仲間を見捨てる勇気
それから、仮称「チーム負け犬」は兄弟剣士がアーベルの戦い方を習得していく慣熟訓練として十日の探索と二日の外界での休暇というペースで生活していく。
そして、四回目の探索。
そこでやってくる。
試練ときが。
探索を始めて三日目。
狩場とは違う場所の探索をおこなった後に、いつも通り剣の訓練として狩場に向かっていたアーベルたちは異様な空気を感じる。
「アーベル。狩場からおかしな空気が流れてくる」
「空気というより匂いだな」
「そう。そして、この匂いは……」
むろん、アーベルにはこの匂いには覚えがある。
ネクロエデッセ。
典型的人食いの魔物。
知性は低く、剣も扱えない。
だが、その爪や牙に傷つけられた瞬間、全身が痺れ動かなくなる。
さらに悪いのは傷口から肉体が腐り始めること。
それを治すには上級の治癒剤が大量に必要となる。
遠距離から火球など炎系魔法で仕留める。
これがこの魔物に対する方法とされる。
だが、それはネクロエデッセが単独で現れた時の話だ。
遭遇頻度は多くないが、ネクロエデッセが集団になる時がある。
そして、その時に同行しているのが、ネクロドラコというネクロエデッセの上位種と呼べる魔物である。
ネクロドラコは魔法が使えるネクロエデッセといえる魔物であり、その集団の指揮官も兼任している。
魔法を使えるネクロドラコが同行している集団には初級魔法は通用せず、中級以上の魔術師が同行していなければ遭遇時には白兵戦による討伐をおこなわなければならない。
だが、当然牙と爪の危険性が高まる。
「……この死臭のような独特の匂いは間違いなくネクロエデッセ」
アーベルは言葉を漏らすと、アルキタスも大きく頷く。
「俺たちも何度もやり合ったから知っている。だが、これほどの匂いということは奴らが近くにいる。そうでなければ……」
「かなりの数だ」
「そうなると、ドラコもいるということか。だが、奴らが狩場までやって来るとは思わなかったな」
「ああ」
「駆け出しの奴らでは相当厳しいだろう。ところで……」
「アーベル……」
アルキタスはアーベルを見やる。
「実を言えば俺たちのチームを崩壊させたのもドラコに率いられたネクロエデッセの集団だった」
「俺はあの時のお返しをしたい。やられた仲間の仇討ちだ」
「俺も」
「今の俺たちなら勝てる。アーベル。やらせてくれ」
「……状況次第だ」
アルキタスとはタウルスからやってきた言葉にアーベルはそっけなくそう答えた。
「俺たちのチームには魔術師がいない。戦い方を間違えれば、俺たちも奴らの餌になる」
「だが、おまえたちの気持ちもわかる。そこで、狩場に行く前に確認しておく」
「アルキタス。タウルス。俺の命令は絶対だ。それがどのようなものであろうと。それは守れるか?」
「もちろんだ」
「約束する」
「それなら、いい。その言葉を絶対に忘れるなよ」
そして……。
やってきたアーベルたちが見たもの。
それはまさに阿鼻叫喚。
おそらくその場にいた者の半数はすでに腐った肉塊になって食われ、残りの半分の多くはまもなく同じ運命を辿るのであろう。
アーベルたちがやってきたのを見つけた生きている人間たちが群がる。
魔物に背を向けて。
むろん憐れみの感情など持たないネクロエデッセはその背を襲う。
悲鳴の中、ひとりの男がタウルスに縋りつく。
「治癒薬を……」
すでに右足の下半分は腐り始めているが、今から措置をすれば十分に間に合う。
だが……。
「タウルス。何も渡すな」
「だが……」
「おまえに渡した治癒薬は自分たちで使うもの。それに……」
「おまえがそいつに治癒薬をくれてやったら、皆にやらねばならなくなる。俺たちにはそんな余裕はない」
「厳しい戦いの場合、兄弟や仲間も斬り捨てなければならない。まして、目の前の男は我々に利をもたらすことがない赤の他人。見捨てろ」
「それよりも、せっかく来たのだ」
「狩りをする」
「目標はネクロエデッセを指揮しているあのネクロドラコ。あれが消えれば魔法で始末できる」
そうすれば戦いが終わり、手当に集中できる。
薬はその戦いの際に使う。
つまり、同じひとり分の薬であれば、より多くの者を救う方法に使うべき。
アーベルの意図を理解したふたりは剣を抜き、魔物たちの群れに飛び込んでいった。
かなり長い時間が経った。
それだけ戦いは激しいものだった。
だが、アルキタスは八体、タウルスは三体のネクロエデッセを狩り、さらにタウルスはネクロドラコも仕留める。
むろん、そうなれば魔法の加護がなくなる。
それを待っていたアーベルが魔法水晶で呼び出した火球により残っていたすべてのネクロエデッセを焼き殺す。
まさに勇者の戦いといえる見事なものだった。
ただし、ふたりも無傷ではなかった。
戦いの最中、アルキタスが二か所、タウルスは五か所の負傷を負い、持参していた高位治癒剤を大量に使用しようやく回復する。
そう。
もし、あの時、治癒剤を分けてやったら、治癒剤が足りずふたりは悪臭を放つ肉塊になっていた。
アーベルの正しさが証明されたというわけである。
「……アーベル」
負傷者の手当が始まったところで、それを眺めるアルキタスの口から出かかった言葉は、アーベルの視線に阻まれる。
「治癒剤もなくなった。補充すべき。なによりも……」
「ネクロエデッセは組合が買い取ってくれそうな金目のものは何も持っていないから、情報だけが軍資金の元。忘れないうちに冒険者組合に今日の事案を報告しなければならない」
「ということで外界に戻ろうか」




