イレギュラー④ 蹂躙
「どれ、まずは味見とするか」
白き翼を羽ばたかせ、急降下する。
そして上手く力を制御して、地面に足をつける。
如何に能力が制限されていようと、我らの力は埒外。下手に力を振り撒けば、周りの者たちを消し飛ばしてしまいかねない。
(ふむ、僅かばかり身体が重いな。まぁ魂を切り取っているのだ。当然と言えば当然か)
本来、天上たちが次元を超え、他の宇宙へと侵入することは、システム上不可能。
なぜなら、そのあまりにも強大な力により、存在するだけで、多大な被害を及ぼす可能性があるからだ。
故にエムルは、天上たちが次元を超えることを良しとしなかった。そうでもしないと、ゲームとして成立しないから。
だがカリスは、そのルールの抜け道を見つけた。
強大な力で、世界に影響を与えてしまうなら、影響が出ない範囲まで、自身の力を抑えればいい。
その手段として提案したのが、魂の一部を切り取り、分身体を創り送り込むという方式だ。
『分霊体』。
結果カリスは、本体の約50分の1にまで力を制限することに成功した。そして分霊体が得た経験は全て、本体へとフィードバックされる。
「やはりというべきか、我々の地球とは大分違うな。魔力が薄い」
そうして辺りを見渡せば、空から降りた俺が気になるのか、ぞろぞろと人集りが出来始める。
(おいおい、これでは選び放題ではないか)
あまりにも無警戒すぎて笑いが込み上げてくる。そもそもの話、神がこの地に降り立つこと自体がないのだから仕方ない。
そうして誰にしようかと選んでいると、不意に一人の男が話しかけてきた。
「なぁ、その背中の翼は本物か? 一体なんていうクラスなんだよ。聞いたことないぞ」
「ん?」
声をかけて来たのは、見た目からして学生だろうか。
(ふふふ、良いではないか。若い奴ほど、死の恐怖は美味だからな)
だがその前に、この小僧には言わなければならないことがある。
「気になるか?」
「あぁ。そんなクラスがあるなら、防衛戦でも活躍出来たんじゃないか? そうじゃなくても、多くの人を救うことだって……」
「そうか。だがその前に、一つ言っておこう」
「?」
「下等生物風情が、俺に気安く話しかけるな」
「は? いきなり、なに……を…………」
違和感を感じたのか、その学生はゆっくり視線を自身の右半身へと向け、その表情が絶望へと変化する。
彼の右半身、正確には右鎖骨から先が、まるで始めっから何もなかったかのように、消失していた。
そして、その変化に身体が遅れて反応し、おびただしい量の血が噴き出した。
「ぁ、ぁぁあああ、あわあぁぁあああ!?!?!?」
「はははは、良い! 実に良いぞ!! そうだ、その痛みと恐怖、そして絶望を纏った感情こそ、我ら神…………いや、天上が至高とする娯楽だ!!」
『天上』。
その者がそう言った瞬間、まだ若い守護者たちの目つきが変わり、小さな魔力を迸らせる。
目の前で起きた異常事態。
本来なら、混乱し逃げ惑うのが常であるが、それは力を持たない一般人や、戦う術を持たない者に限った場合だ。
少なくとも、この場にいる者たちは皆、将来は防衛戦へと参加し、大切な人たちを守りたいと志す、未来の英雄の雛。
異常こそが日常となっている者たちだ。
(こいつが天上!?)
(翼を持つクラスは聞いたことがない)
(レベル不足なのは分かってる……)
(空間を切り取った。なら遠距離から)
(南穂の、家族の仇!)
(よくも裕太を!)
(少しでも情報を引き出して、先輩たちに)
(仲間の仇を取るんだ!)
(協会に連絡しないと! 私たちじゃ勝てない)
一瞬の思考。
次の瞬間、一斉に己が取れる最適を選んだ。
──状況開始!
一人の男が叫ぶ。
大盾を召喚した五人の守護者たちが、天上へと迫る。
同時に、近接を得意とする者たちが続く。
後方では、幾人もの守護者たちが魔力を練り、様々な魔法を唱える。
更に遠距離に秀でた守護者たちは、自分の力が最も発揮できる位置へと移動する。
和人は防衛戦を集団戦であると考えた。
それは正しい。
学校では、防衛戦などを想定した、臨時パーティーを組んだ際の特訓なども行われている。
だからこそ、この場にいる守護者たちは迷うことなく、自分にできる最大限の選択を実行できた。
「流石はこの50年、ひたすらに世界を守護してきた者たちだ! いい覚悟だ!」
カリスは笑う。
そして、大盾を構えながら1mという距離にまで接近してきた守護者たちに向けて、スッと小さく、左の人差し指で宙をなぞった。
──!?!?!?
──ぶしゃぁぁあああ
次の瞬間。
大盾を構えていたにも関わらず、五人とも上半身と下半身が永遠の別れを迎え、絶命する。
その光景を見た者たちは、動揺しつつも無策に近づくのは危険と判断。
すぐさま距離を取り、隙を狙う戦法に変更する。
そして後方から遅れてくるのは、様々な魔法攻撃。
「流石に強力すぎたか? これでは戦いにもならん」
左腕をかざせば、それらの攻撃は全て、1m圏内で消失した。
「1m!」
「目を潰します!」
一人の守護者が魔法で煙幕を張り、一帯を包み込む。
「む? 俺の目を潰しに来たか」
だが展開された煙幕は、カリスの身体を包み込むこができず、カリスの周囲だけが消失されていく。
けどそれは永続的ではなく、ライトが点滅するかのように、断続的な消失だった。
(なるほど、俺の魔法を解析しようと……。下等生物らしい戦法だな)
そう考えていれば、消失が消えたタイミングで、三人が迫り、剣を振り下ろす。
それを最小限の行動だけで三人の攻撃を避け、トンッと、軽く拳を土手っ腹へと当てる。
たったそれだけのことなのに、三人の守護者たちの腹に大きな風穴が空き、息絶える。
「どれ、少し遊んでやろう」
音もなくその場から消えたと思えば、僅かな時間の間に、煙幕に隠れながらカリスの周囲に展開していた守護者たちの腕や足が消失し、倒れ込む。
「「「があぁああ!?」」」
「あ、足がぁぁ……」
「ふはははは、良い! 最高の叫びだ!!」
笑っているのも束の間。
四方八方から、様々なタイミングで銃弾や弓矢が飛来する。恐らく消失対策だろう。
「ほらほら、頑張れ頑張れ!」
パチンッと右手で、指を鳴らせば、その音を触媒にして暴風が発生。
全ての攻撃を弾き、そのまま100m圏内にある全ての物質を吹き飛ばす。
その結果、数分にも満たない戦いが終わり、この場にいた守護者全員が行動不能となった。
「ふむ……、所詮、防衛戦すら参加していない者たちでは、この程度か。これでは、良質な絶望を得るにはまだ──」
──デッドリー・スピアー!!
──四式:疾風!
──ブレイジング・アロー!!
「ん?」
殺気の籠った攻撃が迫り来る。
左手を前に出し魔法を発動すれば、一瞬のうちにそれらの攻撃が消失する。
「死ね。アクセル・ブロー!!」
いつの間にか一人の男が俺の背後にいた。そしてそのまま魔力を纏った拳を放つ。
面白そうだと思い、パシンと右手で受け止める。
「良いジャブだが、腰が入り過ぎではないか?」
「ばぁか。この程度で終わるかよ!」
「聖騎士の威光よ、今ここに!」
ホーリーヴェール!!
魔法名が聞こえたと思えば、その者の身体が光輝く。そしてグググと、拳の力が上昇していく。
「ほぉ?」
「ぶっ飛べぇぇ!」
拳を振り上げれば、カリスの身体がほんの僅かだが浮き、半歩だけ距離が離れる。
「ははは、俺を宙に浮かせるとは、いい拳だったな」
「クソっ、この程度かよ」
「藤堂君、すぐに離れて!」
バッと男が素早く離れれば、光の斬撃がすぐさま襲いかかり、この身を飲み込んだ。
避けるまでもないため、周囲に『消失』を展開。
光の斬撃を消失させ続ける。
(さて、この攻撃が消えたら、誰から……ん?)
消えない。
一人の守護者が放った光の斬撃は消えることなく、ひたすらに放出し続けられていた。
(なるほど、考えたな)
再度指を鳴らせば、暴風が吹き荒れ、光の斬撃を消し飛ばす。
「俺のインターバルか? この短い時間でよく考える」
「余裕でいられるのも今のうちよ」
「ん?」
頭上を見上げれば、次に飛来したのは、これまでとは比べものにならないほどの魔力を纏った槍だった。
左腕を掲げて、消失を発動する。
僅かばかりの拮抗を魅せるが、数秒後にはその槍は消失した。
「今の一撃はいいぞ。……ようやく少しは戦える者が来たか?」
辺りを見渡せば、中々に上質な魔力を迸らせる者たちが数名いた。
「報告通り消失を確認。拮抗出来たから、突き破れそうね。……早川1等星、現着しました」
「笹倉さん。春日部2等星、現着。学生の守護者たちもいますが、そのほとんどが再起不能。生死は不明」
「同じく、大月1等星現着。まだ十分程度しか経ってないのに、真っ先に異常を知らせてくれた学生たちには感謝だな」
「友瀬3等星、現着。近くにいたのは俺らだけか」
「友瀬、気張れよ? 他の仲間が来るまでな」
「分かってます、大月さん。よくも、まだ芽の若い奴らを……」
カリスがまだ上空にいた時点で、すぐさま葉隠と鈴木が協会へと連絡していた。
それは、守護者としての直感が可能とした、即断即決だった。
「葉隠、闇雲に飛び込むなよ」
「分かってる。邪魔しないよう、援護だけに留める」
「津々良、綾月、健吾。お前らは、まだ生きてる奴らの救護を頼む」
「鈴木君、葉隠ちゃん、死なないでね」
「藤堂君、私たちも援護に回るわよ。いいわね」
「分かってますよ、常世先輩。よくも俺らの仲間を」
無謀にも挑んできた学生たちは後方へと下がり、援護の姿勢を取る。力不足を理解し、後方支援と救護に留めるつもりのようだ。
「おいひよっこども! 逃げろとは言わねぇ。だが、やるからには生き残れ。いいな?」
──はい!!
(中々に良いではないか)
勝てないと分かりながらも、俺に挑むその気概。実に良い。この後、一体どれほど絶望を俺に魅せてくれるのだろうか。
「いいぞ、お前ら。前座として実にいい」
「前座だ? お前、本当に天上なのか?」
そういえば、まだ名乗りすらしていなかったことに気づく。
ようやく遊び甲斐のある奴らが出てきたのだ。
であれば、名乗らなくてこいつらにも悪い。
「そうだったな。俺は貴様らが勝手に呼んでいる『天上』、その1人で間違いない。……いいか、心して聞くがいい!!」
両腕を広げ、声高々に告げる。
「俺の名はカリス。『カリス・シンセシズ・ヴァーミリオン』!! 偉大なる王に仕えし、6大貴族の当主が1人!」
「貴様ら、下等生物同士を、永劫の戦いへと誘いし全ての元凶にして、上位存在」
「貴様らの言葉に当てはめれば……、神だ」
「そうか」
四人の守護者たちの魔力が立ち昇る。まさに宿敵を前にしたことで発せられる、怒りといった憤怒の感情だ。
「おぉぉ、素晴らしい」
「50年分の怨み。ここで晴らさせてもらう」
「私たちの自由のために」
「子供たちの未来のために」
「愛する者たちのために」
──お前はここで死ね!
四人が膨大な魔力をその身に纏い、一斉に俺へと迫りくる。早速俺の魔法への対処を考えたらしい。
「はははは、来るがいい!」
そうして4つの強大な力がカリスへとぶつかった。
***
「はぁ、はぁ……、はぁ……」
(うそ……、でしょ)
ペタリと、力なく膝が崩れ落ちる。
本格的な戦いが始まって、まだ10分も経っていない。
だけど、目の前に広がっている光景に、目を疑う。
(皆、やられた)
辺りの建物などは、魔法やスキルによる余波によって倒壊している。
その中で、私たちより何十倍も強い歴戦の守護者たちは、体中が血塗れとなって、倒れていた。
「ふむ、少々この身体は強すぎたな。これでも貴様らの頂点、『ゼロ』とほぼ同程度のだがな」
「ごふっ……、『ゼロ』と、どう、とう、だと?」
「まだ生きていたか。ははは、良いぞお前。絶望の感情の中に、微かな希望を感じるぞ。仲間が来ると信じているんだな」
笑いながら、カリスとかいう天上は、大月1等星の首を掴もうとする。
(だめ……ダメ!)
無理やり身体を動かし、葉隠は槍を構える。そして天上へとスキルを放つ。
「まだ諦めていなかったのか」
パシュンッと、私が放ったスキルが消え失せる。
同時に全身傷だらけの常世先輩と藤堂、そして鈴木がカリスへと接近する。
「ははは、学生にしては粘るではないか!」
パチンッと、右手で指を鳴らす。
さっきと同じ暴風が吹きあられ、全員を吹き飛ばす。
──ぐわぁぁぁあああ!?
「亮太!」
高く飛び上がり、亮太を空中でキャッチし、そのまま地面へとぶつかる。
「ぐっ」
「ばか……、無茶、するな。葉隠……」
「でもっ」
「遠方から複数の魔力を感じるな。……ふむ、俺を倒すための部隊を編成しているといったところか?」
何かをつぶやいたかと思えば、スッと、カリスは右腕を私たちとは別の方向へと前に出す。
それだけで何をするのかが察せた。
「や、やめっ」
「さて、何人生き残る?」
その言葉とともに、尋常ならざる暴風が放たれる。それにより、直線上の物質が、延べ数キロにも及び、大地ごと削り取られた。
「そん、な……」
「くそ、が……」
「良い、良いぞ! いたるところから悲鳴や絶望の声が聞こえる。そう、そうだ! これこそが命! 俺がまだここに生きているという証明に他ならない!」
声高々に笑いながら、カリスは今度こそ大月1等星の首を掴み、持ち上げる。
「ふ、ふざけないで!」
「ん?」
「あんたらの所為で、どれだけの人たちが!!」
「知らん。お前らは我らを楽しませる道具だ」
「なんっ……」
「命というのは本当に美味だ。それも死を味わった際に放出される負のエネルギー。あの味を一度でも知ってしまえば、もう止められない」
(命、エネルギー、味?)
訳の分からないことを言っているが、これだけは分かる。こいつらは私たちのことを、見世物同然の認識でしかないと。
「さて、奴が来るまでの間に、間引きを済ませるか」
「ま、間引き、だと……」
「そうだ。先日の防衛戦。あれはダメだ。ゲームにならない戦いほどつまらないものはない」
「どこのどいつかは知らぬが、未来予知すらせずに予知した者がいる。それは許さぬ」
「ふざけないで!」
あまりにも自分勝手な理屈だ。
そんな理由のために、大勢の人たちを殺したというの?
震える足に何とか喝を入れて、槍を構える。
そして亮太も一緒に立ち上がる。
もうお互いに限界だ。
「さっきの攻撃で、一体何十、何千っていう人が死んだと思ってるのよ!」
「人の、命を、なんだと……」
「よせ、お前らには……」
「分かってます! でも!」
「逃げないって、きめ、たんだ」
こんな奴らに家族が、友達が、皆が苦しんでる。そんなの、もう……。
「勇敢だな。どれ、貴様らがどのようにして絶望するか、楽しむのも一興か」
(ごめん咲ちゃん。私、ここまでかも)
「やれるもんならやってみなさい! 醜くても、足掻いてやる!」
「守護者を舐めるな!」
「その意気やよし! では、その足から──」
──式神借力:万象!!
「っ!?」
咄嗟にカリスは、大月1等星を掴んでいた右手を離し、頭上へと掲げる。
次の瞬間。
空から飛来せし、男の一刀を受け止める。
その一刀は、万象の特性である倍化と、重力加速度が合わさったことで、尋常ならざる一撃となり、その全てが右腕へとのしかかる。
「ぐぅっ!? ……くくく、くはははは!」
メキメキと、腕が悲鳴を上げる。
にも関わらず、カリスは笑う。
なぜならその男こそ、カリスがこの世界へとやってきた、目的だったのだから。
「会いたかったぞ! 『星の守護者』!!」
「天上ぉぉぉおおおお!!」
不適合者。
神薙和人、現着。




