第四話「星」(#08)
遠くから或る天体を覗く様な書き出しから始まる物語を、夕飯迄の間、マコトは熱心に彼れに語っていた。彼の有名なウェルズの『宇宙戦争』だ。勿論英語で話しているわけではなく、此処の言葉、エケメシャで話していた。けれども、其の口写しさながらの話し方はマコトがウェルズの『宇宙戦争』を一言一句違えずに暗記しているように感じ取れた。――誰れか此の作品に口煩い人が彼れに覚えさせたのだろうか?……いや、そんな筈は無い……三人以外の友好関係など全く無かったと三人とも口を揃えて云ったのだ。
兎にも角にも、彼れは何か異才とでも云うべきものを持っていることは間違いが無く思えた。珍しい才能を持つ人が此の世にも居るという本を何十年か前に読んだ事がある。本の題はもう忘れたが、彼れも其の一人である様だ。併し此れは飽く迄「様だ」、仮説に過ぎない。彼れに此の仮説を言うのは迚も出来ない。少なくとも今の所は。仮説の確かめは転生の証明をするよりも難しいだろう。然し此処にて過ごすと決めた以上、何時かは話さねばならぬ事は解っている。――何も知らない彼れの為にも。
扠、夕飯は大抵新聞紙の配達でピミャが遅くなってしまうから、私一人でつくる。今日はピミャも居るが、私一人でつくるの予定だ。献立はもう決まっているし、食材もある。然う云えば、と調理中唐突に御器噛りの事を思い出した。何故だろう?対策をしていないからか?此処は彼れらが住み着くような場所ではないことは知っている。「此の家は」其処迄裕福でもない。出るとしたら王城か。――久方ぶりの出会いは家を貰ってからになるやも知れぬ、と直感が告げていることに気付いた。あの家、葉書で土地が決まったとか書いてあった。地鎮祭を行うので来れるのなら来て欲しいと書いてあった。家は結構豪華に造るらしい。だったら出るかもしれない。
「できたよお」
そんな考えを中断して、私は厨で二人を呼んだ。
夕飯が終わり、宵となった。彼れは食後からもずっとマコトの、地球と火星との戦争の話の顛末を熱心に聴いていた。所謂空想科学の範疇に入る話で、異邦人の侵掠を受ける地球、という典型的な話題の話だったが、此の話は、改めて聞いてみると興味深かった。
寝る時間になったとき、彼れは既に話し終わっていた。ピミャはうき〳〵した様子で蒲団を敷いて、寝た。興奮の割には早かった。私とマコトとも其の後、床に就いた。が、私は寝付けなんだ。することも無く、其の儘星を眺めに外に出た。区から借りた家とは云っても、妙に綺麗とか、汚い事も無く、鍵を掛ける必要も無い平穏な町の路に臨む唯の町屋だ。町明かりは全く無い。糠星すら見える位だろう。天の川もはっきりと見えた。
今日、二人は異星人の侵掠の話をしていたな……然う思って、身の毛が弥立った。破壊される街衢。逃惑い、異星人に殺されていく蒼氓。異星人が居ることは確かと解っているし、此れからそんな事が起こらぬとも云えぬ。其の時、彼れが語ったように自然に侵されて、死んでいくだろうか?都合良く死ぬる事抔起こるか?抑々侵略者は此の星を見つけるのだろうか?……いいや、…………。此れを考えても無駄だと思った。其の時は其の時だ。今は四人の面倒を見れるようにしていかなければ……と、自問自答を終えて再び床に就く。今度はしっかり寝れた。
地鎮祭へは結局行かなんだ。更に葉書が届いたのは、卯木の花が咲く頃になってからだった。五月の三日、借りた家に五人が揃っていた。大事な要件なのだ。十ヶ月ぶりの再会だ。葉書には卅年後に返すことを条件に、家を殆ど私有と同じ状態にできると達筆に書いてあった。要る書類を直ぐ様提出し、一週間程掛けて引っ越しをした。
L’2037/5/29、業者に連れられて私達は其の家がある字山下67番地へと向かった。業者の居る店を出て、路を進んでいくと何時も買い物をしている大通りの商店街となる。其れが途切れ、馬車道に戻ると、分かれ道となる。此の先が字山下だ。丁字路の縦線の細い道に進むと、甍を争う細い家の連なりを抜けて、畠に出る。其の先の丘に一宇、ちょこんと建つ、一風変わった、然し懐かしい六面体擬きの、三階建ての家がある。豪華には絶対見えないが、其れが、新たな栖だ。
業者さんは此処で鍵を渡して説明をした後帰った。私達は其の家に入った。一階には土間、大きな倉庫と階段と小さな昇降機(動力源が無い為今は動かない)、二階には廁に浴槽に和室、三階には廁に六室の部屋と物置とがあった。更に階段を上ると屋上に出る。
「ダルンデネトってこんなに綺麗だったんだね」
「然うだね」
ミツグの言葉にピミャが応えた。……私も古き時を懐かしんでいた。
其の後三階の自室を決め今後の事に就て話し合った。其の談合で決まったのは、マコトと私とが仕事を辞めて勉学と家事に専念することと、今の所の世帯主を私にすることと、三人の職は変えるかどうかは置いておいて、取り敢えず働き続けるということだった。
話し合いの後、夕焼けに染まった部屋にて、私は契約した新聞紙を読んでいた。ピミャの配達しているのと同じものだ。但し朝刊のみ。政府系とは別の民間の企業によるもので、ダルンデネトでは最も人心収攬できており、広く読まれている新聞紙だ。大体の新聞は此の新聞紙を隅々まで読めば知れる。連載もまあ〳〵面白いと云えば面白い。然し災害の屢報は正確らしい。娯楽を持っていない身には充分楽しめるものだった。
「……」
内側には数か月の隕石の被害が載っていた。然う云えば九年前に隕石に偽装して遺跡を破壊しようとした集団が居て話題になっていたなあ……。
「ああ、隕石か。前は大変だったなあ」
唐突にピミャの声が聞こえて驚いた。振り向くと彼れが居た。
「前って、九年前の」
「そうなるかな。だけど其れももう昔の事や」
「流星群って貴方の故郷にも落ちたの」
「いいや。障壁を張って何とかした」
ちょっとした会話の後、ミツグが耳を此方に向けているのに気付いた。
「興味があるなら入ればいいのに」
「…………」
私の言に彼れは静かに此方へ顔を向けた後、席を立って歩いて来た。
「あ、その、……隕石とか流星群が気になって」
彼れは顔を赧くしていた。そんな事だろうと思っていたが、其処迄赤面する訳は何か。
「数年周期で遣って来る隕石群よ。前は九年前にあって、此処いら辺の政治の懸引きのもとになったの。偶に町に落ちたりするから、対策を練ったり避難訓練をしたりするのが恒例になっているわ」
私は『隕石被害報告・落下予測』の欄を指しながら云った。
彼れは興味深い様子で、其の欄をじっと見ていた。訊いてみるとずっと関心があったと云った。マコトの枕木ときて今度はミツグの星空か。悪くない。今度は自分の為の春画ではなく、彼れの為の望遠鏡でも買ってあげようかな――いや、財布を確認してからだ、と一人で思考した。望遠鏡もいいが、隕石落下の絶頂期は疾うに過ぎ去り、今の其処には只々星空が炯々たるだけであった。何処かでは隕石で生物が死んでいる筈なのに、近くに其れが無いだけで死など遠くにあると感じてしまうのは人間の性か。




