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朝食を終えると、皆それぞれ立ち上がった。
「よし、片付けだ」
団長の一声で空気が切り替わる。
昨夜の雰囲気はすっと引き、旅支度の空気になっている。
荷車に掃除に必要な道具を積み、広場へ向かう。
朝の町はまだ静かで、道中すれ違う人数も少ない。
「もう帰るのかい」
声をかけてくれたのは、告知貼りをした時にも声をかけてくれた男性だった。
「はい。昼には町を出るそうです」
「そうかい。いい夜だったよ」
そう言って手を振り、橋の向こうへと消えていく。
私たちもその背を見送りながら広間へと向かった。
昨日あれほど賑わっていた広場も誰もいない。
舞台はそのまま残っている。
板の上には、昨夜使った布や小道具、そしてたくさんの花びら。
薄花色の花びらが、暗い時には見えなかった位置まで散らばっている。
「……昨日、こんなに使ったんだ」
思わず小さくつぶやくと、後ろからアナスタシアさんの笑う声がした。
「演出は派手な方がいいのよ」
箒を渡され、私は石畳に散った花びらを集め始めた。
昨日の光景が頭の中によみがえる。
空に流れた光の川。
音楽、歓声。
あの瞬間、確かにこの場所は奇跡のようだった。
足元で、花びらがくしゃりと音を立てた。
私はふと手を止める。
昨日拾った花びらのことを思い出して、視線を落とした。
良かった。この花びらは大丈夫。
隅々まで薄花色をした花びらが、風に揺れている。
ほっとして力を抜き再び箒で花びらを集め始めた。
花びらの回収が終わり、次に何をしようかと視線を上げる。
「これ、外して積んでおいて」
それに気付いたユーシリアさんから次の指示があり、舞台の布を外しはじめる。
皆もそれぞれ黙々と手を動かしていた。
板を外す音。
木箱を運ぶ音。
朝の静けさの中に作業の音だけが響く。
舞台に載せていた板を拭きながら、フェリクスさんが口を開いた。
「聞いたか?次の町まで遠いからさ、途中で村に寄るんだって」
近くで紐を板に巻き付けて回収していたリュミが反応する。
「村?」
「農村。俺も行ったことないんだよね」
雑巾を絞りながら、飄々と続ける。
「朝早くて夜早い。娯楽にあんまり興味ない。夜の演奏もできないし、昼間にやっても来るのは子どもと老人くらい」
「えーそんなのさぁ…」
「そ。金にはならない」
あっさりと言う。
「まぁ来る者は拒まない土地らしいから、まだいい方だろ。物資も補給したいし、寄るだけ寄るらしいよ」
リュミが布を畳みながら顔を上げた。
「期待できないねぇ」
「そういうこと」
フェリクスさんが軽く肩をすくめる。
まとめながら、私はその話を聞いていた。
この町とは、きっとまるで違う場所。
賑わいも、拍手も、あの夜の熱もないのかもしれない。
想像がつかなかった。
荷物を荷車に積み終え、団長が広場を見回した。
昨日までの舞台の姿は、もう残っていない。
布も、飾りも、板張りの床も外され、そこにはもともと広場にあった石組みの簡素な舞台だけが残っている。
私たちが作り上げた3日間だけの舞台は消えた。
団長が満足そうに頷く。
「よし」
そして手を軽く叩き、私たちを見渡した。
「撤収だ」
その一言で皆が荷車の周りに集まり、押し始める。
私は最後にもう一度広場を振り返った。
昨日あれほど賑わっていた場所。
歓声と音楽に包まれていた場所。
今はただ、朝の風が静かに通り抜けている。
その時だった。
「……あっ」
小さな声が聞こえた。
広場の端、木の陰から子どもが2人こちらを覗いている。
昨日も見た顔だった。
目が合うと、少し悩むそぶりを見せたあと、恥ずかしそうに近づいてくる。
「行っちゃうの?」
ひとりの男の子が聞いた。
「うん。次の町があるから」
そう答えると、子どもたちは少し残念そうに顔を見合わせる。
もう1人の男の子が、ぽつりと言った。
「昨日の光、すごかった」
「うん。お星さまみたいだった」
胸の奥が、少しだけくすぐったくなる。
私は座って視線を合わせてから、笑って頷いた。
「ありがとう」
子どもたちは満足したように笑うと、手を振った。
「また来てね!」
私はその声に手を振り、皆の元へ急足で向かう。
昨日の夜の歓声とはまた違う、あたたかい声。
見ていてくれる人がいる。
この町で増えたのは、不安だけじゃない。
思い出も、ちゃんと増えている。
昨日兄さんと話したこと、今朝エルドさんと話したこと。
それを思い出し、背筋を伸ばす。
広場を離れ、朝の道を進んだ。
読んでくれてありがとうございます。
8日9日10日は投稿できないかもしれないので、そのお知らせをしたくて後書きを初めて書いてみました。
1人でも読んでくれている人がいる、それが私の力となり支えとなっています。




