出国
アケラ御一行が下におりると見たことのある女性が受付前で待っていた。
「アケラ様!!」
「ありゃ!メメ!?」
女性はアケラのメイド、メメだった。
「いやぁ1人での馬車旅は寂しかったですよ!」
「あはは!ごめんごめん、てかよくここがわかったね?」
「総当たりです、16ある宿屋を片っ端から周って尋ねました!」
恐ろしい話である。
「あは、そ、そうか。」
(引いてるじゃん...。)
「では、本日はどの様なご予定ですか?ギルドの掲示板にアケラ村の人材と資材の募集用紙が貼ってたのは見たので後は何するんです?」
「「......。」」
アケラと顔を合わせるケンジ、言えない、いや言いたくないのだ。
まさかメメが到着してすぐに村に帰らねばならないとは。
「あの、言いにくいんだけどね。」
◇
「......。」
見事に分かりやすくへこたれてるメメの先を歩く2人。
「ちょっとアケラさんどうにかしてくださいよ。」
「いや、でもこればかりはしょうがないし...。」
到着した瞬間に帰るとわかったのだ、どうしようもないがため息が出るのも理解できる。
「...よし!メメ!」
「...はい?」
「今日からしばらく休暇を出す!!アケラ村もまだそんなやる事もないし、村に家もないから準備ができるまで国で待機、もとい休暇で!」
「えっ!?本当ですか!?」
「まぁ、ここ最近ドタバタ続きだったし。」
「で、ではお言葉に甘えさせていただきます!!」
「また休みが終わったら村までゆっくり戻ってきてくれ、また休み終わりごろに手紙出すからお使いを頼むよ。」
「はい!では失礼します!!」
メメは手荷物をもって急いで宿を出て行った。
「休みって珍しいんですか?」
「いや彼女は奴隷じゃないから休みは設けられているよ、ただここ2か月程は休みがなかったかな。」
「激務ですね、お給料はアケラさんが?」
「そう、1日100G。」
(100…1万円か、仕事内容にもよるけどなかなか良いんじゃないか?)
「彼女は両親と弟がいてね、彼女の稼ぎは経済面で大きな支えとなっているそうだ。」
「なるほど、立派ですね。」
「彼女にはかなり助けられているよ、私は書類関連が苦手で彼女に任せきりなんだ。」
アケラはもともと騎士団という肉体労働者だったのであまり書類などに触れる機会がなかった、だが今は領主兼村長だ、嫌でも事務仕事がついてくる。
「じゃあしばらくは頑張らないといけませんね。」
「ああっ!考えないようにしていたのに!!」
アケラは帰ってからも仕事がありそうだ。
◇
宿屋を出ると知ってる顔がいた。
「おはようございます。」
声をかけてきたのはパサミだった。
昨日の様な白いシスター服ではなく、私服であろうシンプルな洋服だった
「おはよう、何かな?」
「これから村に帰られるそうなので少しお話ししたい事がありまして。」
とりあえず正門まで歩きながら話を聞くことになった。
「昨日あれから調べました。
過去に複数人、力を持った存在が確認されており騎士団の方がかなり多いという話が一つ。」
(まあそうでしょうね『騎士の心』を所持しているのが騎士団なら歴代の騎士隊長などが能力持ちだとしても不思議ではないかな。)
「もう一つはアケラ村にもう一人シスターを派遣します。」
「あら?監視?」
「当たり前でしょ!!例外二人に予想外の来客!これ以上の問題が発生しないための処置です。」
パサミは通行人もいるので『能力』や『魔族』などの直接的な単語は避けて会話している。
「あとこれ。」
パサミは2枚のチケットを渡してきた。
「お、早馬チケットじゃん。
高いのにいいの?」
「早く帰らないといけないんでしょ?このくらいは良いよ。」
「じゃあお言葉に甘えて貰うね。」
「早馬ってなんです?」
今まで会話の蚊帳の外だったケンジはここぞとばかりに会話に滑り込む。
「来るときはメメや馬車があったから時間がかかったけど、早馬は2人乗りの高速移動手段だよ。
かなり早いんだけど荷物は載せれないし尻は痛くなるし、あと高い。」
早馬は本来、伝書鳩などが普及するまでの文書配達に使われていた。
だが戦後君主を失ったり、戦えなくなったものが山賊として出没したり、ごく稀だが魔物も出るので徐々に使われなくなった。
故に現在は残った少数の業者が独占状態にあり、値上がりが続いてもこのように早馬の需要がある限り下がることがないそうだ。
「けど便利ですよね。」
「昨日ギルドに書類は出したけど、一応ゴルド王都からアケラ村への道の整備依頼を出しといたよ、国がアケラ村に価値を見出したり需要があるなら道が綺麗になるだろうね。」
「そうすれば移動時間も短縮されますかね?」
「ええ、そうなりますね教会側としてもこの案はぜひとも通ってほしいと思っています。」
パサミが会話に混ざる。
「教会は定期的に報告で鳩を飛ばすのですが、成功率は8割~9割ほどでして。
定期便などが王都とアケラ村で行われれば確実に情報が届きますので…教会は押すと思います。」
「いいね、よろしくお願いしようかな。」
◇
「では私はここで。」
北門のだいぶ手前でパサミとは別れることになった
「ありがとうまた手紙出すよ、とは言ってもしばらくは忙しそうだから難しいかも知れないけどね。」
「ありがとうございました、教会には今後お世話になりますので今後ともよろしくお願いします。」
「ご丁寧にありがとう教会は困った人間の味方です、いつでも頼ってください。
また後日アケラ村にシスターが行きますので仲良くしてくださいね。」
「あっ、わかりました!」
「白?」
「もちろん。」
パサミは軽い握手を交わし、もと来た道を歩いて帰っていった。
「…気になったんですけど、やっぱり教会は魔族とか嫌いなんですか?」
「おや?どうしてかな?」
「えっと、さっき教会は困った『人間』の味方って言い方が気になって。」
「そうだね、彼女は…パサミちゃんの両親は魔物に殺されてしまっているからね。
過激派になるには十分な理由かな。」
「魔物に…思ってたんですが魔族と魔物の違いってなんですか?
魔族が村に来たのならもっと大ごとになるかと思えば、手紙出す余裕はある感じですし。」
「魔族は元人間、魔物は元動物もしくは人工物だね。」
「…えっ?」
「国王が光の力を使うように、魔王も闇の力を使うんだよ。
その力の一つが魔族や魔物を生み出した…って教えてもらってるかな。」
「じゃあ教会は『魔物』を憎んでるって感じですか?」
「教会ってよりかは人類が、って感じかな。
魔族は会話が通じるし戦争が終わった後、仲が良い組織もあるからね。
けど、魔物は意思疎通が無理だし魔族に比べると繁殖も早いし、大きな課題だね。」
「害獣のような扱いなんですね。」
「いや、まだこのあたりだとその程度だけど田舎の方や地方に行くと人が襲われたって報告が多い。」
「なるほど、アケラ村近辺でも出ますかね?」
「今はだんだん寒くなってきてるから少ないし、ダロランさん達が村に来るにあたって周りの駆除は大体やってるからしばらくは見ないんじゃ無いかな。」
「もし出た場合はギルドで依頼を出す流れになります?」
「そうだね、そうする事で冒険者が来るし、冒険者がくれば宿屋、武器防具屋、飲食店など様々な人が訪れるから村が潤う。」
「何はともあれ人が来ないといけないのですね。」
◇
そうやって話しながら入国した際に通った北門のところまで来た。
「お?出国か?えらい短い滞在だな。」
治安維持隊長のベリットさんがちょうど居た。
「黄封筒が届いちゃったんでね、やむを得なく。」
「む、そうか何人か寄越そうか?」
「いやいや、まだ要らないよ!!
もしいるならアケラ村から赤封筒を送る。」
「ハッ、そうならないことを祈るよ。」
(黄封筒で早急な要件なら、赤封筒は緊急事態なんだろうな...)
「君は、ケンジくんだったかな?」
「あっ、ハイ!」
「こいつはこう見えて一人で背負う癖がある、そういう時は大体へらへら笑ったりしてるからよく見てやってくれ。」
「そうなんですね、わかりました領主様に負担がかからない頑張ります!!」
チラッとアケラを見ると恥ずかしそうに鼻をポリポリかいていた。
「まあ北の方は我々もたまに調査したりするからその時は顔出すよ。」
「ぜひお越しくださいお待ちしています!」
「ああ。」
ベリットさんと別れて門兵に入国時に貰った札を返して門をくぐる。
◇
そして門をくぐると、来た時同様マーケットが開かれていた
北門側は城内と比べると恐らくこちらのマーケットのほうが賑わっている気がする、人の出入りだけなら東門が多いだろう。
何故なら東にはジュゲ大密林があり、ほとんどの農産物を輸入しているエルフの国があるからだ、業者や旅人が毎日出入りしている。
「先日も通りましたけど、北門のマーケットは朝早くても賑わってますね。」
「そうだね、マーケットは基本早い者勝ちでさ。
盗難品や落とし物、旅人が持ち寄った一般商店では取り扱いの出来ない曲者商品などが人気だね。」
「マーケットは基本的に訳アリ市場なんですね、時間があればゆっくり見たいですね。」
「その時はリガ君か私が同伴でいた方が良いね、基本ぼられるよ。」
「はは、やっぱりそうなんですね。」
他愛のない会話をしながらマーケット通りを歩き船着き場も通り過ぎた。
たどり着いたのは馬屋、馬車につながれた馬もいれば柵の中で寝転がってる馬もいる、半分牧場半分乗り場みたいな場所だ。
「こんにちは、北の村までの2人乗りありますか?早馬で。」
窓口が着いた小屋があるのでそこで受付をする、アケラはチケットを2枚渡した。
おばあちゃんが静かに頷き書類の記入を促した。
(早馬って時代劇とかで見る緊急のとき走らせる奴だよな)
「早馬ってどんなのですか?」
「え?速い馬。」
(そのまんまか…。)
「お待たせしました!北の村まで2人乗りですね!」
牧場の方から馬を連れてきた青年が声をかけてきた。
恐らくお孫さんかな?
連れてきた馬には日本の観光地で見られる人力車の様なものが取り付けられていた。
(なるほど、来るときのメメさんの馬車は荷物を乗せるために大きかったけど、これなら軽いし速いのか。)
「よし、出発するか。」
青年に料金を払い乗り込むアケラ、よく見ると木製の車輪の車軸部分に金属のプレートが重ね重ねついていた。
(えっ!?もしかしてこれって板ばねか!?この時代に!?)
「どうした?」
「えっ?いや…なんでもないです。」
アケラの隣に座る形に乗り込んだケンジはヨヴィの言葉を思い出していた。
『この世界の一部はケンジ君が元居た世界の知識が使われている』
(つまり過去に馬車の荷台にサスペンションを作れる技術者が転生したってことか?
じゃないと板ばねなんてもの開発されないだろうし…。)
アケラは馬車を出した後考え込むケンジを心配そうに見ていた。
「どうかしたのか?馬車を見てから黙り込んじゃって。」
「あ、いえ、前の世界の技術が使われていたので気になっていて、この世界には無いはずの技術で。」
「はあ、なるほどね。」
「もしかしたら僕が知らない技術もこの世界に来てるかもしれないです。」
「けど我々が生活してる日常にすでに溶け込んでる物もあるだろ?そこまで気にすることはないんじゃないか?」
「…たしかにそうですね、気にしすぎかもしれませんね。」
(そもそも心配したところで何の解決もできないしな…。)
「ふふっ、君は心配症で真面目だな、スローライフをしたいならある程度の大雑把さが大事だぞ。」
「そうですね、もう少し肩の力を抜いてみます。」
「そうそう。」
アケラは少し馬車のスピードを上げた。
サスペンションのおかげで振動がかなり軽減されスピードも出しやすい、快適なのは間違いないのでケンジは考えるのを諦めるような形で現実を受け止めた。
◇ ◇ ◇ ◇
「あ、きた。」
アケラ村のシスター、ラシは教会の屋上で鳩の世話をしていた。
そこに飛んできたのは一羽の鳩、足には小さな筒がついており教会本部からの文だろう。
「どれどれ?」
『アケラ・グラディウスとケンジ・ナカヤマについてはしばらく教会の監視をおくことになった。
ついてはアケラ村に人員補充を行う。
後日、白服を1名派遣する。』
「ああ、人員補充ね…白服?」
ラシは全身の毛穴から嫌な汗が出るのがわかった。
実際にラシの立場は地方修道女、王都の教会に務める修道女というだけでかなりすごい。
そのさらに上の立場の白服が人員補充で来るというのだ、ラシの胃が持たないだろう。
「うぅ、なんでまた白服の方なんかが来るんだ…。地元にリガ達が村を開拓する話が出たから!!
わざわざ地方修道女に立候補したのに!問題が起きすぎてる!!!」
頭を抱え悶えるラシ、実際に地方修道女の仕事は一般的に子供への読み聞かせや教育、コーネリア教の布教などがある。
裏の仕事としては、逃げ込んできた指名手配犯の確保や情報収集、定期報告などであり、アケラ村の規模だとほぼ仕事がない事がほとんどだった。
「はぁ、魔王領地に一番近い村だからトラブルは想定していたけど、こうも事が大きくなるとは思っていなかったな。」
ラシとしてはこの村は生まれた所であって育ちはゴルド王国だ、村の記憶はほんのわずかしかない。
だがラシとしては唯一の故郷なのだ、この地から離れるつもりはない。
「…よし!がんばろう!!」
気合を入れ直し、屋上から下り、教会の窓をすべて開け修道服の腕をまくった。
「とりあえずは大掃除だ!!」
日頃からこまめな掃除はしていたが、上司が来るとなればより気を引き締めて掃除せねばならない。
教会への貢献度や態度が認められれば昇給もあり得るのだ。
因みに教会はちゃんとお給料が発生している、地方修道女は月給1,000G(約10万円)程が支払われる。
ここだけの話、白服は位によるが約10倍らしい。
「というか、いつ頃にくるかぐらい書いといてほしいなぁ。」
愚痴をこぼしながら掃除をするラシだった。