プロローグ 2人の英雄
ほんと、どうしてこうなったんだろうな。
お互い、世界を守りたいという気持ちは同じはずなのに、あいつは神のいいなりとなって、隷属の道を選んだ。方や俺は、それを否定し、本当の自由を手にするため、仲間と共に神を打ち払おうとしている。
全く、運命の神様というのが本当にいるのなら、殴りたいものだ。
だが、俺たちは止まらない。
止まるわけにはいかない。
数多の犠牲の上で成り立っているこの世界を救う。
そのために、俺たちは──
─── 2094年 7月14日 ───
─── AM 8:00 東京タワー先端 ───
「はぁ……、当たりか」
──ザザ、ザ……、和人、こっちは外れだ
時刻は朝の8時。アメリカの首都、ワシントンで待機していたフォンから和人へ通信が入る。
最悪のうち一つの方をフォンたちに任せていたのだが、最悪を引いたのは和人たちがいる日本だった。
「フォン、こっちが当たりだ。……膨大な数の魔物が空を覆い尽くしてる。それと……、あいつもいる」
朝の8時。
本来なら太陽の光に照らされた美しい青空が広がっているはずなのに、黒く醜い靄が、辺り一面を呑み込んでいた。
その正体は無数の飛行型魔物の群れと、それを操る、異世界の住人たち。
この世界へ攻め込んできた者たちは、魔物を使役する世界らしいなと、和人は考察する。
そして和人の視線の先、魔物群れの中に彼女がいた。
(ようやく会えたな)
『そうか。クソったれなルールさえなければ、俺らも手助けが出来たっつうのに』
「気にするな。こっちの戦力も十分整ってる。フォンは、俺らが生きて勝つのを祈っててくれ」
『それこそ気にしてねぇよ。お前たちの力は知ってる。もう勝った気でいる天上のバカどもを後悔させてやれ』
「元からそのつもりだ。いつまでも、上から目線で弄んで生きてる奴らに、目に物見せてやるさ」
『頑張れよ。勝利報告、待ってるぜ』
「あぁ」
フォンと通信を切り、そのまま本部との通信に切り替える。
「笹倉さん、和人です。敵を確認。総数、不明」
『こちらでも確認している。狭間部隊をA地点、李部隊をC地点、ヘレン部隊をF地点、遠見部隊をX地点に配置。それ以外にも広範囲に守護者の精鋭を配置している』
『敵の規模が我々の想定よりはるかに大きい。既に一部の守護者たちには、民間人の避難範囲を広げてもらうよう通達済みだ』
流石、守護者協会で指折りの司令官だ。既に人員配置は済んでいるようだ。
「俺の方には?」
『藤宮1等星と、倉瀬1等星が率いるチームらをそちらへ向かわせている。もうそろそろ到着するはずだから、君はいつでも始めてくれて構わない』
なら大丈夫だろう。咲も来てくれるのなら、もう怖いものはない。
「それじゃあ、始めますか!」
身体中から膨大な魔力を放出する。
その瞬間、向こうも俺の魔力を感じ取ったのか、魔物どもの、煩い鳴き声が東京中に鳴り響く。
──パンッ
自信に満ち溢れた表情を浮かべながら、両の手で合掌し、膨大な魔力を消費する。
「いくぞ、俺の家族たち!!」
その言葉と同時に魔法陣を展開すれば、いたるところから、狐型、狼型、鳥型、幻獣型、巨人など、多種多様な式神を一斉に召喚する。
その数、1000体。
だが、ただの1000体と侮るな。
これまで和人と共に戦い抜いてきた、一騎当千の家族である。
そのまま右手を前へ突き出し、最も信頼する二匹の式神に命令する。
「やれ! コノエ!! フェルン!!」
──キュルォォォン!!
──ワオォォォン!!
狐型の式神『コノエ』の口からは全てを燃やし尽くす獄炎が、狼型の式神『フェルン』の口からは全てを凍てつかせる雪嵐が、眼前に広がる無数の魔物たちへと襲い掛かる。
二匹の強大な攻撃による爆発音が聞こえるとともに、一瞬だけ美しい青空を覗かせる。
が、すぐに魔法陣らしきものが展開され、黒い靄で覆い隠されてしまった。
それを見て、魔物を召喚している術者がいると推測できた。
(だとすれば、その召喚者は……)
目標を定め、刀を抜く。
そして鳥型の大型式神『スザク』へと乗り移る。
「いくぞ!!」
その合図に、式神と共に魔物の群れへと突撃する。
あれほどの数を相手にするんだ。
細かい策を練る方が非効率だと和人は判断した。
当然向こうからも、反撃と言わんばかりに魔物どものブレスが降り注ぐ。
「はぁぁぁぁ!!」
魔力を纏わせた刀を横に一振りすることで、全てのブレスを薙ぎ払う。
その間に、速度のある飛行型の式神たちが、飛べない式神たちを乗せつつ一斉に魔物の群れへと襲い掛かる。
次いで地上から、遠距離攻撃を得意とする式神たちが一斉砲撃を行い、更には巨大な巨人たちが、腕を振ることで、魔物を薙ぎ払っていく。
さながら、大怪獣バトルとでも言えるような光景だった。
「……っふ!」
スザクに移動と回避を任せ、一体、また一体と敵を斬り払う。中には俺たちと同じ人間もいるようだが、そっちに就いたんだ、死ぬ覚悟くらいは出来てるはずだ。
(分かってたことだが、数が多いな)
見たところ、式神たちは余裕そうではあるが、如何せん数が多すぎる。倒しても倒しても、敵が一向に減らない。むしろその数が増えているようにも見える。
(みんなは無事だろうな)
それに、戦場はここだけじゃない。これほどの数の魔物がいるんだ。既に広範囲に侵攻を開始しているはず。そうなれば、かなりの被害が出てしまう。
だからこそ、少しでもみんなが戦えるよう、少しでも傷つく仲間が減るよう、こっちで引き受ける魔物は多く持ちたい。
纏:ビャッコ────無双蓮華!!
虎型式神『ビャッコ』を呼び出し、自身の刀に纏わせる。そして、刀を振り下ろせば、ビャッコの特性である飛ぶ斬撃が無数に飛び交い、敵を一斉に屠る。
(見えた!!)
敵を相当数屠ったことで、一瞬だけ、その人物の姿を捉える。奴を引き付ければ、少なくとも魔物が召喚されることはないはずだ。
「スザク、飛べぇぇえ!!」
──ケェェェェ!
「っ!?」
最高速度を出したスザクは、そのまま一直線でその者へと突撃する。だが相手もスザクの速度に反応し、すぐさま武器を召喚する。
ガキンッと、次の瞬間には互いの武器がぶつかり合う。そしてそのまま、魔物の群れからスザクと共に突き放すことに成功した。
「っ、いっつも、邪魔を!!」
「それはこっちのセリフだ!! どうしてお前はいつも! っ!?」
突如カッと、眩い閃光が迸ったかと思えば、上空から光の柱が和人の頭上目がけて降り注ぐ。
(仲間もろともとか、正気か!?)
「っ、スザク!?」
光の柱が直撃する寸前、スザクが和人を振り落とし身代わりとなってその攻撃を一身で受けて消滅する。
式神はやられても死ぬことがないとはいえ、再召喚までに、かなりの時間を要してしまう。
(すまん、スザク!)
「これで……、死んで!!」
式神が庇ったとはいえ、依然として和人が危機的状況であることに変わりはなかった。
その者は、膨大な魔力を纏わせた剣を振り下ろし、和人以上の斬光を以て薙ぎ払わんとする。
スザクが和人を庇ったということは、同時に近くにいたその者も無事ということだからだ。
(玄武で……いやそれでも)
一瞬の刹那。和人は待機中の防御系の式神による防御を考える。が、どんな式神を使おうとも、相当なダメージを覚悟しなければならないと、直感で感じとった。
(考えてる時間はもうない。ここは玄武で……、っ、来てくれたか!!)
右手を突き出し式神を召喚しようとするが、取りやめる。なぜなら、ここには和人が最も信頼している最愛の人が来てくれたからだ。
聖なる障壁!!!
その名とともに、眩い光の障壁が、すぐ目の前で咲き開く。そして敵の斬光を受け止め、その全てのエネルギーを光の粒子へと拡散していく。
「っ!? またあの女!!」
「かずくん、大丈夫!?」
空中で俺を抱きしめながら受け止めつつ、飛行魔法をかける。流石、守護者の中で、唯一単独で空が飛べる咲だ。この程度のことはお手の物だな。
「助かった、咲」
「ううん。それにしても、相手は永久さんなんだね」
「あぁ。あいつだけは俺が終わらせないといけない」
二人して上空にいるあいつを睨みつけていれば、後方からいくつもの魔法やスキルの攻撃が飛んでくる。どうやら他の奴らも到着したらしい。
「咲、あいつらにも飛行魔法を。それと、あの量の魔物を相手にしながら戦うのは面倒だ。広域殲滅魔法も頼む」
「うん、任せて!!」
手元の杖をクルリと回せば、他の守護者たちも一斉に空を飛び始める。
「和人、あいつは任せていいんだな?」
「あぁ。倉瀬たちはあの群れを頼む。俺の式神だけじゃ、殲滅させるのに少し時間がかかる」
「時間があれば、殲滅出来んのかよ。流石、天上の不適合者様だな。よぉし、お前らぁ! 一秒でも早く終わらせて、皆で生きて帰るぞ!!」
──うぉぉぉおお!!
「咲」
「うん」
杖を光輝かせながら詠唱の構えを取り、詠唱準備のために魔力を練り始める。
だがあいつが、それをおいそれと眺める程のバカではない。咲がこれから放つ魔法を阻止しようと、天使の翼を羽ばたかせ、猛スピードで向かってくる。
「お前の相手はこっちだ!!」
「くっ!!」
飛行魔法は、一度かけてもらえれば、それ以降の操作は自由に行える。故に片手でそいつの頭を掴み、魔力を放出して一気に加速。そのまま上空へとこいつと一緒に駆け上がる。
そしてその間に、咲は詠唱準備を完了させ、その魔法の詠唱に入った。
”我、星の巫女が告げる”
”闇を祓い、魔を滅する清浄なる光よ”
”今ここに、罪深き者たちへの慈悲を捨て”
"浄滅せし閃光を解き放て!!"
殲滅の閃光!!
その魔法名を唱えると同時に、魔物の群れの中心に現れるは、巨大な光球。
莫大な熱量を持つその光球は、瞬く間に俺の式神ごと魔物の群れを飲み込んでいく。
そうして光球が消えれば、その場に残ったのは、追加効果によるバリアで護られていた式神たちと、灰となり塵と化した亡骸のみ。
仲間を生かし、敵のみを屠る。
それこそが『心意の階位』たる、この魔法の真髄。
「これ、俺ら必要だったか?」
「すみません。この魔法を使うと、ほとんどの魔力を消費してしまうので、残りをお願いしてもいいですか?」
倉瀬さんたちにそうお願いし、かずくんたちがいる上空へと顔を向ける。少し前、かずくんに向けて放った光の柱。あれを放った術者が近くにいるはずだ。
「私は残りの魔力を使って、邪魔者を倒してきます」
「任された。こっちは俺らと和人の式神に任せろ」
「お願いします!!」
魔力を込め、上空へと駆け上がる。
残りの魔物たちだけであれば、倉瀬さんたちだけでも十分だ。
「行っちまいましたね。流石、世界で6人しかいない、『ゼロ』の称号を持つ人らだ」
「んなこと言ってないで、仕事を始めるぞ! 英雄2人に任せっきりでいいのか!?」
(俺らは俺らのやるべきことをやる。だから和人、そっちは終わらせろよ!!)
──いくぞぉぉ!
***
「和人ぉぉぉぉ!!」
「ずいぶんと感情が出てるなぁ!! 俺たちを裏切った奴が何様のつもりだぁ!?」
「私はただ、弱くてカッコいい和人が欲しかった! それだけなのに!!」
互いの武器がぶつかり合いながら、そいつは俺への感情を爆発させる。
正直言って、いい迷惑だ。こっちはお前のことについて、色々と吹っ切ったっていうのに。
「知るか! 勝手に挫折して、勝手に裏切ったのはお前の方だろ、永久!!」
「それの何がいけないの!? 和人が私だけのために生きて、私が英雄として生きていれば、こうはならなかった。そうすれば、あの方たちだって、ここまでのことはしなかったのに!!」
高速戦闘で斬撃が飛び交う中、ふと考える。本当に俺がそうであったのなら、お前はそうはならなかったのかと……。
いや、そんなはずはない。
お前は、遅かれ早かれそうなってたはずだ。
誰よりも英雄に憧れ、誰よりも輝こうと、歪んだ英雄願望を抱き続けてきたお前が、あのまま満足するだなんて、絶対になかったはずだ。
だからこそ!
「言い訳なんざ知るか! とっくに俺たちの道は分かれてんだ! だから俺が、お前を終わらせてやる。それが幼馴染としての、最後の償いだ!」
魔力を纏わせた刀を振り下ろす。激しい爆音とともに、神の遣いへと堕ちてしまった幼馴染との、最後の戦いが始まった。
そう、俺たちはずっと昔に、決して交わることのない道へと歩き出したんだ。あの日、お前が俺の前から去って行った、9年前のあの日から。




