神崎英太と冒険者覚醒儀式
西暦2304年7月。
今から三年前、太平洋上に突如大陸が出現し世界が変わった。いやもっと大きな価値観や常識が大きく変化したんだ。
何故なら出現した大陸は地球とは環境や生態系もそうだが、それよりも常識が全く違った。その世界には当たり前のように魔法が存在し、魔物が闊歩する剣と魔法の世界だった。
そう、学生にとっては馴染みのある。いわゆるファンタジーの世界だったからだ。
その世界を人々は、いつしか『異世界大陸』と呼ぶようになった。
さて、日本の隣に異世界大陸が出現し当然波が押し寄せる。しかし津波による犠牲者は最小限で済んだ。
隣に大陸が突然現れ圧迫された海面が上昇し大津波が発生。結果被害が最小で抑えられたなどと、なにを馬鹿なと外国から当初は言われた。
だけど不思議なことに、太平洋側の全域の海岸に光の壁が出現し向かって来る津波を弾き跳ね返った海水が何処かへと消えた。実際にその映像が記録されている。
それがのちの神の奇跡と呼ばれるようになった。
こうして災害から乗り越えた人類は異世界人と交流が開始された。そんな中、魔王軍率いる魔物が現れ世界中暴れ多くの犠牲者が出た。それは津波の被害より人数が多いと言われた。
そこで世界中の軍隊が魔物討伐に動いた。しかし魔物の魔力の前では通常兵器が役に立たず次々と各国の軍隊が敗退した。
この軍の敗北がキッカケに科学から剣と魔法の時代に逆行することになり、人々は魔王軍に怯え絶望した。
しかし希望はあった。
異世界大陸から冒険者たちが頼まれもしないのに駆けつけ、魔物を倒し人類と共に魔王軍と戦うことを約束した。
希望が見えたそんな最中……。
空から女神様が降臨する奇跡を起こした。TV中継される最中に女神様は、魔王を倒すには冒険者の力が必要だと伝えた。
それで女神様の言葉を信じた人々が冒険者育成を始めたが人手不足でついには、高校生にまで手を伸ばした。余談だけど、それを聞いた老人は、まるで戦時下だなと言った。
□ □ □
そんな非日常世界を生きる俺こと神崎英太は都内の高校に通うごく普通の高校生だ。
俺がいつもの通学路を歩いていると、背後から声を掛けられた。
「おい神崎っいよいよだな」
振り返ると同級生の男子が俺の肩を掴んだ。こいつの名は松川マモル。俺のたった一人の友だちだ。
たった一人と言うのがまぁ……俺はコミ障だから一人いるだけでもマシだと思っている。だって一人も友がいないコミ症はザラだからな。
とはいえこいつとは腐れ縁で、クラスの中で最下位を競い合うライバルでもある。まぁ下には下なりの熾烈な争いがあるのだが……。
そういう訳で俺のスペックは低い。
顔は普通でいわゆるモブ顔。成績も並以下。(駄目じゃねーか)スポーツも駄目で特に特技もなくて、『なんで生まれて来た自分?』と自問自答する日々だ。
「いよいよってなんだ?」
松川の言葉を思い出し遅れて聞いた。
「おめえクラスの一大イベントを忘れてたんか?」
「……一大イベント?」
「しょうがねーなぁ、今日は俺らのクラスが冒険者覚醒を受ける日じゃねーか?」
「ああ……」
一か月前から担任に口酸っぱく言われていた。それなのに大事な日をなんで忘れてたのか本当自分は抜けている。
『これだから成績最下位なんだな』自己嫌悪に落ちいった俺は下を向いた。
そう、どうせ覚醒したって結果は見えている。だから冒険者クラスは商人か盗賊だろうな。
『うん』それ以下のクラスは多分ない。
さて、クラス全員集まったところで、冒険者に覚醒させる場所にバスに乗って目的地に向かった。
場所は国会議事堂敷地内に建てられた大教会。かつて女神様が降臨した場所だと言う。
そこは重要な場所だけあって、正門で自動小銃抱えた軍人さんが警備していた。
「皆さん中に入ってください」
担任の教師が生徒たちを誘導する。
しかし、軍人さんの横を通り銃をチラ見する。物々しい装備だけど魔物にはあまり通用しない。
確実に倒すには、魔力か聖なる加護を受けた武器が有効。だから自衛隊員のライフル銃が慈愛の女神の加護を受ければ、強力な聖なる武器に生まれ変わるとも言われている。
そんなことを考えながら俺は大教会の中に入った。中は正面には祭壇があるものの、思っていたのとは違った。礼拝するための椅子がなく、魔方陣が描かれた広い床だけだ。
中央の魔方陣に集められた俺達クラスメイトは皆不安そうに周囲を見回していた。だけど、その中で平静を保っていて、とびきり綺麗な三人の女子がいた。
一人目がクラス委員長の中城アヤネ。黒髪の三つ編みお下げに眼鏡の一見地味な女の子。だけど顔を良く見ると美人なんだよ。それが人気三位の理由。
ただ風紀委員なので真面目で厳しい性格。下手に声を掛けると説教される。まぁドM側からしたら逆にご褒美らしいが自分はその趣味はない。
で、二人目の女子が桐川ミツヤ。なんだか男としても通用する名前の通り。彼女は短髪ボーイシュ女子だ。髪はやや茶色で短め。スタイルはまぁ、普通だ。性格は活発でスポーツ万能だ。
まぁ体育会系は好きじゃないが、ミツヤは二位。
そして最後。
三人目の女子が高嶺ユウナ。 腰まで伸びた黒髪で切れ長の瞳のクールな美人。それに成績は学年トップで、運動神経バツグンでスタイルも良い。しかも一流企業のお嬢様ときた。
完璧過ぎる彼女が人気ランキング一位と当然の結果なんだな。とは言え俺にとっちゃ高嶺の花だ。
「おいっ英太っ!」
ニヤついた顔の松川が俺の左肩に肘を乗せた。
「なんだよ急に」
「知ってるだろ? 今日の冒険者覚醒終了後に名のある異世界の冒険者からのスカウトタイムがあることをよ」
「ああ、知ってるよ」
現在進行形で魔王討伐のために動いている名のある冒険者達が、見込みある生徒をスカウトしに集まる。その中でも有名冒険者チームが複数参加。中でも勇者と呼ばれるチームも参加するみたいだな。
まぁ、俺は彼らに選ばれることはないからどうでもいいんだけど、どうやら松川は選ばれる気満々みたいだな。
別に止めねーけど、過度な期待しといて選ばれなかったら、ショックはデカイぞ。
「でよっ!冒険者チームは最大三名までスカウト出来るらしいぜ」
「ん、それで?」
「いやぁ〜出来ればさぁ〜高嶺と同じパーティーに入れたらぁと思ってよ」
声を潜め、ニヤつきながら横目で松川が言った。視線の先には高嶺が委員長と桐川の三人で会話しているのが見えた。
まぁ無理だろう。松川は俺とどっこいどっこいだ。しかも、このクラスにはスポーツ万能美形男子がいる。だから高嶺と一緒に選ばれるのは彼らで、決して松川の番は来ない。
まぁ一応親友だから止めはしない。
しばらくすると教会内が関係者で騒めき始めた。
スカウト目的の冒険者チームが続々と教会に入って来たんだ。それにマスコミも待機していて一斉にフラッシュが焚かれた。
特に注目を浴びたのが唯一勇者と呼ばれるチーム。その名は太陽の獅子。
リーダーは金髪の美形男子ガレオ。銀色の鎧を身にまとい。腰には剣を帯刀している剣士タイプだな。
他のメンバーは、赤毛の勝気そうなツインテールの少女。剣を帯刀しているから同じ剣士かな?あとは白いローブをまとった長い茶色髪の女性。恐らく回復系の魔法使いかな?
あとは、露出度高めの筋肉質の癖毛の黒髪ロングの女戦士と、髭を長く伸ばしたドワーフの斧を手にした爺さんと合わせて計五名の勇者チームだ。
しかし、あんだけ仲間がいてもさらにスカウトしに来るとは魔王討伐の困難さを物語っているな。いや、金が有り余っているだけかも知れない。
「ひょ〜さすが勇者と呼ばれる太陽の獅子のメンツだな〜しかしよ。ここだけの話し、アイツら毎年スカウトに参加してんだぜ」
松川がヒソヒソ声で俺に言った。
「それって……」
「今のメンツにスカウトされた日本人冒険者がいねーってことは、冒険中死んだか戦力外通知でクビにされたのかどちらかだな」
確かにそれはあり得る。だけど松川はもう一つの要因をあげていなかった。
その要因とは、太陽の獅子のリーダーガレオが女好きのプレイボーイとの噂だ。
奴は毎年美少女を選んでスカウトし、その後遊んだ挙句捨てるか、美少女の方から抜けるかして半年も持たないそうだ。
あくまでも噂の域に過ぎないが、毎年太陽の獅子がスカウトに参加してるのは事実だ。
そんな女たらしの勇者に高嶺が選ばれたらと思うと嫉妬で心臓の鼓動が激しくなる。
そう。俺は密かに高嶺に恋をしていたんだ……
そんな憧れの高嶺が勇者に取られる可能性は極めて高い。もし選ばれたら俺が止める権利はないから、大人しく諦めるしかない。
だからせめて、人気上位の二人と同じパーティーに選ばれたらと願った。
名のある冒険者チームが会場入りしてからしばらくだった。皆用意されたパイプ椅子に座り。儀式の始まりを待っていた。
これで全チームかと思われたけど、勇者チームの右隣りの椅子が空いていた。
つまり、もう一チームが会場入りをしていなかった。
でも俺は不自然さに気づいた。空いてる椅子は一つだ。チームなら複数用意されているはずなのに一つってのは考え難い。
その時会場が騒めいた。記者たちが一斉に入り口にカメラを向けてこう叫んだ。
「白銀の聖女パラルだっ!」
銀色のロングヘアの二十代位の綺麗なお姉さんが会釈して会場入りした。
彼女は、白い生地に金の刺繍であしらった聖堂女服を身にまとい。金色の甲冑ブーツを履き両手には金の手甲を装着して、右手には棒にトゲトゲ球体ハンマーが付いたモーニングスターと呼ばれる武器を握っていた。
なんか聖女にしては物々しい装備だな。
とはいえ、俺は彼女のことは知っている。彼女は勇者ガレオに匹敵する実力者だ。
で、椅子が一つだったのは、彼女は常に一人で冒険してるからだ。
しかし、今回会場入りをしたってことは、確実に俺らの中の生徒をスカウトするはずだ。
白銀の聖女パラルが澄ました顔で椅子に座った。隣に座る勇者が話し掛けるが無視した。流石大者は違うな。
生徒たちがソワソワし始める。なにせ、パラルに選ばれるかも知れないからな。まぁ、俺には無縁な話しだ。期待するだけ落胆が激しいからな。
「んっ……」
パラルと目が合った。気のせいか優しい顔で俺に向かって微笑んでくれた。
「…………」
いやいや、なにを勘違いしてるんだ俺……ちょっと恥ずかしくなった俺は顔を下に向けた。