サタンちゃま飯屋をハシゴする
新国会議事堂をあとにした俺と聖女さまはエアカーに乗り込んだ。
「お疲れ様ですパラル様」
運転手兼メイドのサガネさんがお辞儀して労う。俺を無視してな……どうやったら仲良くなれるか模索中。
でも今はやることが一杯で後回しだ。
サガネさんが運転席に戻り、俺と聖女さまも後部座席に乗った。
「パラル様。今日のご予定は」
ハンドルに手を掛けたサガネさんが聞いた。一方聖女さまは口元に手を添えると考え込んだ。
『しっかりしてるようで聖女さまはノープランかよっ!』
俺が横で不思議そうに顔を覗いていると目が合った。『ギクッ!』嫌な予感。
「そうねぇ〜とりあえず試してみたいことがありますの……」
聖女さまは俺を見ながら意味深に答えた。
益々嫌な予感がする。どうせ腹黒聖女さまのことだ。一刻も早く俺をレベルアップさせ利用したいに違いない。
「まずは実験。手短にギュウ屋に向かって」
「かしこまりました」
ギュウ屋とは日本全国にチェーン展開する牛丼屋のことだ。値段はリーズナブルで、失礼だけど聖女さまみたいな上流階級が行くような店ではない。
恐らくだけど、俺が食べるだけでレベルアップすると知った彼女は、手始めに安い店から実験するつもりだと思う。
それでギュウ屋に入った俺は牛丼並を食わされた。
当初は美味いモノ食べるだけで経験値稼ぎ出来るとはしゃいでいたけど、イマイチ成果が出ないんで料理のグレードが徐々にあがって何軒もハシゴされた。
うなぎ屋で五軒目。うなぎは大好物だけど、聖女さまに全て完食を強要されてきてもうお腹がパンパンだった。
「食べなさい」
「うにゃ〜……」
俺の正面に座り、面接官のように両手の上にアゴを乗せ睨む聖女さまがプレッシャーを掛けてくる。
もう食えないから逃げたいけど、俺の隣りにはサガネさんが座り目を光らせていた。
正直キツい。これじゃスライム退治の方がまだマシだよ。
「にゃにゃにゃ〜〜」
「…………お言葉ですが聖女さま」
俺が手つかずの鰻重の前に悪戦苦闘しているとサガネさんが聖女さまに意見した。
「なにっサガネ……」
「この悪魔に現地食を食べさせても恐らく効果はないと思われます」
俺のこと悪魔呼ばわりかよ。まぁそうだけど、もう少し人として尊重してもらいたいが。
「じゃあどうしますの?」
「はい。この悪魔に魔物を食材にした料理を食べさせるべきです」
「なるほどね……あたくしも一軒目が駄目な時点で薄々考えていたのですが……」
聖女さまサラッと言っちゃってるが、俺に四軒も無駄に完食させていたのかよ。
このマイペースで鬼畜な聖女さまに付き合ってたら身体が持たんぞ。
「仕方ないですわね〜」
「聖女さま行くのかにゃ?」
「あら、犬…………まさか食べずに店を出る訳ないでしょう」
「にゃっ……」
聖女さまが俺の鰻重を取りあげ割り箸を割った。高級な癖して貧乏性がっ、結局『お前が食うんかい!』
結局聖女さま一人が鰻重を平らげたあと店を出た。
「とりあえず目的が決まりましたわ。このサタンちゃまの育成をしながら最初の目的地ネオ横浜に向かいましょう。そうと決まればこの車では冒険は無理ね。サガネっ急いで屋敷に戻るわよ」
「承知しましたパラル様」
都内高級住宅街に聖女さまの屋敷がある。なんでもこの世界に来てからわずか二年稼いだ金で購入したというから驚きだ。
実際たどり着いたお屋敷を見て聖女さまの凄さを実感した。
「しゅごいにゃ〜」
待てよ……俺は聖女さまの犬だからつまり……このお屋敷の住人。それで聖女さまがいなくなった場合は家主は俺になるんじゃないか?
待ってる間ヒマなんで良からぬ妄想に駆られていると、聖女さまが手招きして呼んでいる。
「乗って、早速出発するわよ」
ガレージのシャッターが開くと中から、白いボディーのキャンピングエアカーが現れた。
なるほどこれなら寝泊まりも出来るし、自炊も出来移動が出来て一石二鳥だ。
しかもシャワートイレ付きと言うから豪華仕様だ。
ほどなくして俺たちを乗せたキャンピングエアカーが浮上し目的地ネオ横浜に向かった。
◇ ◇ ◇
「ネオ横浜の前に食料や回復アイテムを買いたいわね。サガネっ手短な市場に向かって頂戴」
「かしこまりましたパラル様。でしたら……横須賀市に冒険者ギルドが運営する市場がございます」
異世界人との交流が始まって以来、日本各地に冒険者用の市場が作られた。
横須賀もその一つで特に貿易上港街に多い。
「じゃあそこに向かって」
「承知致しました」
サガネさんはルームミラーに映った聖女さまに一瞥すると、ハンドルを左に回した。
せっかく横浜に着いたのに素通りですか。
しばらくして横須賀の市場に到着した聖女さまは俺を連れて市場に向かった。
『わざわざ連れて面倒がいいって?』それは違う。俺を逃がさないためだ。
市場はごった返した冒険者たちで賑わっていた。
市場に並ぶ異世界産の食材やアイテムに俺は目を輝かせた。
見るもの全て初めてで、行き交う異世界人もエルフやドワーフや獣人など多種多様で新鮮だった。
「とりあえず食材と、回復アイテムと解毒剤ね……」
聖女さまは値段を見ずにアイテムをどんどん買っていく。流石セレブ聖女だ。
しかし市場に並ぶ食材のほとんどが魔物らしく、オークの頭とか大ムカデやデビルスパイダーなる大蜘蛛の足が売られていた。
『……』
もしかしてカニみたいに茹でて食うのかな……蜘蛛嫌いの俺はノーサンキューだ。
俺が身震いしていると、
「よう〜こんなところで奇遇だなぁ白銀の聖女」
冒険者チーム太陽の獅子のリーダーの勇者ガレオが聖女さまとバッタリ会った。
まさかストーカー?
「あらっこんなところで油売っていて、まだ異世界大陸に出発しないの?」
「言っただろ、僕は準備次第出発するって……しかしまだこのガキ連れてんのか?」
ガレオが俺の顔を見ると嫌みたらしくニヤリと笑った。
テンプレ通りに分かり易いクソ野郎だな。今に見てろ。
「貴方には関係なくてよ」
「ふんっ!こんな足手まとい連れてあとで後悔するなよ……」
「……お言葉ですが生徒スカウトの時、好みの女子生徒だけを選んだ貴方の方がのちに後悔するでしょう」
「なにいっ!? この僕が選んだ有能な生徒よりっこんなチビの方が上だと言うのかっ!」
ガレオが俺に指差し激昂した。勇者の割には煽り耐性ねえな……。
「ええ、今は全然ですが……ゆくゆくは……誰よりもこの子の力が凌駕します」
聖女さまが俺の頭を撫でた。
「こんなっクソガキがっ…………いいだろう。だったら今から勝負しろ!」
ガレオが聖女さまに指差し勝負を挑んだ。
しかし急だなぁ……今時決闘なんて流行らないよ。
「……分かりました。ではチーム戦でいかがでしょうか?」
「チーム戦……それなら標的にした魔物を先に討伐したチームの勝ちってルールはどうだい?」
自信気にチーム戦を提案したガレオ。
どうせ優秀な仲間を自慢して実力を聖女さまに見せつけてやりたいんだろう。
聖女さまの実力なら一人でも勇者チームに圧倒出来るかも知れない。ただ、俺の悪魔スキルを自慢するにはまだ試してないし、レベル2で全然俺ツエー出来ねえぞ。
さて、どうする聖女さま……。
「分かりました。横須賀のギルドに寄って手頃な魔物討伐クエストを選びましょう」
「確かにそれは名案だ」
聖女さまの提案にガレオも納得の様子。
しかし、勝負には打ってつけのネオ横浜のクエストがあるのにあえて隠した。
それより小さなクエストを提案した聖女さまは、俺のスキルを勇者に見せるつもりはないってことだ。
そうなるとあえて勇者の挑発に乗った聖女さまの目的がなにか、俺には理解出来なかった。




