第5日目(金曜日) 地獄
テストは昨日までだったので、今日からは日常に戻った。でも神様と戦う勇者、じゃなかった悪魔の一味となってしまった僕は、いったいどうしたらいいのでしょうか。どう考えても早々にやられちゃうイメージしかないし、しかも相手が神様ってどんなひどいやられ方をするのか想像もしたくないんだけど。…今日もいいお天気なのに。
学校、正確には教室に入るまでは、いつもの日常通りだった。
教室に入るなり、呼び止められた。
「なぁ、ユウ。」
え、マコトが声を掛けてくるなんて珍しいな。
「何?」
「お前さ、昨日みさきちゃんと陽子ちゃんと一緒にカラオケ行ってたって、ホントなの?」
「え、ああ、うん。ヒロシも一緒だったけど。」
なんで、こいつ知っているんだ? そう思ってヒロシを見たら目をそらした。お前がしゃべったんだな。
「しかもさ、陽子ちゃんにまた誘うって言ったらしいじゃん?」
え? そんなことは言ってない。それは断じて無い。ヒロシ、お前しゃべるにしても話を大きくするなよ。
「また、誘うなんて言ってないよ。陽子ちゃんが用事があって先に帰るって言ったから、『じゃあまたね。』って言っただけだよ。どう考えてもただの挨拶だろ。」
「うーん、まぁ普通に考えるとそうなんだよな。お前がそんな積極的なことをするとは思えないし。でもヒロシがそう言っていたから聞いておきたかったんだ。でもすごいよな、陽子ちゃんとみさきちゃんとカラオケかぁ、夢みたいだな。」
「…うん、夢だったのかもしれない。」
マコトが不思議そうに僕を見てから、離れていった。悪魔さんのおかげなんだから、夢みたいなものだろう、僕の力じゃないんだから。それにしてもヒロシのやつ…。
あ、チャイムが鳴った。今日は6時間授業だから、答案がいっぱい返ってくる。
結局6時間目までのテストの結果は、4勝2敗だった。
2敗は初日の社会と音楽だった。予想通りだったけど、思ったよりも悪かった。総合点でどうなるのか微妙だなぁ。
「ねぇ、ユウ。」
あ、みさきちゃんだ。…あれ、なんか周りがどよめいている。そうか、昨日の話の効果だな、きっと。
「何?」
「陽子ちゃんとあれから、…連絡取ったの?」
「なんで僕が陽子ちゃんと?。」
「えっ、…違うならいいの。あれからどうしたのかなぁって思って。」
「別に何も無いよ。あれ、ひょっとして気になり…。すいません、何でもありません。」
途中からみさきちゃんが怖い目に変わっていくのを、目の当たりにした。
「陽子ちゃんが、僕なんかを相手にするわけないよ。」
「…陽子ちゃんと昨日話したけど、ユウのことをとってもよく知っていた。私でも気がついていなかったことまで。陽子ちゃんは、…陽子は本気だと思う。」
「はい? え、何?」
「…私も気がついた。もう遅いのかもしれないけど。」
そう言うとみさきちゃんは急に行ってしまった。
うっ、気が付くと周りの男子の視線が痛い! マコトは何が起きたのかわからないって感じだし、ヒロシは口をポカンと開けたまま固まっている。何か、今までの僕の立ち位置と全然違うんですけど、これ。
と、さっきまでの教室の中の出来事は始まりに過ぎなかった。部活に行ったら陽子ちゃんが部室の近くで待っていました。今まで、一度たりともそんなことは無かったのに…。
「ユウ君。」
そんな風に甘えた口調で、今まで呼ばれたことないんですけど。どうしたのかわからないけど、悪魔さん効果すごいな。
「何? 陽子ちゃん。」
「今度はいつ会ってくれるの?」
いきなり積極的で、剛速球! しかも、その表情。それを断れる男の子って、そうそういないんじゃないかな。
「あのさ、…今度は2人きりで会いたいな。ヒロシ君やみさきちゃんとは別に。」
来た! ついに来ました。こんなこと言われる日が僕に来るなんて。
いかん、冷静に考えれば悪魔さんが何かをした結果なんだ。これは僕本来の状態じゃないんだった。落ち着け、落ち着くんだ。…無理だ。
「ねぇ、ユウ君。」
「は、はい。」
「…みさきちゃんって、ユウ君のこと好きなのかな?」
「え?」
みさきちゃんが僕のことを好き?
「だって、昨日わたしがユウ君と話しているとき、ずーっとこっちを見ていたんだよ、みさきちゃん。」
「え、そうだったの?」
「うん。ユウ君はわたしを見ていてくれてたから、気が付かなかったと思うけど…。」
何これ? 噂に聞くモテ期ってこういうことなのかな。イケメンだとこれが普通の状態になるのかな、何かすごいなぁ。…ところで悪魔さん効果っていつまで続くのかな? ずっと続くのならいいけど、そうじゃないならなんだかみんなを騙しているみたいでイヤだな。それにこれだけ上げられておいて、元の状態になったらかなり落ち込みそうだ。
「…ユウ君?」
陽子ちゃん、そんなに近くで見つめないで。もうドキドキです。
「全員集合! 練習始めるぞ。」
キャプテンの声で我に返った。危ない、もう少しでこれが虚構だってわかっていても勘違いするところだった。あ、ヒロシがポカンとしてこっちを見ている。そりゃそうだろうな、一昨日まではこんな風じゃなかったんだから。
練習中は結構集中していたけど、時々陽子ちゃんの方を見ると必ず目が合った。これって、いつも僕のことを陽子ちゃんが見ていてくれてるってことだよね。そして目が合うと、ニコッと微笑んでくれる。これが悪魔さん抜きの現実だったら最高なのに…。いかん、いかん、僕はみさきちゃん一筋なんだ! 裏切っちゃだめだ! だから、浮気はだめなんだ! …浮気ってホントにダメなのかな?
「全体練習はこれで終わり! この後は個人練習にするので、これで一旦解散する。」
谷口先生(本物)から指示があり、先生は職員室に戻っていく。
「お疲れ様っす。」
みんなが口々に挨拶をして一旦解散となった。本当は残って個人練習したいけど、今日は陽子ちゃんがあの調子だしなぁ。これ以上ややこしいことが何も起きないように、今日はとりあえず帰ろう。
「今日はこれで帰ります、お先っす。」
いつもはこれで何も無かった。声をかけてくるのは、練習したいヒロシくらいだった。
「え、ユウ君、帰っちゃうの? 一緒に帰ろうよ。」
陽子ちゃん、そんな大きな声で…。勘弁してください、キャプテンも含めて他のみんながびっくりしてるよ。しかも、何人かは明らかに僕を睨んでいるんですけど。
「え、いや、ちょっと。今日は家の用事があるんだ。」
「そうなんだ…、残念。じゃあ、夜電話するね。」
ちょっと、陽子ちゃん。今までそんな積極的なキャラじゃなかったでしょ? ほら、さっきまでは数人だったのに、今は全員僕を睨んでいるよ。ヒロシだけは相変わらずポカンとしたままだったけど。
「うん、わかった。じゃあ、お先に。お疲れっす。」
「お疲れ様、ユウ君。じゃあ、また後でね。」
だめだ、これじゃあ次の部活が怖すぎる。悪魔さん効果を何とかしてもらわなきゃ。これじゃあ報酬でもご褒美でもなくて、どっちかというと罰になってきてるよ。
「ただいまー。」
「お帰り、優ちゃん。テストの結果はどうだったの。」
そうだった、マズイ。母さんに悪かった点数を言えば相当怒られる。なんか今日はピンチの連続だ。
「うん、まあまあだったかな。まだ全部返ってきてないから、全部返って来てからまとめて渡すよ。」
「いつごろなの?」
「来週中には全部返ってくるから、来週中には。」
「それならいいわ。今回、自信はあるの?」
「うーん、何とも。」
「あら、大丈夫なの。」
母さんの顔が少し怖くなってきた。
「たぶんね。ところで、今日の夕飯は何?」
話題を早く変えなくては。
「今日はエビフライとサラダよ。何本揚げる?」
「5本は食べたいな。」
「いいわよ。じゃあ、用意できたら呼ぶからね。」
「うん、わかった。じゃあ、宿題やってくるからね。」
ふう、あぶない、あぶない。とりあえずうまく誤魔化すことができてよかった。階段を上がって自分の部屋に行く間、僕はいろいろ考えていた。今日は良かったけど、いずれはバレちゃうよなぁ。どうしよう。
僕の部屋のドアを開けると、中には昨日と同じように悪魔さんが谷口先生の姿でいた。
「君は自制心が強いね。現実的と言うか、自分と周りを冷静に見ている。以前私と契約した人間達は、もっとのめりこんでいって破滅したのにな。」
悪魔さんに誉められた。
「今日も楽しんでくれたかい?」
やっぱりそうだったんですね。
「もちろんそうだよ。君が洞察したとおりだ。」
「楽しめたのか?って聞かれれば、はじめの方は楽しかったですよ。でも、途中からどう考えても、罰ゲームっぽくなっていました。」
「その辺のさじ加減っていうのは、すまないが私たちにとって難しすぎるんだ。」
まぁそうでしょうね。太陽に干渉したり、いろいろな星の生きものを育てているような存在からすると、人間の細かい感情の動きなんかちっぽけ過ぎますもんね。
「うん、まぁそんなようなものだ。ところで、…重大な話があるんだ。」
なんですか急に改まって、それだけでもう聞きたくなくなりました。
「残念だが、耳をふさいでも意識に直接伝えるから無駄だ。明日、君達が神様と呼んでいるあいつと、決着をつけることになった。」
「えっ、もうですか? 明日なんですか?」
「そうだ、あいつの準備ができたらしい。」
「それって、明日で僕の人生が終わっちゃうってことじゃないですか。神様と僕が戦って、僕に勝ち目なんか全く無いですよ。僕は普通の人間なんだから、特別な力は何も持っていないんですよ。神様と悪魔さんは同格なんでしょ。僕がわざわざ戦わなくても、結果はわかるじゃないですか。」
「いや、そんな不公平な戦いにはならない。」
じゃあどうなるんです?
「私の代理がユウ君であるように、あいつ、…神の代理が決まったんだ。ユウ君は神じゃなくって、神の代理と戦うんだよ。」
「え、誰なんですか? 神様の代理って。すごい人なんですか?」
「いや、よくわからないが、…別にすごい人ではないと思う。あいつが選んだ代理は、君の同級生のマコト君だよ。」
マコト? あのマコト? あいつが神様の代理なの? なんか戦うスケールが小さくないですか? 神様と悪魔さんの戦いなんですよ。僕とマコトの争いだと、単なるクラスメートのケンカですよ?
「戦いの大きさは問題じゃない。大きくなればお互いに監視できなくなるし、決着をつけることが目的なのだからこれでいいんだよ。やりすぎると、前回みたいに後々まで影響が残ってしまうから。」
悪魔さんがそれでいいなら、別にいいですけど。
「で、明日どこでマコトと戦うんですか? 普通にケンカするんですか? なるべく痛くないほうがありがたいんですが。」
「場所は君達の学校で、戦う方法はケンカなんかじゃない。前回同様に魂を多く集めるんだが、対象は君のクラスの生徒全員だ。」
はい? 僕のクラスメートを対象に、魂集めで僕とマコトが戦うんですか? よく理解できないんですが。
「まぁ、明日教室で改めて方法とかは説明するよ。いつも通りの時間に登校してくれれば、それでいい。それよりも、もうすぐユウ君に電話がかかってくるので、私は引き上げるよ。」
電話? あ、そっか陽子ちゃんからかな?
「そうだよ。だが、もう一人もかけようかどうしようか今迷っている。こちらには、私は干渉しないよ。」
何ですか、その意味深なセリフは。
「私が影響を与える範囲は、むやみに広げない方がいいんだよ。君達の意思の結果に任せたほうがいい。」
下で電話が鳴る音が聞こえた。
「優君。斉藤陽子さんって子から電話よ。」
母さんだ。
「はーい、今降りて行くよ。」
「じゃあ、明日いつも通りの時間に登校してくれ。私服でな。」
「わかりました、悪魔さん。」
そう答えると、谷口先生の姿をしていた悪魔さんの姿が消えた。
「最後にアドバイスがある。今かかってきた電話は、15分以内で切り上げることだ。それ以上はやめておいたほうがいい。」
「どういうことです。」
「これ以上干渉すると、あとで問題になるかもしれないから説明できないんだ。最終的にどうするのかはユウ君の意思次第だ。」
そういうと悪魔さんの気配みたいなものも無くなった。
「優くーん。まだなの?」
「ゴメン、すぐ行くよ。」
慌てて降りて行くと、母さんがニコニコ笑いながら興味深そうに待っていた。
「誰なの? クラスメート?」
「違うよ、部活のマネージャーだよ。たぶん部活の連絡だと思う。」
「そうなの? みさきちゃん以外の女の子から電話がかかってくるなんて初めてだから、ひょっとしてって思ったのに…。」
「そんなんじゃないよ。いいから、あっち行っててよ。」
「はい、はい。」
絶対に部活の連絡じゃないことはわかっているから、とにかく電話に出る前に母さんを遠ざけておきたかった。
「もしもし、陽子ちゃん? ごめんね、だいぶ待たせちゃって。今ちょっといろいろ忙しくってさ、すぐに出られなかったんだ。」
「ううん、いいの。もう、大丈夫なの? 後でかけなおした方がいい?」
「もう、大丈夫だよ。…あ、でもあと15分くらいしか時間が無いんだ。今日は本当に忙しくって。ゴメンね。」
何となく悪魔さんの話が気になって、そう言ってしまった。本当は別に忙しくもないし、この後は用も無いんだけど。
「そうなんだ、なんか大変そうね。」
陽子ちゃんはあまり気にせず、それから他愛もない話をいろいろとした。女の子と電話でこんなに話をするのは、みさきちゃん以外には初めてかもしれない。…いや、間違いなく初めてだな。
「あ、もうすぐ時間だね。」
陽子ちゃん、ちゃんと気にしてくれていたんだ。
「そうだね。そういえば陽子ちゃん、用件は良かったの?」
「あ、うん。…今度の日曜日って、ユウ君はもう予定あるの?」
「日曜日? 部活も無いし、今のところ予定は無いけど。」
「そう! じゃあ、2人で遊びに行かない? 映画もいいな。」
デ、デートってことですか?
「うん、いいけど。」
「じゃあ、約束ね。10時にユウ君の家に行くわ。」
「え、家に?」
「うん。…迷惑?」
「いや、そんなことは無いけど…。」
「早く会いたいの。日曜日、楽しみにしているわ。ちょっと早いけど、おやすみなさい!」
何か受話器越しに「チュッ」っていう音が聞こえましたが、これっていわゆる…。
切れた後もしばらく呆然としていた。悪魔さん、いくらなんでもちょっとやりすぎなんじゃないかな? こんな状況になれば勘違いしちゃう人が出るっていうのも、しょうがないことだと思うんだけど。
しばらく放心していてようやく受話器を戻したら、すぐに電話が鳴った。
「はい、渡辺です。」
「もしもし、あの、私…。」
聞き覚えのある声だった。
「ああ、みさきちゃん? 僕だよ、優だよ。」
「…ユウ?」
何かいきなり口調が変わった。
「なんでいきなりあんたが出るのよ! いつもはお母さんが出るから、びっくりしたじゃないの。」
なんで電話に出ただけで怒られるんですか…。
「いや、たまたま電話のそばにいたから。」
ああ、そういうことですか、悪魔さん。僕が陽子ちゃんとずっと話をしていたら、陽子ちゃんとみさきちゃんの二人を相手に電話するはめになっていた訳なんですね。
それから、僕はみさきちゃんとホントに珍しく、長い間話をしていた。途中で母さんが夕御飯が冷めちゃうって何度も言いに来たくらいだから。エビフライは冷めちゃったけど、僕の心はポカポカだった。好きな人と話ができるってとっても幸せなことだ!




