悪意との激突① 天上の悪意
「それじゃ皆、さっさと行くわよ」
「だな」
「そうだね〜」
「本当にそんな扉があるって言うのか?」
神薙君からグレイちゃんを預かってから2日後。私たちは下北沢のCランクダンジョンへと、再びやってきた。
そして、今回のために臨時パーティーのメンバーとして参加した、鈴木君が疑問の声を浮かべる。
「ある。昨日、1人で見てきたけど、まだ残ってた」
「え、葉隠ちゃん、大丈夫だったの!?」
「ボスを倒したからなのか、魔物が一切出なかったからね」
「そ、そうなんだ……」
それを聞き、一安心する。
少なくとも道中魔物がいないと言うのなら、みんなだってそこまで疲れることがない。
「それは本当か? 普通ボスを倒せば、ダンジョンごと消えるっつうのに……」
「だからあんたの力が必要なの。クラス『探索者』の力、当てにするから」
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クラス「探索者」
未知の世界に対する探究心を胸に、不可視の存在を捉える者。
主に霊体や魔力体に対して特効があり、通常見えない罠に対しても、遠距離から安全に解除することが可能。
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クラス『探索者』。
Cランクに相当するクラスで、魔力に近い物に特効があるらしく、それでいて罠にも強いクラスだ。
だけど、どっちかと言えば戦闘向きのクラスでもないらしく、大抵の人は積極的に戦おうとはしない。
その中でも鈴木亮太君は数少ない、積極的に戦うことを望んでいる人で、レベルが63と、私たちのメンバーの中で1番高い。
「へいへい。俺のパーティーメンバーから今回のことで色々文句を言われてんだ。少しでも益があることを祈るよ」
どうも、鈴木君が元々組んでいるパーティーメンバーと葉隠ちゃんが、少しだけ揉めたらしい。
「アイテムや魔石がある場合、その4割をあんたに渡すんだから、せいぜいいい仕事をして頂戴」
「へいへい。だが、俺が無理と判断したら、その時点で引き返すからな」
「分かってる。私たちだって死にたくないからね。それじゃ、行くわよ」
鈴木君はこの中で最もレベルが高い。つまりは、それだけ生き抜く力が強いと言うことだ。
(グレイちゃん、よろしくね)
──チュゥ
小声でグレイちゃんにそう伝えつつ、私たちはダンジョンの中へと入っていく。
これが、死への片道切符とも知らずに……。
***
「まぁじで魔物に襲われることなく来れるのかよ」
「だから言ったでしょ。ほら、アレが例の扉よ」
そうして私たちは、ほどなくしてボス部屋の前までやって来る。そのまま皆で例の扉の前まで歩くと、ブゥンッと、ウィンドウが一斉に出現した。
"討伐者ボーナス"
"ボスを規定人数未満で倒した者たちへ贈る"
"さらなる高みを目指すのなら、ここを潜れ"
"報酬1:ランクB相当のアイテムの獲得"
"報酬2:ランクC以上の武器の獲得"
"報酬3:50000経験値の獲得"
(す、凄い……)
どう考えても、Cランクダンジョンとしては破格の報酬だ。それに、どうやら神薙君が言ってたように、特殊条件による解除であることは確かなようだ。
鈴木君も、『やべぇな』と驚嘆の声を上げている。
「武器やアイテムにもよるが、臨時で組むには破格の報酬だ。つか、このタイプの報酬なら、俺のパーティーメンバーも呼びたいくらいなんだが」
「嫌よ。それで味を占められて、これからも利用されたくないからね」
「俺もパス。俺らはお前と違って後方に行きたいだけなんだよ」
「そうそう」
「ったく。お前らも守護者の責務くらい果たせよな。…………まぁいい。リーダーはお前だ。大人しく従うさ」
「それでいいの」
少し揉め事はあったが、無事に話しはまとまる。そして葉隠ちゃんは扉に手を伸ばし、グググと扉を押し開ける。
「下へと降りる階段か。……鈴木、何か分かるか?」
「その前に明かりをくれ」
「ちょっと待ってね。フラッシュライト!」
弥生さんが第Ⅰ階位の『フラッシュライト』を唱えると、少し奥の方まで光が灯る。延々と降っていく階段だけで、その先がどうなっているのか、分からなかった。
「かなり深いな……」
そうつぶやきながら、鈴木君は片膝をつく。そして小さく、『サーチ』と唱えた。
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スキル:「サーチ」
魔力:10 〜 ???
魔力を消費し、物質や空間の構造を把握、脆い部分などを見つけることが可能
探索範囲に応じて消費魔力が増加する
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「で、どうなの?」
「かなり深いんだから、ちょっと待ってくれ」
「…………どうやらこの階段の先にあるのは、1つの扉だけみたいだ」
「その先は分からねぇのか?」
常守君が尋ねると、鈴木君は首を振る。
「分かんねぇ。サーチが妨害される。それとこの先、かなりの数の罠がある。これを1個1個解除するのは、俺1人だと、相当骨が折れるな」
「友梨佳ちゃんの予測、合ってたね」
「何も考えずに入らなくて助かったわ」
「だから言ったでしょ。それで、どれくらいかかるの?」
「ざっと2時間と言ったところだな」
「そう。……まぁ命と天秤に計れば仕方ないわね」
(だったら……)
四人とも深いため息をつく。でも、こういう時のために、無理言って神薙君にお願いしたんだ。
早速力を貸してもらおう。
「あ、あの、葉隠ちゃん」
「……何?」
「私にね、考えがあるの」
「は? あんたみたいなFランクに何が──」
腰に巻いてるポーチからグレイちゃんを出し、掌に乗せる。
「何、それ」
「何々? うわ、ネズミじゃん」
──チュゥゥゥ!
「ネズミじゃないよ。グレイちゃんって言うの。その、神薙君にここのことを相談して、その時に預からせてもらったの。わざと罠を踏むために作った式神なんだって」
「あんた、何勝手に!」
葉隠ちゃんが怒るのも無理はない。
これは私の独断なのだから。
それでも──
「私は、葉隠ちゃんを守りたいの。だから、少しでも役立てることがあるなら、なんだってするよ」
「…………」
「まぁまぁいいじゃん。式神だって言うのなら、死んだって誰も悲しまないんだし」
──チュゥ!?
「弥生さん。それは失礼だよ」
「んなことより、使えるなら使っちまおうぜ」
「……罠を踏ませる、か。逆転の発想だな。アリかもしれない。……不適合者にしては考えたな」
「はぁ……、分かった。ならそれで」
時間的効率も考えたのだろうか、渋々諦めるように、葉隠ちゃんはグレイちゃんに手伝ってもらうことを認めてくれた。
「グレイちゃん、お願いしてもいい?」
──チュ!
任せろと言わんばかりに、ピョンッと掌から降りると、グレイちゃんの影が10体ほど生まれ、トタトタと、階段を一斉に降り始める。
すると少ししてから、ガガガンッ、ボワッ、ストトンッと、様々な音が聴こえてきた。そして絶えず1体、また1体と、影が生まれ走っていく。
どうやら1つの罠につき、1つの影を消費しているようだ。
「うわ、本当に罠が起動してるよ」
「へぇ〜〜、これは楽だな」
そんな音が少しだけ続いていると、次第に音が小さくなり、最後には何も聴こえなくなった。
──チュ!
「お疲れ様、グレイちゃん」
「…………罠が全部発動して消えているな。その式神、俺も欲しいな」
「神薙君の式神だから、ど、どうだろう」
「今はどうでもいいでしょ。罠が消えたのならさっさと行きましょ」
そう言って葉隠ちゃんが歩き出すので、私たちも続いて扉を潜る。
そして全員が潜り終えた瞬間──
──バタンッ!!
「「「「「っ!?」」」」」
勢いよく、扉が閉まる。
そしてブゥンッと、再度ウィンドウが表示されたかと思えば、その内容は私たちが想像を絶するものだった。
"Bランクダンジョン 愚者の断罪"
"安易に力を欲した愚か者よ"
"己の罪を清算しろ"
"制約:この先のボスを倒すまで脱出不可"
「な、なんだこりゃ!? つかまさか、デッドダンジョンか!?」
「ちょ、Bランクダンジョンって何!?」
「おいおい、ここはCランクダンジョンじゃなかったのか!?」
「し、知らないわよ!! こんなの、さっきまで表示されていなかったじゃない!!」
突然の出来事に、私たち全員がパニックに陥る。更には、階段の奥からは、『ぐぉおおおおお』と、何かの魔物の声が聞こえてくる。
「…………Bランクって、推奨何レベルだ?」
「……ソロだと90。パーティーでも平均65はないと入場許可が下りない。言っておくが、攻略難易度はCランクとは雲泥の差だ。4度ほど挑戦しているが、どれも攻略まで至れず、引き返してるくらいだ」
「それって……」
つまり防衛戦に参加する人たちと、ほとんど同じ領域に立たないと、満足に戦うことすら出来ないと言うことだ。
「クソっ! こんな卑怯な罠があるとか、聞いたことないぞ!! 天上どもが!」
「ちょっ、友梨佳ちゃん、ど、どうする?」
「…………」
「葉隠ちゃん?」
葉隠ちゃんはジッと、考える素振りをする。そしておもむろにあることを口にする。
「鈴木、あんたの筋力と敏捷ってどれくらい?」
「は? いきなり何を」
「いいから!!」
「…………筋力が6200、敏捷が10530だ」
「っげ、まだ47とはいえ、戦士の俺よりも筋力あるじゃねぇかよ」
「そう。私は筋力が7200、敏捷が7040よ」
「だからそれがどうした。言っておくが、俺らのステータスでもBランクボスには…………」
はっとして、鈴木君は私の方を見る。
もしかして……。
「気づいた? ほんと、こういう時にいると役立つわよね。こいつの全能力向上なら、一時的にステータスが20倍になる。それならどんなボスだってイチコロ」
「そして私はクラス『槍術士』。一瞬の突破力ならこの中ではダントツ。幸い、この先にいるのはボスだけらしい。ならもう、分かるわね?」
「本気で言ってるのか!? こいつのバフ頼みでボスを攻略するってか!?」
「それしか生き残る道はないの。閉じ込められた以上、私たちが何とかするしかない。しかもこの制約を読む限り、デッドダンジョンとも言い難いから、仮に救援が来たとしても、入れるかの保証すらない」
「なら、もう残された道は1つでしょ?」
「クソッ!!」
「ゆ、友梨佳ちゃん、本当にやるの? 嫌だよ、私まだ死にたくない!!」
「俺もだぞ」
「皆同じよ! でも仕方ないじゃん。こうなったんだから!」
「「…………」」
葉隠ちゃんの言葉に、みんなが言葉を喪う。Bランクダンジョン。それは私たちにとって、完全に未知の領域だ。
そして葉隠ちゃんが言うように、残された道が一つしかない以上、もうやるしかなかった。
***
「いい? 中に入ったら私が突撃する。常守は弥生の最大魔法の準備が整うまでガードを固める。鈴木は各種援護。探索者は援護も得意なんでしょ?」
「それと、あんたは扉の近くにでもいなさい。足手まといなんだから」
「うん」
扉の前で葉隠ちゃんにバフをかけ終わると、このあとの行動について簡易的に指示をする。
「ごめんね、グレイちゃん。こんなことに巻き込んじゃって……」
──チュチュ!
安心しろと言っているのか、私の肩に乗り、頬ずりをする。そしてふと、グレイちゃんは階段の方を見た。
「じゃあ、行くわよ。生きて帰るの。それに、この先のボスを倒せば、一気に後方への道が開くかもしれないんだから」
ギイィっと、扉を開け全員で中に入る。
そして、私たちの目に入ってきたその光景に、思わず息を呑む。
(なに、ここ……)
現れたのは細く長い一本道。長さにして200m以上はありそう。その道の先には、円状ステージが存在していた。
そして、それ以外の場所は空洞となっていて、下からはグツグツと何かが煮立っている音が聴こえ、物凄く熱い。
「んだよ、こりゃ、マグマか?」
「愚者、罪……ね。さながら私たちが罪人で、あの執行人らしき奴が、ボスかしら」
中央のステージには、一体の甲冑姿の大きな巨人が佇んでいた。大きさからして、成人男性の倍以上はあると思う。
「防御力が高そうだな。頼むぞ、葉隠」
「分かってる。……作戦、開始!!」
その言葉と共に、ダッと勢いよく葉隠ちゃんは走り出す。その後ろから鈴木君が後を追う形で走り出す。
そして素早く常守君と弥生さんは、扉と中央のステージのちょっと中間辺りまで走り出し、弥生さんは詠唱を始める。
(みんな……)
だけど、なんだろう。
あの敵を見ていると、物凄く嫌な胸騒ぎがする。葉隠ちゃんは今、私の魔法で20倍のバフがかかってるのに……。
ブゥンッと、突然ウィンドウが現れる。
「ボスの……名前? ……………………っ!?」
ボスの名前でも表示されたのかと、確認してみれば、そこに書かれていた内容に驚愕し、唖然とする。
同時に、ガキンッと、何かの金属音が葉隠ちゃんたちがいる方向から聴こえた。
「だめ……」
ふらふらと、前へと足が出る。
次の瞬間、弥生さんの魔法が放たれる。
「ダメ」
必死にそれを否定する。
だけど、その後に起きた光景を見てしまえば、もう正常な思考なんて出来る訳もなく──
「だ、だめぇぇぇぇぇえ!!」
──チュッ、チュチューーーー!?
グレイちゃんを置き去りにし、大きく叫びながら、一心不乱に走り出す。
こんなのあんまりすぎる。
どうして気がつかなかったのだろう。
"安易に力を欲した愚か者よ"
"己の罪を清算しろ"
この意味を、もっとちゃんと考えるべきだった。
安易な力。
それは──
***
「喰らいなさい!! ブレイズ・スピア!!」
私の速度に反応出来ていないのか、こいつは未だに動きもしない。であれば、その隙にこの一撃を喰らわせる。
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スキル:「ブレイズ・スピア」
魔力:1800
魔力を矛先に集め、貫通力と破壊力を高める。
相手の防御力が高いほど、追加ダメージが入る。
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(まずはその腕からもらう!!)
そして私の槍の矛先が、勢いよくその魔物の右肩へと届く。20倍のバフが乗った一撃だ。貫けない敵なんていやしない!
──ガキンッ
「……………………は?」
「バカな!?」
確かに私の攻撃は当たった。紛れもなく、会心の一撃だったはずだ。
にも、関わらず……。
(はじ、かれ……、た?)
正確には、少しだけ肩の鎧に傷が入っただけ。
空中で体勢を整え、着地する。そして追いついてきた鈴木が、声をかける。
「何があった!?」
「し、知らないわ! 確かに私は攻撃を……」
"誠、愚かなり"
「は? 魔物が……」
「喋った、だと?」
目の前に起きている光景に呆然とする。
そして、ブゥンッと、ウィンドウが表示される。
そこには──
"BOSS:天上の執行人 レベル:???"
"特殊効果:バフ無効"
「は?」
バフ無効? つまり私は今、素の攻撃力しか持っていない?
"汝、これまでに幾度となく、その身に余る力を行使し続けた"
"故に、我が遣わされた"
(何を、言っているの?)
身に余る力? それって、つまり──
「何よ、それの何がいけないの? あんたらが勝手に決めつけた仕組みでしょうが!!」
「葉隠、一旦下がれっ!」
鈴木の言葉にハッとし、後方へと下がる。すると後ろから第Ⅳ階位の魔法、『フレアランス』が飛んできて、奴の身体へと命中する。
「やった!」
「バカッ、フラグ立ててないで次の攻撃を──」
"愚かなり"
一瞬、カッと何かが光ったかと思えば。一筋の細長い光が常守たちの方へと伸びる。
「え、ちょっ、ゆ、友梨佳ちゃん!? た、助けて!!」
「くそっ、離しやがれ!」
そしてその光が二人を捕らえたかと思えば、徐々に執行人の方へと引き寄せられる。
「何する気だ、あいつ」
「その前に助けるのが先決でしょ!」
「もうやってる!!」
よくよく見てみれば、何度も複数のナイフが宙を舞い、奴の身体と光の糸を斬り刻んでいる。探索者のスキルには、こういうのもあるらしい。
けど、鎧に守られているのか、ダメージを受けてるようには見えないし、光の糸も一向に切れる気配がない。
"汝ら、己が愚行を悔い改めよ"
「や……、やめ、やめなさい!!」
突如、奴と同じくらいの大きさの鎌が出現する。それだけで何をするのかは明白だ。
急いで私も、スキルをその光の糸に向けて放とうとするが──
「や、やだ、やだやだ死にたくない! 死にたくなんてないよ!」
「く、クソッ、フルボディ!!」
"執行"
フッと奴が消えたかと思えば、二人の声が突如として消える。
鈴木と共に、後ろを振り向いてみれば、二人の首が宙を舞っていた。
「あ……、ぁ、ぁぁ、」
「早すぎる! おい葉隠、一旦扉の方まで──」
今度は鈴木の声が消える。
そして消えたと思えば次の瞬間、ドゴンッと、何が壁にぶつかる音が聴こえた。今度はその方向を見てみれば、血塗れになった鈴木が壁にめり込んでいた。
"ほぉ、辛うじて生きているのか"
"まぁいい。今はまずは……"
(死ぬ……)
私は、ここで死ぬ。
何も出来ず、何も守れず、ただただ無残に死ぬ。
あの子を諦めさせることすら出来ないまま、私は、ここで──
"汝の罪、ここで清算する"
"星の歌声は、神には不要なり"
(お兄ちゃん、瞳さん、ごめん……、なさい)
そいつはゆっくりと鎌を振り下ろす。
絶命の一撃。
避けられない。
死ぬ。
そう、思って、いたのに──
「だめぇぇぇぇぇ!!」
あの子の声が聞こえる。
気づけば、何かの衝撃と共に、少し後方へと弾き飛ばされていた。
そして、その状態で目に飛び込んで来たのは──
胴を斬り裂かれた、咲ちゃんの姿だった。




