが響いた。


 榊は目を閉じた。


 遅れた。


 数秒だけ。


 だが災害は、

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