サタンちゃま途方に暮れる
チャリティーパーティーの主役は孤児たちだ。それなのに皆浮かない顔でほとんど料理を口にしていない。
テーブルに乗った料理は、キャビアやフォアグラなど高級食材をふんだんに使ったフレンチ料理。
俺なら完食してお代わりするな。
普段口にしない料理だから抵抗あるのか理由が分からない。だけどほとんどの孤児たちが口にしないのを見るとなにかしら原因があるに違いない。
ちょこちょこ歩いて孤児たちの前に立った。途中聖女さまが『あっコラッ!』と言ってきたが無邪気な振りして無視した。
あとが怖いけどねぇぇ……。
とりあえず目があった少年に話し掛けることにした。
「ねぇねぇっなんで皆は料理くちにしにゃいにゃ?」
「なんだよお前っ別にいいだろう。アッチ行け!」
「にゃっにゃんでよ」
邪険に扱われるとこっちもムキになる。こんな姿だけど一応年上だぞ。
「ねぇねぇ教えて、にゃんでこんな豪華な料理口にしにゃいのかにゃ?」
「にゃーにゃーうるさい奴だなぁぁ……」
「にゃっ……」
仕方ねーーだろっそういう仕様なんだから。
「仕方ねー特別に教えてやるよ。はっきり言ってこんな料理なんかより、谷川のおじさんが作る料理の方が100倍うめーんだぞ!」
なるほど。この子たちにとっては気取った料理より、谷川さんが作る料理の方が美味しくて安心する味なんだな。
俺はこの子たちの意見を聞いて、高級料理なら誰でも喜んで食べるものだと思っていたが、それは間違いだと知った。
そうだよな。
高級食材で着飾ったここの料理は確かに美味しい。しかし、なにか足りないと思っていた。
足りないのは多分、孤児たちが絶賛する谷川さんと会えば分かる気がした。
「謎の料理人谷川……是非会ってみたいわね」
「にゃっ?」
珍しく聖女さまが乗り気だ。
まさか今から孤児院に訪問する気じゃないよな……そんなことより俺は一刻も家に帰りたかった。
だって性転換してTV中継されたのに親から電話も来ないんだ。
これだけ帰りが遅いし、普通なら心配して親から連絡来るハズなんだが、おかしいな……段々不安になってきた。
「今から貴方たちの孤児院に訪問したいのですが」
聖女さまが孤児院の職員の先生にお願いした。
どうしてこう、おしとやかに見えて聖女さまは積極的なんだろ。いや、本当は全然おしとやかじゃないんだけどね。
しかしなんで聖女さまは、その谷川という謎の料理人のことが気になるのかな?
冒険者をスカウトするならまず先に、剣士や魔法使いだよな。
全然分からないから聖女さまに直接聞くことにした。
「ねぇねぇ聖女さまぁにゃんで谷川さんのこと気ににゃるのかにゃ?」
彼女のスカートを引っ張って聞いた。
「それはね、冒険する上でもっとも重要なのが食よ。そして孤児院の子たちから聞いた谷川っていうフリーの料理人が気になるのよ」
「分かったにゃっ、それより聖女さまぁ」
「はいっなんでしょうかサタンちゃま」
「にゃっ……」
聖女さまがニッコリ笑って返事した。
それにしてもよりに寄って、事情の知らない孤児たちの前でサタンちゃまと呼んじゃダメでしょう。
皆んな不思議そうな目で俺のことを見ていた。言っとくが、キラキラネームじゃないぞ。
◇ ◇ ◇
チャリティーパーティーが終了して俺たちは、足立区にある孤児院に向かった。
到着すると時刻はすでに、時計の針が午後九時を周っていた。
流石に今日は谷川さんは孤児院に来ないらしいので空いてる部屋を借りて一泊することにした。
だったら俺の実家で良くねと思ったけど、俺は聖女さまに意見出来る立場ではなかった。
最初は俺たちを警戒していた孤児たちと打ち解け仲良くなり、遊んでから遅くに寝た。
そして翌朝食堂で待っていると、
「ちわーーっす。本日もとっておきの食材お持ちしましたーーっ」
玄関で威勢のいい声で谷川さんが発泡スチロールを抱え現れた。
初めて見る谷川さんの印象は、短い黒髪に口髭を生やした三十歳前後の陽に焼けた肌の渋いおじさん。
身長は175センチくらいで、鍛えあげた筋肉質の身体だ。
「おっ!お客さんかい? しかもこいつは珍しい聖女様かい」
「初めまして谷川シェフ。あたくし冒険者をやっております。白銀の聖女パラルでございます」
谷川さんの前で聖女さまがうやうやしく頭をさげた。全く外面だけはいいんだから聖女さまは……。
「俺の名は谷川剛。純粋な日本人の料理人だ」
彼があえて日本人を強調するのはここの孤児同様、異世界人のことあまり良く思ってないからだよね。
俺でさえ彼の気持ち感じるものがあるんだ。当然聖女さまだって同じ。
だけど聖女さまは微笑みを崩さず向かい合った。
「で、聖女様が俺になんの用だい?」
入り口で谷川さんが食材が入った発泡スチロールを床に置いた。
「貴方の料理が食べたいですわ」
「おいおいっ初対面なのにプロポーズかい聖女様?」
谷川さんがおどけるように聞いた。
もちろん愛の告白だとは思ってはいないようだ。
「失礼ですが違います。現在あたくしのパーティーには料理人がおりません」
「なるほど……それで子供たちに俺の噂を聞いてスカウトしに来た訳か……」
話しが長くなると思ったのか谷川さんは、玄関の床に腰をおろした。
「いえ、まずは貴方の料理の腕を確かめてからでしょうね」
「ハッ!言うじゃねえか聖女様。気に入ったぜ。よっしゃ今からうめえもん作ってやるから食堂で待ってろ」
谷川さんは立ちあがると、発泡スチロールを肩に担いで先に食堂に行ってしまった。
俺と聖女さまは顔を見合わすと食堂に向かった。
食堂で待つこと10分。谷川さんが調理場から顔を出し、お盆に乗せた二つのどんぶりを運んで来た。
「あら、なにかと思えばどんぶりですか……」
俺も思った。
聖女さまに出す料理だからもっと凝ったフレンチかと思ったけど庶民的などんぶりだ。
「なにかと思えばって失礼だなぁ〜とりあえず蓋を開けてみろ。そして食え。判断するのはそれからだ」
「……分かりました」
聖女さまと俺はどんぶりの蓋を開けると、湯気と共にダシのいい匂いがした。
丼の上にとろりとした半熟卵と鶏肉が混じり合い。上に刻み海苔が振り掛かっていた。
「親子丼ね」
聖女さまがどんぶりの正体を言った。
見た感じなにも変哲もない親子丼に見えたけど、コレがシンプルで味の良し悪しがハッキリ出る料理だと思う。
「御託はいいから食ってみろチビ」
「にゃっ!」
なにも言ってないのに谷川シェフはエスパーか?
とりあえずスプーンで掬って一口食べてみた。
「はむっ…………にゃっ!にゃにゃっうみゃいっ!」
「おいおいっ嬢ちゃんは猫か名古屋人かい?」
谷川シェフのボケた突っ込みが頭に入らないほど、なんの変哲のない親子丼が美味しかった。
本当御託なんて要らない。
ひたすら完食してから、作った人に美味しかったと一言感謝すればいい。
「うみゃいっ!」
「ほうっ〜」
あっという間に親子丼平らげた。
それで満足していると突然ピロローンと電子音が鳴った。
『おめでとうございます。職業サタンちゃまのレベルアップしました。以上がステータスでございます』
どうやらレベルアップしたみたいだ。でもなんで飯食ったらレベルあがんの?
と、とりあえずステータスチェックだ。
前方の空間に文字が羅列された。
【職業サタンちゃま レベル2 魔力15 攻撃力5 力3 体力4 素早さ4 幸運5 特殊スキル 悪魔ガチャレベル2】
レベルアップしても相変わらずステータス低いな……んっ特殊スキルってなんだ?
レベルアップ前はシークレットになってたけど今回のレベルアップで判明した。
特殊スキル悪魔ガチャレベル2ってなんだ?
「やはりあたくしが睨んだ通りだわ」
横から俺のステータスを読んだ聖女さまが仕切りにうなづいた。
覗き見良くないよ聖女さま。
「ガチャというのが馬鹿っぽいですが、恐らくランダムで様々な種類の悪魔を召喚するスキルでしょう。それとこれからどんどんレベルをあげて行けば、あの魔王に匹敵する強力な悪魔を召喚出来ることでしょう」
なるほどそういうことか、聖女さまが俺が言いたいこと全部言ってくれた。
クソ弱かった俺の最大の強みはこの悪魔ガチャなんだとな。
それは分かった。でもなんで俺は谷川シェフの親子丼を食べただけでレベルアップしたんだ?
その秘密は谷川シェフだけが知っているに違いない。
「ところでシェフ。これはただの親子丼ではないですわね……」
微笑みながら聖女さまが谷川シェフに聞いた。ちなみに無料とかけてただと聞いた訳じゃない。
「へへっ……流石聖女様だ。指摘が鋭いねぇ〜実はな、この親子丼に使用した鶏肉は、とある山中で捕獲されたビックバードという鳥の魔物さ」
『なんとっ!』知らずに俺は魔物の肉を食わされていたのか!
しかし、それなら食べただけでレベルアップした理由が納得いく。
つまり俺は魔力を帯びた食材を食べるとレベルアップする仕組みなんだ。
だから魔力だけ以上に高かったんだ。
そうなると俺は危険を冒してまで魔物と戦う必要がなくなったな。
だって魔物を食材にした料理を食べるだけで経験値が貯まるんだぜ?
そう、同じレベルアップなら楽な方を選ぶさ。
「素晴らしいわ谷川さん。是非仲間になってもらえませんか?」
「いや悪いな聖女さん。俺にはやらなければいけねえことがあるんだ……」
そう断ってから谷川さんは、エプロンを外し椅子の背もたれに乗せ背を向けた。
「そうですか……また会えるといいですね」
「……ああ、達者でな……」
なにか秘密を抱えてそうな素振りを見せた谷川さんは園長先生と談笑してから孤児院をあとにした。
「さて、レベルアップしたところだし家に帰りたいのですね……」
聖女さまが俺にチラ見すると珍しく要望に応えてくれた。
それで孤児のお友だちと手短に別れ、俺は聖女さまのエアカーに乗って八王子にある実家に向かった。
車の中で俺はやっと両親に会えるとそう思っていた。
しかし、現実は残酷だった。
「にゃっ……にゃんで……」
二日前確かに存在していた俺の一戸建ての実家が更地になっていた。
不安になった俺は両親の通信デバイスにアクセスするも不通になっていた。
目に涙が溜まり俺はヒザを突いて途方に暮れた。
孤児たちと接していた時、両親がいる余裕が正直俺にはあった。
しかしそれが間違っていた。まるで自分は馬鹿だ。
これから天涯孤独になるかも知れないのに俺は、孤児たちを上から目線で見ていたんだ。
気の毒に思ってか聖女さまはなにも声を掛けない。
空が赤く染まった頃、ひざまずき途方に暮れていた俺の元に、一台の黒塗りのエアカーが降下して止まった。
運転席のドアが開いて黒服姿の黒髪ショートカットの女性が現れた。
「初めまして聖女パラル様方。私は日本政府から参りました朱雀です」
朱雀と名乗った女性がお辞儀して聖女さまに名刺を手渡した。なるほど政府の人間か……。
しかしこのタイミングで政府のエージェントが現れたってことは、消えた両親についてなにか知っているのかも知れない。
少し希望が湧いた俺は小さな手で涙を拭った。




