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第一話

 一  終わらない登下校



 夏。暑苦しいくらいに蝉の鳴き声が響いている。

まだ高く昇る日の光が教室内を照らして、室内の温度を上げる。教室の暑さに相重なったのか、帰らせてもらえない苛立ちを更に募らせた。

今は放課後。教卓の横に立たされる児童二人と、教師一人が話をしている。葵は自分の席に座り、その様子をかったるそうに眺めていた。

「何で人の物を取ったのか、説明できるか?」

「……」

 黙秘を続ける生徒。さっさと謝ってしまえば良いのに、と呆れる葵。

授業中に、片方の児童が片方の児童の私物を取って無断使用したのが原因だった。

授業は中断されたが、どちらにせよ、後一分で授業終了のチャイムが鳴るところであったから、中断しても大して変わらない。

やるならもっと前に。などの感想は出したくても出せない。

 にしても、人の物を使うとは。小学生特有の隣の芝は青く見える理論だろうか。

いや、大人になってもあるかな。

 ではそろそろと、葵はランドセルを背負い、下校したい様を態度で示し、教師を急かしてみる。きっと通用するはずだ。

 防犯対策で、お寺が用意してくれた鈴が鳴る。防犯ブザーもあるけど、非常事態に落ち着いて押せる自信が無い。ついでに、熊よけになれば良いなと思っている。

 ま、使う機会は一生無いはずだ。

 同時に、教師の目が鈴の方へと向けられ、次に腕時計へと向けられた。

下校時間十分前である。

「……ん、そうか。じゃあ、二人は仲直りしろよ」

不服そうな様子ではあったが、葵の思いを汲み取った教師。

けれど、無理矢理に解散させてしまったため、後味が悪い。とは言え、早く帰りたい葵としては、申し訳ない気持ち半分。迷惑と思う気持ちも半分あった。

 二人が下校の準備を整え終わると、先生が教室から出る。

 葵も後に続くように出て、廊下を歩く。

 あの二人は、準備が整ったとしてもしばらく言い争うだろう。

自分の物を取られたのだ。第三者が色々言ったとして、納得するはずがない。

 階段を降りる。

通りがけ。ふと、横に付けられた窓から外の風景を見てみた。

 夕日が沈んでいく最中。今日は作業ができなさそうだと肩を落とす葵。

 直ぐさま、今日が駄目なら明日の朝にやれば良いかと切り替える。

 いつまでも落ち込んでいるわけにはいかない。大事なのは、落ち込みそうになった時にどう気持ちを切り替えるか、なのだ。

 下駄箱まで来る頃には、遅れて二人もやってきた。

 犯人の方は頬を赤く染めて。

 いや、照れている訳ではないだろう。赤く腫れていると言い直した方が良さそうだ。

察するに、事件の方は平手打ちで手を打ったらしい。

 前回は拳だったような気がしたが、平手打ちの方が響くものは大きいと頷く葵。

「ごめんなさい。葵君」

 ぺこりとお辞儀をするのは――田中(たなか)菖蒲(あやめ)。薄紫色の短髪に、白いヘアピン。目はおっとりとした垂れ目で、身長は大きいと言えない。だけど、小学生の女子として考えたら大きい方なのかもしれない。

すかさず葵は、腰を曲げる動作を行う菖蒲の横に回り、赤いランドセルの蓋が開かないように、素早く支える。

これも毎回行われている。鍵のかけ忘れが癖になってしまっているのだろう。無用心だ。

「気を付けろよ」

「うん、ありがとう」

 照れたように頭を掻きながら感謝の言葉を続ける菖蒲。

 二人のやり取りをつまらなそうに見る少年が菖蒲の後ろから出てくる。

 頬を擦りながら。

「ふん」

鼻を鳴らしたのは蒲原(かもはら)(きみ)(ひで)。白い髪に、天然パーマ。スポーツはやっていないはずなのに、体はスマートな少年である。

人の物を取って、教師に怒られた張本人だ。

ここで、一つの事案を掲示しなければならない。

葵は大の昼ドラ好きで、昼ドラ構想なるものを練っている。

構想によれば公英は、菖蒲が好きなのではないかと唱えられえていた。的中率は日に日に増してきているから、ほぼ間違いなく黒だろう。

 と、妄想を膨らましました。

「もしもし?」

 手の平が目の前で分身している。

違う、葵が中々帰ろうとしないから、菖蒲が手の平を振って意識確認をしているのだ。

 気付くまで振り続けようとする勢いで振られる菖蒲の手を遮るように手を出した。

「ごめん」

 謝り、先導するように前に行く。

 班長なのだから、前に行くのは当たり前だ。別に、好きで前を歩いているわけではない。

 ちなみに、副班長は菖蒲。副班長はとりあえず、班の一番後ろを歩く。

そして、真ん中に班員が入る。今のところは、公英のみがそこにいる。

他の班員はどうした、と聞かれるが、葵達が帰る方向は人が少ない。

そのため、班と言っても先に帰ってしまった人を含めて現在は四人しかいないのだ。

しかも班員全員が、小学四年生。

自分たちより下の学年が居ないとなると、この班は二年ほどで無くなってしまう。

別にどっちでも良いけど。

「菖蒲、ごめんな」

 歩き始めて、数分くらい経った頃だろうか。公英が菖蒲に頭を下げる。

 足を止めるな、帰るのが遅れるだろと言いたいが、けじめを付けるのは当然。

 数分くらいは待つか、と足を止める葵である。

 首を少し動かし、横目で菖蒲の様子を見る。

顔が、笑っていなかった。

「……私、蒲原君が嫌いだから」

 直球。正直、小学生のメンタルで『嫌い』と言われたら、数日は立ち直れないと思う。

ましてや、好きな相手に嫌いと言われたら、威力倍増だろう。

言われた公英の方を見る。

「あ、え? どう、え?」

 効いているようだ。激しく同様しているのか、返答に困っているらしい。

これを機に、他人の私物を乱用してしまう悪い行いは止めて欲しいものだ。

「葵君、帰ろうよ」

 急に声をかけられ、思わず驚いてしまった葵。

いいのか、思わず出そうになった言葉を飲み込み、頷いた。

 そうだ。気にする必要はない。

二人は、小学校卒業と同時に付き合うのだから。



 公英と菖蒲の二人の家は隣同士である。昔からの幼馴染だ。

 だから、そこを通り過ぎると必然的に葵は一人で帰らなければならなくなる。

 一応、道を曲がれば家は数軒あるが、この地域で子供がいる家庭は日向寺以外には無い。

 少子高齢化が進み、村に居た住民は皆、都会やら海外やらに離れてしまった。

 村に残るとなると、仕事も農業か建設業しか選択することが許されていない。

前行は極論かもしれないが、葵的には平日は都会に働きに出て、休日は村へと帰って家族と過ごせば、引っ越す必要も無くなるのではないかと考えている。

 もちろん、日向寺に入る選択肢もある。

 話が出たため少し説明させてもらうと、日向寺は約五百年の歴史がある寺だ。

 何をしているのかと聞かれれば、輪廻転生と呼ばれる、人は死んだらまた別の生を与えられて戻ってくる、を含めた数々の思想を伝えていると答える。

 何をどうして戻ってくるのか、詳しい話は入門した後に聞かされるらしい。

「お、家に到着か」

 縁石で囲われ、階段の上に位置する物々しげな朱色の門をくぐらなければ入れない日向寺。

村人全員が信頼を置いている寺であると共に、葵の住む家だ。

 門を通ると、左右に広がる墓の数々が視界に入る。

 三、四歳の頃は、夜になるとお化けが出るような気がして怖かったけど今は、みんながここに居ると思えるから安心できた。

「お帰り」

 寺内を掃除する祖母が葵を出迎える。

 折角だから、父と母の話をしておこう。

 ここでの切り出しだと勘違いされるかもしれないが、二人は顕在だ。きっと生きている。

 きっと、なんて変な言い方と思われるけど、そう言うしかないのだ。

何故なら、生まれて一年も経たない内に都会に出て行ってしまったのだから。

 夢を求めると言っていたらしい。そして、一度も帰って来ていないのだ。

お爺ちゃんは、寺を継ぐのが嫌だから逃げたのだろうと言っていた。

 万が一にも帰ってきたら、みんなで説教してやりたいと思っている葵である。

「どうしたの?」

「何でもないよ」

 子供らしい、裏表の無い笑みを作る。

 祖母が葵の笑顔に対して感じている違和感には気付きもせず、そのまま葵は寺内に入ろうとした。

 しかし、肩に手を置かれたのに驚いた葵は振り向いた。

「今日は、畑に行かないの?」

 少女――藤堂(とうどう)牡丹(ぼたん)が手を置いた主だった。

 振り向き様に牡丹が離れるのが分かる。そして、長く伸びた赤髪が犬の尻尾のように揺れる。

 夏休み前に少女は、祖母の墓参りにと、寺を訪れていたことがあった。

 これを機に、牡丹の父親と母親は村に再び越して来て、この村から都会へと働きに出ていた。

 休日になるまでの間は、葵の家で牡丹は生活している。

 無論、同じ小学校に通っており、年齢も同じだ。ならば、どうして今日の下校が一緒では無いのかと聞かれれば、牡丹が「待つのが面倒だから、先に帰るね」、と言っていたのを伝える。

 もちろん牡丹がただ早く帰りたかったわけでは無いのを知らぬ葵ではない。

 葵に用事があり、牡丹が早く帰れるケースの時に限っての話。帰ってから畑をチェックすると、決まって手入れが行き届いていたのだ。

茎が倒れないように支柱となる木の紐の緩みを直してくれたり、水を撒いてくれたり。

今もそうだが、出会った当時から何かと葵の畑を気にかけてくれて、夏休み前に植えた野菜を育てるために、天候管理や虫の駆除などにも力を入れてくれた。

 だから、葵は牡丹に絶対的な信頼を置いていた。

 何より、とっくの昔に好きになっていたのだ。信頼しないわけがないだろう。

「うん。明日の朝早くにやるから、今日は早く寝る」

「ふーん。ま、いいけどね」

 どうでも良さそうに見えて、目は畑に向いている。

葵はそれに気付いていた。となれば、ここでからかってみるのも面白い。

(おい、やめろ)

と、過去の自分が警告してきた。

からかうのは良いけど、後の仕返しが怖かった葵なのだ。

 朝起きたら、寝ている場所が部屋では無くて、外だった時の怖さは常軌を逸していた(丁度、その前日の晩に怖い話をしていたからだ)。

「あと、お爺ちゃんの様子は?」

 気を紛らわすために、話しを変える葵。頭の中では忘れろ、忘れろ、と同じ言葉が繰り返し流されている。

お盆前から病院に行っていたお爺ちゃんは、入院するくらいなら家で余生を過ごすと言って、現在は家に居る。

 医者も心配しており、隣の山を超えてわざわざ様子を見に来てくれていた。

 この村にだって、お世辞にしても大きいとは言い難い診療所はあるのだ。が、お爺ちゃんの治療には専門の機器が必要らしく、隣町の大病院で無ければ治療が出来ないと言われてしまったのだ。

 素直に入院すればいいのに(寺内に居る全ての人の願い)。と、弟子も呆れて、次代の住職候補である葵に目を向けている。

 どんなに大掛かりなスポットを当てられたとしても、葵は住職になる気はさらさら無い。

お爺ちゃんも、自分の好きなことをやれば良いと言っていた。

だから、自分の好きなようにさせてもらおうと思っている葵だった。

「まだ変わりは無いよ」

 牡丹の上手い言い回しに溜め息をつく葵。

 言葉の真相は、悪化していないという良い意味でも捉えられるし、治る様子も無いという悪い意味でも捉えられる言葉に、葵は唸る。

 すると、お爺ちゃんの話に関連付けられたのか、牡丹は手を拳で叩いて思い出したとアピールした。

「あ、頼まれごとがあったの。お寺の方にみんなが集まっているから葵も来てだって」

 なんだろう、と首を傾げてみても、牡丹は分からないといった様子で葵を真似る。

そして、伝え終わったから戻ると言い、家の中に駆け足で戻った。

「……行くかな」

 一旦葵も家に入る。妙に広い玄関が現れ、ランドセルを上がり框に置いた。

また戻って外に出る。その後、家を横に回って裏にある寺へと急ぐ。

きっと、つまらないルール説明とくだらない注意事項を長々と聞かされるのだ。

疲れが肩に一気に乗っかった気がした。そうなると、今日で三周してしまったのか。



――一度目の冬。結婚相手が亡くなったショックで後を追うように。

年齢は、四十二歳。ビルからの飛び降りだったはずだ。

――二度目の秋。ちゃんと人生を終えた。彼女の死を乗り越えて、家族に看取られて。

年齢は、八十九歳。病院で老衰したまま起きることは無かった。

――三度目の夏。呆気なかった。とは言え、今まで生きた中で、自分の中で一番だと思う。

年齢は、十八歳。トラックに轢かれそうになった猫を助けて事故に遭った。



日向寺内の最奥の部屋。広さは、像が祀られている本殿よりは広くないが、五十人程の人数で一直線に数百メートル雑巾がけをしてやっと綺麗になるくらいの広さと言えば、規模は分かってもらえるだろうか。

今、部屋には明かりは点けられておらず、全容を確認するに至らない。

いや、どんなに立派な部屋だったとしても、信仰する主の後ろに部屋を作るなど、教えに反していると言われてもおかしくないはずだ。

だけど、知っていなければ教えに反していることさえ分からないのだから、教えというのは恐ろしいものだと理解できる。

また、ここに立ち入れるのは日向の血統を持つ人間と、許された者のみ。

つまり、この部屋に居るのは葵と奥に居る三人の人間だけだ。

顔を見ようにも薄いカーテンが張られているらしく、おかげで人物像が特定できない。

最初は弟子の中の誰かかと思っていたが祖父に聞いてみると、このためにわざわざ都会から来ている人もいると言われた。ここまでで、弟子の中に三人が居ない線が濃くなる。

用心深い葵は牡丹に、自分がここに出席している時に弟子の人数が変化していないか調べてもらった時があった。

けれど、答えは白だったのだ。

「ここまでが、お前の死の経歴だ」

中央に居る人物が説明を終える。こいつの役割は、葵が生まれてきて死ぬまでをデータとして残し、次の世界へと送り届けてくれること。

こいつ。そう呼び続けてもいいが、三人全てにこいつと名付けるとややこしくなるため、アンダーと呼んでいる。

理由は真ん中に居るからだ。

「……ここまでの経歴を覚えているな?」

「もちろん」

 はっきりとした口調で葵は答える。

 ここで嘘をついたらどうなるのか、やってみても良いけど、少なくとも葵が今取るべき選択ではない。

 話を簡単にまとめると、日向葵は一度目の死から、全ての記憶を持ってきているのだ。

 四度目の人生を送っている現在まで。

「何故だ。跡取りを残し、次代を引き継ぐ命を育めばこの連鎖は止められるのに」

 次に、葵から見て右隣の人物が声をかけてくる。こいつはルール解説をするのが好きな奴だ。だが、安直に名前をルールにしない。ライトと呼ぶ。理由はもちろん、右に居るからだ。

 今のが、ルール説明になる。

 ライトの言い方は理解しにくいものがあるために言い換えてしまうと、日向の血筋を絶やすなって話だ。

 現実に、繰り返している今の状況を酷く後悔している。

けれど、一度目の人生で辛い思いを味わってしまったのだ。

結局、二度目の人生では再婚など考えもせずに生を終えた。

三度目に至っては、その段階にすら入っていない。それよりも、運転マナーをきちんと守ってもらう方が重要な気さえしてくるのだ。

「で、お前はどうしたい?」

 最後に反対側。他の二人が男の声に対し、今度は女の声。

位置関係とすれば、葵から見て左側に居る。もちろん名前はレフトにしなければならない。

「どうって? 小学生に聞かれてもねぇ?」

 他の二人と違い、少し舐めた口を聞いてみる。姿勢も正座から胡座に崩した。

 そこで、レフトが立ち上がるのに気付く。

「いつまでもこんなふざけた人生を送りたいのかい!?」

 そう。

他の二人と違って、決まってレフトは葵のことを気にかけてくれていた。きっと、覚悟を聞くとか、やる気があるのか、そういう役回りなのかもしれないけど、素直に嬉しかった。

母親と話しているような気になれるからだ。

 強い口調で叱りつけるように言ってしまった現実に躊躇うかのように、レフトは静かに座った。

 確かに感謝こそすれ、どうしようもない苛立ちが募ってしまったのだからしょうがない。

葵は、否定したい気持ちに駆られた。

「いやだ。だけど、どうすれば良い? 結婚したくても、結婚相手は死んでしまう。好きだった彼女でさえ、死んでしまった。初恋だったのに! 僕の好きになった人たちはみんな死んでいる事実に変わりは無いんだ! なら、繰り返すしか無いじゃないか! 終わらない世界で生きていくしかないじゃないかよ!」

 広い空間で、まだ幼さを残す葵の怒号にも近い声が響く。

 いい加減にして欲しかったのだ。

 好きだった人たちの死を見続けている内に、気が狂ってきそうになる。

 体感して、体験した過去を思い出そうとする度に、涙が出てきた。

 学校生活には慣れた。淋しい登下校にも慣れた。

社会勉強だと、逃げるように都会に行って、会社に入って、上司に怒られるのにも慣れた。

 でも、『死』だけは慣れない。

 いや、慣れちゃいけないのだ。

「僕は、一生一生を大事にしているよ。少なくとも、他の人よりは幸せのはずなんだよ。ルールを破り続ければ、何度でも同じ人生を送れる。だけどさ、違う、違うんだよ……」

 泣き崩れるようにしゃがみ込む葵。

 三人はついに口を開かなくなった。

それどころか、気配さえも無い。

向こうには誰もいない。気付いているはずなのに、葵は叫ぶのを止めようとはしない。

「僕は……俺は、彼女を……牡丹を助けたい! 死んでしまう運命を変えたいんだ!!」

 葵が抱いた夢とは、「彼女を助けること」だったのだ――。


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