空の下で
「でね、大介ったらこの前ね……。ってお姉ちゃん?」
「ん? 何?」
「何って……」
「最近変だぞ?」
「変って何よ。ただ最近教室の中は暖房がよく効いているでしょ? だから、ちょっと眠くなっちゃってるだけよ」
「本当に?」
そういって私の顔を覗き込むのは妹の芹。私と双子なのに全く似ていない。私は父親譲りの三白眼。対して芹は母親譲りのアーモンド形のくりくりした目。私はこの目つきからか小さい子たちによく怖がられる。そんなところまで父親譲りなんだから笑ってしまう。だが、私は父親が嫌いではない。むしろ尊敬している。目つきは怖くても父が優しいことは誰よりも娘の私が知っているからだ。だから、この目は嫌いではない。嫌いではないけれど、私も芹のような目だったらよかったのにと思ってしまうことは何度かある。そんなことは誰にも言わないけれど。
だって、そうでしょ? 誰かに行ったところで何かが変わるはずもない。何かあるとすれば、それはきっと父が少し悲しそうな目でこちらを見てくることくらいだろう。優しい父はきっと悲しんでしまう。それだけはしたくなかった。
「お姉ちゃん?」
「ちょっと外行ってくるわ!」
「え?」
「おい、コートでも着てかないと風邪ひくぞ!」
「知らないの? 大介。馬鹿は風邪ひかないのよ?」
「そうか」
大きな口をあけて笑いながら何も考えていないようにあの暖かい教室を出る。あんな暖かいだけの空間なんていたくない。
だから、あの場所へ行くの。雪が積もってしまってあの暖かい部屋からなんて見えない。誰も居ない寒空の下へ。
◇◇◇
私は大介が好きだった。
小学校にあがる少し前のこと。大介が私の家の隣に引っ越してきた。挨拶に来た母親の背中に隠れていた大介に私は一目で恋に落ちた。
それからというもの私は大介に猛アタックをした。バレンタイン、誕生日。イベントごとは見逃さず、アプローチを続けた。その中の何回かは自分の気持ちを伝えて。でも、その度に大介の答えは同じだった。
「今は忙しくてそれどころではない」
それを鵜呑みにして、何回も気持ちを押し付けた私は本当にバカだと思う。
「そっか。部活忙しいもんね」
と言って、笑っていた私。
大介の目にはさぞ滑稽に映っていたことだろう。
迷惑だっただろうに毎回取り合ってくれていた大介は優しいのかもしれない。個人的にはストレートに言ってくれた方が助かったのだが、恋は盲目という。きっと私も例外ではなかった。
だって、私は大介のことを見ているようで全く見ていなかったのだ。もしかしたら大介はちゃんと行動に表していたのかもしれない。それを私が見ようとはしなかっただけ。ただそれだけのこと。
冷静になればわかるようなことだった。こんなに長年気付かなかった私が理解したのは些細なことでそんなことは気を付ければわかったはずなのに。私はそれを見ようともしなかった。
大介は誰にでも優しい。
それは芹にもクラスメートにも。
だから、気付かなかった。私だけは大介から彼らと同じように優しさを向けられたことがないことを。
まさか転校してきたばかりの隣の席の山田君に言われるまでわからないなんて、私はどれだけ馬鹿なのだろうと思ってしまう。
大介も芹も同じサッカー部で私は教室で2人を待っているときのこと、山田君は不思議そうに私に問いかけた。
「なんで藤崎さんはいつも授業が終わっても帰らないの?」
それは山田君が、私が大介と芹を待つことが昔からの日課だと知らないから聞けたことで、他のクラスメートはそんなことは聞いたりなんかしない。
それが当たり前の光景だから。
「何言ってんだよ! 薊は芹ちゃんと大介のこと待ってんだよ!」
「え? もう高校生なのに?」
「んなの、昔からの習慣なんだよ。この幼馴染にとってはな!」
知らないのかとバカにするように胸を張る雄吾。
「なんで、あんたが胸を張るのよ!」
そういってふざけて私が雄吾のことを叩いた。
雄吾はふざけて言っていて、私もそれにふざけて返した。だけど、山田君だけは真剣な目で言った。
「でも、それじゃあおかしいよ」
「何がおかしいってんだ?」
「だって、藤崎さんが日直の時は待ってくれなかった」
「は?」
山田君が言っているのは、1週間ほど前のことだった。
私が転校してきたばかりで日直の仕組みをよくわかっていなかったから教えながら一緒に仕事をしていた。だからいつもよりも帰りが遅くなってしまって、先に二人が帰ってしまったのだ。そのことを言っているのだろう。
「別におかしいことではないよ。大介は待つのが苦手だから」
「でも、藤崎さんはいつも待ってるんだよ? 僕が仕事、遅いせいだけどそれでもそんなに時間は経っていなかったはずだ!」
何をそんなに怒っているのだろうか?あの後私も山田君も乗る予定のバスが来るまでにバス停に行くことはできたし、そこで2人とも合流できたのだから別にいいじゃないか。
その後、なかなか機嫌が治らない山田君を雄吾がなだめ、その日は部活中の二人を置いて山田君と雄吾と三人で帰った。
2人とは約束をしているわけではないが、きっと私がいなかったら心配するだろうと思い連絡は入れておいた。
翌日も山田君は一緒に帰るのだと言って聞かなくて、それを雄吾がなだめて三人で帰ることになった。
その次の日も。そしてその次も。
いつもは真面目でわがままなんか言わない山田君はこのときばかりは駄々っ子のようになってしまうのだ。
私は山田君のことが嫌いではないし、むしろ授業中はとてもお世話になっているわけで……。それに山田君と一緒に帰ることが嫌なわけではない。
雄吾に至っては山田君と気が合うらしく、一緒に帰ることが当たり前のように帰りになると山田君の元へ来るようになった。
そんなことが続き、初めのうちは二人に悪いなと思っていた。
でも、先に帰った私に二人は責めることはない。何も触れてこないのだ。私はだんだん連絡を入れることが面倒くさくなってそのうち連絡を入れなくなった。
そして私にとっての二人は雄吾と山田君になったのだ。
ある日、山田君は言った。
「星を見に行かない?」
山田君の話によると今度の日曜日はよく晴れて綺麗に星が見えるらしい。私も雄吾も星なんて昔から見飽きているけれど、山田君にはそれが珍しいことのようだった。子どものようにはしゃぐ山田君。そんな彼に綺麗に星の見える場所で見てほしかった。私と雄吾はその場所を知っているから連れて行くね。と約束した。
そのことは、お母さんにだけ告げて家を出ようとしたところを芹に見つかってしまった。
家を出るときに芹が必死に
「ねえ、夜なんだし危ないよ」
と止めてきた。
そんな芹を煩わしく思いながらも
「雄吾と山田君も一緒だから大丈夫だよ」
と告げた。すると芹はなんだか青ざめたような顔をした気がした。
だが、2人との約束の時間も近づいている。私は芹のことを気がかりに思いながらも家を出た。後から思えばあの時、立ち止まって話を聞いてあげればよかったのだ。だが、その時の私の頭には二人との約束のことしかなくて私は急いで自転車をこいだ。
星の綺麗に見える高台に着くと山田君と彼の家まで迎えに行った雄吾がすでに待っていた。
「遅いぞ!」
「ごめんって!」
「大丈夫だよ。あ、これジュース」
私を責める雄吾とは対照的に暖かいジュースをくれた山田君。
空には満天の星が輝いていて、隣には仲のいい二人がいる。
こんな日々がいつまでも続けばいいのに――この時の私はのんきにそんなことを考えていた。
「もう遅いし家まで送るよ」
そういってくれた山田君に
「お前、一人じゃ家に帰れないだろ! 全く二人を送るのは俺なんだからな……」
と口では仕方がないように言っているが、当たり前のように送ってくれる雄吾。
このとき、私はすっかりと忘れていたのだ。
家を出る前に芹が真っ青な顔をしていたことを。
自転車で3人並んで走りながらなんてことない話をしてたらすぐに私の家についてしまって、2人と別れがたいと思いながらも
「また明日」
って別れた。
このときは当たり前ようにこれからもこんな日が続くと思っていた。
ただいまって言って玄関の扉を開けると何故かそこには見慣れない男物のランニングシューズがあった。
出てくる前にお母さんは何も言ってなかったのに……。不思議に思ってリビングのほうへ向った。
リビングの戸の前に立つと家族の楽しそうな声がきこえた。叔父さんでも来たのだろう。そう思って戸を開けた。すると私の目に入ったのは叔父さんではなく、家族と楽しそうに話す大介の姿だった。
いっしょに帰ることもなくなって見る機会もなくなった大介。
前までは当たり前のように毎日見ていたはずなのに、なぜかとても懐かしいと感じるその顔は何故か不機嫌そうにこちらを見つめている。
私はなんだか居心地が悪くて自分の部屋に逃げ込んだ。
その翌日からというもの、大介は毎朝芹を迎えに来るようになった。
芹が
「お姉ちゃんも一緒に行こう」
と私のカバンをつかむから強制的に私も彼らと一緒に登校するようになった。
そして、大介は休み時間の度に私たちの教室に現れるようになった。
最初は無視をして山田君と雄吾と話していたけれど、そのうち大介が無理やり私を連れて行くようになり、いまやもう帰り以外は山田君たちと過ごすことはできなくなっていった。
山田君も雄吾もすまなそうにする私を見て微笑む。私にはそれが何故かわからない。
だから私は寒空の下、あの頃の3人に戻れることを祈るのだ。




