第4日目(木曜日) 天国
今日もまぶしいくらいのいいお天気だった。あの太陽が生物を絶滅させたかもしれないなんて、想像もつかないよなぁ。昨日はあれからがんばれたし、今朝もばっちり勉強できた。今日のテストは受けるのが楽しみだ。
「自信ありそうだな。」
たっ、谷口先生! どうして家に? 違った。悪魔さん、急に現れて話しかけないでくださいよ。びっくりしたじゃないですか。
「昨日も話したが、ユウ君に手伝ってもらわなければならないことができたんだ。」
「僕がですか? 僕にできることならいいですけど。」
「君にしか頼めないんだ。時間も無いから、君が夕方に帰ってきてから説明するよ。」
「夕方って? 今日もテストで、部活も無いからお昼には帰ってきますよ。」
「夕方しか時間は無いよ。まあいい。ではまた。」
一体なんだろう? 僕が手伝いって、悪魔さん何でもできるのに何を手伝うんだろう?
見直しをしたり、分からない問題でも少しでも解答欄を埋めようとしていたら、あっという間にテストが終わった。何かやりきった感じがあった。
終わった、全部。今日の出来は結構良かったと思う。クラスのみんなもテストが終わった開放感で、ワイワイ騒いでいる。
「おーい、ユウ。」
あ、ヒロシ。こいつはレギュラー、僕は補欠。今まではあきらめていたけど、これからはがんばって練習してレギュラー目指すぞ。
「どうしたんだよ、何かこわいぞ。」
どうやら知らないうちに、ヒロシを睨んでいたようだ。
「あ、悪い悪い、何でもないよ。それより、何?」
「今日は部活ないだろ、どっか遊びに行こうぜ。」
「うん、いいけど。…珍しいな、お前がサッカー以外で誘うなんて。」
「…実はさぁ。みさきちゃんを誘ったんだけど、2人きりはいやだから2対2以上でって言われちゃったんだよ。」
「え、お前みさきのこと好きだったの?」
動揺して呼び捨てにしちゃった。
「だってさ、みさきちゃんっていいじゃん。一見怖そうだけど本当はやさしいし、頭もいいし、何と言ってもあの笑顔! めったに見られないけど、あの笑顔がいいんだよ。一回見ちゃったら、何としてでももう一回見たいって思うから。」
ヒロシ、お前よく見ているんだな。ちょっと見直したぞ。みさきちゃんの魅力を、良くわかっている。
「お前、…ひょっとして告ったの?」
「バ、バカ。いきなり告るわけないだろ。俺のことどう思ってんのかわかんないから、昨日電話してさ、今日遊びに行かないか誘ってみたんだよ。」
ヒロシ、お前を尊敬する! お前は勇者だ! …僕にはその勇気は無い。
「お前、すごいな。…でも、2人きりはいやだって言われちゃったの?」
ヒロシの顔が曇った。
「そうなんだ。…でも、断られた訳じゃない! 少なくとも、嫌われてはいないことだけはわかった。それだけでも収穫だ。一歩前進だ。」
ヒロシさん、すいません。今まであなたを誤解していました。僕にはその勇気も、その前向きな姿勢もありませんでした。これから頑張っていきます!
「でもさ、何で僕を誘ったの?」
「ああ、それならみさきちゃんからの御指名だよ。…みさきちゃんが言ったんだから、俺に怒るなよ。『ユウなら、幼馴染だし、安心安全だから』だって。」
ふーん、僕は安心安全だから、お供には最適ってことですか。ずいぶんなめられたもんですねぇ。…その通りですけど、それが何か?
僕はみさきちゃんが好きだ。そして一度告白した。…答えはゴメンナサイだった。いつも一緒だったから友達以上には思えないって。でも、今でもみさきちゃんが好きだ! だけど、断られたんだからそれからは誘ったりとかしていないし、遠くから見ているだけなんだ。それくらいはいいいだろ、好きなんだから。
でも、みさきちゃんは僕の告白が無かったかのように、『幼馴染の』って言って昔のままの状態にしようとするんだ。いっそ断ち切ってくれた方が、あきらめられるのに。…すいません、自分に嘘をついてしまいました、みさきちゃんのことはあきらめられません。
どうやら、僕が考えこんでいる間に、ヒロシはいろいろと話をしていたようだった。
「ごめん、もう一回言って。」
「しょうがないなぁ。だからさ、今日この後で、カラオケに行くことになったんだってば。みさきちゃんの他に、陽子ちゃんも来るんだって。」
はい? 陽子ちゃん? サッカー部のマネージャーの? 何で?
「どうして陽子ちゃんも? みさきちゃんと仲良かったっけ?」
「そのへんのことは俺もよく知らないよ。でも今日みさきちゃんに聞いたら、陽子ちゃんが来るって言われたんだ。」
陽子ちゃんは、僕たちの学年で一番人気のある女の子だ。みさきちゃんも人気があるけど、陽子ちゃんはダントツだ。
「で、男子はお前と僕と誰なの?」
「お前、ホントに俺の話を聞いてなかったんだな。俺とお前だけだって。」
「え、2対2なの? みさきちゃんと陽子ちゃんとお前と僕だけ?」
情けない話だけど、僕の声はすっごく裏返ってた。だってそんなのありえないでしょ? どうなってんの?
「ヒロシ、お前すごいな。みさきちゃんと陽子ちゃんの2人って最強じゃん。」
「いや、俺じゃない。みさきちゃんが陽子ちゃんを誘ったんだから。」
ヒロシさん、何で冷静なんですか? こんな幸運滅多に無いことっすよ。信じれらない事っすよ。僕らはイケメンでも何でもない、ただの一般人っすよ。
「で、何時にどこで待ち合わせなの?」
「…ユウ。お前は俺の話を、ひとつも聞いていなかったんだな。2時に駅前のカラオケの受付に集合な。」
そう言うと、ヒロシはおもむろに右手を上げてニヤッと笑った。僕も笑い返してハイタッチした。
急いで家に帰って昼食を食べ終わると、もう1時30分過ぎだった。やばい、急がないと約束の時間に遅れちゃう。好きな女の子と、学年のアイドルが来るんだ。こんなこと普通なら有り得ない!
…ん、ちょっとまてよ、何だか少しイヤな予感がした。そうだよな、これってどう考えてもおかしい。僕とヒロシの組み合わせに、みさきちゃんと陽子ちゃんは通常では有り得ない。それに、昼に時間が無いって悪魔さんが言った通りじゃないか。
そう思った瞬間、悪魔さんの声が聞こえてきた。
「ユウ君は、私の想定よりも反応がいいな。舞い上がって何かがおかしいって気が付かない場合の方が多いんだが…。そうだよ、私がそうなるようにしたんだ。でも、あまり気にせずに今は楽しんできてくれ。帰ってきてから、…すまないがちょっと話があるんだ。」
やっぱりそうだったんだ。どう考えてもおかしいもんな。なんでこんなことしてくれるんだろう。話があるっていうのとつながっているんだよね、きっと。
何とか2時少し前に着いたけど、外から見たカラオケの受付付近は、…これ以上のものは見たことが無いくらいのドーナツみたいな形だった。中心あたりいるのはみさきちゃんと陽子ちゃんだけで、特に何も気にしないで2人で話をしている。2人の周りには不自然に誰もいなくて、他校も含めた他の男子は2人をチラチラ眺め、逆に女子は2人がいないかのように不自然に振舞っていた。あれ、ヒロシは? 探してみたら、ヒロシは受付カウンターのところで所在無さげに周りを見渡していた。…何かあそこに行くの怖いんですけど。
あそこにどうやって入っていけばいいものか? 悩んでいても仕方が無い。なるべく目立たないように入って行った。
「あ、ユウ!」
「あ、ユウ君!」
みさきちゃんと陽子ちゃんから、声が上がった。僕は2人とヒロシ以外の注目を浴びることになった。…周りの視線が痛いです。
「…え、あの子達が待ってたのって、あいつ? なんで? 嘘だろ、あいつなの? 俺の方が全然マシじゃん。」
「何? あの子が相手なの? 趣味悪いわね。」
「あれっ、ユウじゃん。いつの間にみさき様と陽子様に!」
何かあちこちから、いろいろと聞こえてきているんですけど? すいませんね、これって僕の魅力とか何とかじゃなくって、悪魔さんのおかげなんです! 不思議に思うのもごもっともです。どうもすいませんね、お騒がせして。
「ゴメン遅くなって、ぎりぎりだったね。待たせちゃった?」
「ううん、気にしないで。私たちが早く着いたんだから。」
えーっと、陽子ちゃんからそんなセリフ初めて聞いたんですけど。悪魔さんいったい何をしたんですか? みさきちゃんが陽子ちゃんを見てびっくりしている。そりゃそうだよね。僕も驚いているんだから。
「えっと、みんな揃ったんで受け付けするね。」
ヒロシ、ありがとう。お前がいなかったら、途方にくれていた。でも、この後どんな展開になるんだろう。
「えっと、204号室だって。行こうか。」
ヒロシの声に従って、エレベーターに向かって行った。僕の背中にはたぶん30本くらいの矢が刺さっていたと思う、羨望と嫉妬と疑問の矢が。
204号室はそれほど広くない部屋だった。先にトイレに行ったので一番最後に部屋に入った僕は、座る場所に躊躇した。だって、みさきちゃんと陽子ちゃんの間しか空いていなかったから。ヒロシは気後れしてか本来の目的を達するためか、みさきちゃんの横に座っていた。
ん? あれ? みさきちゃんと陽子ちゃんの間って、別に空いていなくてもいいんじゃないの? なんでそこが『ここに座りなさい』的に空いているの?
何か途方に暮れて入り口で立っていたら、またしても2人から声が掛かった。
「ユウ、早くここに座りなよ。」
「ユウ君、ここに座って。」
なんで? いったいどうなっているんだ? ヒロシが呆然としてこっちを見ている。どうなってんのか聞きたいのは僕のほうだよ。…あ、悪魔さんが何かしたせいかな、これも?
「もちろん。その通りだよ。」
悪魔さんの声が聞こえた。あれ? みんなには聞こえていないみたいだ。
「君の聴覚近くで空気を振動させているんだ。君だけに聞こえるようにね。」
いろいろできるんですね。ところで、どうしてこんなうれしくなるようなことを急にしてくれるんですか? 僕って何かしましたっけ?
「いや、全くしていない、今のところはね。」
何ですか、気になるじゃないですか、その言い方って。
「うーん、報酬っていうか、まあ、何て言うかこれから君にしてもらわなければならないことへの先払いなんだ、これは。」
はい? 報酬? 先払い? どういうことですか?
「それは君が家に帰ってから話すよ。今はとにかく楽しんでくれ。」
えー、気になるじゃないですか。太陽に干渉できて、地上の生きものを絶滅の危機から救ったひとからそんなこと言われると気になるじゃないですか。しかも、報酬ってことは、それなりの対価が必要ってことですよね、それって。
「どうしたの、ユウ君?」
気がつくと、陽子ちゃんが僕の顔の至近距離で心配そうにこちらを見ていた。ちょ、ちょっと近すぎないっすか?
「いっ、いや何でもないよ。」
なんか心臓がドキドキしてきた。こんな近くで女の子に見つめられたことなんて、今までないからな…。
なにか殺気を感じて振り返ると、みさきちゃんが怖い顔でこっちを見ていた。これ、いったいどうなってんの? なんか急にモテモテですけど、こんなのおかしいし、この後の展開が怖いんですが…。
「じゃあ、とりあえず俺から曲入れるから、次はみさきちゃんね。で、ユウの後が陽子ちゃんっていう順番で。そこからは、まあ、歌いたい順で。」
ヒロシさん、ありがとうっす。いまので少し雰囲気が変わりました。僕もカラオケに集中しまっす。
「みさきちゃん、歌うまいね。」
「ありがと、ヒロシ君。」
おい、ヒロシ。お前、固まってるぞ。気持ちはわかるけど。
「次は…、『友達の唄』って入れたの誰?」
「あ、それ入れたの、私。」
陽子ちゃんがマイクを持って立ち上がった。
「ユウ君。」
「何? 陽子ちゃん。」
「最後の男の子のところ、ユウ君に歌って欲しいの。」
「え、僕?」
「うん。…お願いしてもいい?」
そんな頼まれ方されて、断れる男はいないと思いますが…。
「いいよ。でも、上手く歌えないかもしれないけど。」
「ありがとう! 歌うのが上手なのかどうかは別にいいの、一緒に歌って欲しいの。」
陽子ちゃん、いったいどうなっちゃったの? そんな積極的なキャラじゃなかったよね。悪魔さんが何かしたせいだってわかっているけど、誤解しちゃうよ。
イントロが始まって、陽子ちゃんが歌い始めた。とっても澄んだ、かわいい声だった。歌うの上手い!
…あれ、陽子ちゃん歌いながら僕の方をずっと見ているんですけど。え、何、何? どうなってるの?
『知らない空に一番星 謎々が解った日 見つけたよとても温かいもの 決して無くならない目印』
陽子ちゃんが、少しずつ僕の近くに来た。
『ひとりに怯え 迷った時 心の奥灯りに気付く そうかあなたは こんなに側に どんな暗闇だろうと飛んで行ける』
陽子ちゃん、お願いだからそんな風に見つめないで。向こうにいるみさきちゃんの目が、とっても怖くなってるんだから。あ、僕が歌うパートだ。
『忘れないよ また会えるまで 心の奥君がいた場所 そこで僕と笑っていること教えてあげたいから 信じたままで 会えないままで どんどん僕は大人になる それでも君と笑っているよ ずっと友達でしょう』
陽子ちゃんが僕の耳元でささやいた。
「私たちは、唄とは違ってまた会えるよね。」
みさきちゃん、ゴメンなさい。…陽子ちゃんに負けそうです、ギリギリです。
「5時までには、家に帰らなきゃいけないんだよね。」
カラオケ店の外で、ヒロシが陽子ちゃんに聞いていた。
「うん。今日この後、家族で食事に行くの。」
「そうなんだ。じゃあまたね。」
僕は何の他意も無く、普通にそう言った。
「ありがとう、ユウ君! また、絶対誘ってね。私待っているから。」
そう言うと陽子ちゃんは、僕の手をぎゅっと掴んでから走り去っていった。
「ユウ。陽子ちゃんお前のことが好きなんじゃないの?」
ヒロシ、お前もそう思う? 僕もそうじゃないかとおも…。僕の思考はみさきちゃんの声で停止した。
「…ユウ。」
昔、みさきちゃんを怒らせてしまった時の事を思い出した。…この声、怖い。
「は、はい。」
僕の声は少し震えていたと思う。
「ユウは、陽子ちゃんのことが好きなわけ?」
怖い、その顔怖いんですけど。何で睨むんですか?
「そっ、そんなことないです。陽子ちゃんが、僕を好きになったりもしないと思うし。」
「ふーん、そう。」
すこしだけ表情が和らいだけど、まだ怖かった。でも、僕が笑いかけると、みさきちゃんも微笑んでくれた。とってもうれしかった。
家に帰って部屋に戻ると、悪魔さん(姿は谷口先生)がいた。
「楽しんだかい?」
「ええ、両手に花っていうことわざが、どれほどすごいかを味わいました。」
「…そうか、それなら良かった。」
なんだか悪魔さんの元気が無い。
「どうしたんです? そういえば、話って何ですか?」
あれ? 間が空いた。
「あいつから話があった。」
「あいつって、…神様のことですか?」
「そうだ。…ユウ君には大変申し訳ないんだが、私の代理としてあいつと戦ってくれ。」
えっ。僕が戦う? あいつって神様のことですよね。神様と戦って勝てるわけ無いじゃないですか。僕はただの人間ですよ。それに神様と戦うってことは、僕が悪役の悪魔側設定ってことじゃないですか、たしかに悪魔さんはここにいますけど。
「だからせめてものお詫びとして、君が喜ぶように今日の状況を設定させてもらった。」
「はい? 確かにありがたかったですよ、すごかったですよ、最高でしたよ。でも、神様と僕が戦わなければいけないのと引き換えになるのかっていうと、かなり足りないんじゃないかと思いますが。」
「申し訳ないが、今の時点ではあれで精一杯なんだ。後は君次第だから、悪いががんばってほしい。それに報酬を受け取った以上は、引き受けてもらわないと。」
そんな無責任な。やっぱりあんた悪魔だよ!




