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Earchlo  作者: 稲土瑞穂
第三章/空白の四年間
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第二十六話「機械」(#54)

 寒さが心なしか引き始めた。月が四月に変わり、L'2040年度の始まりと共に於亜共和国では公地公民とも言える政策の実行に係る法律が施行された。トラクターだの何だのに翻弄されていた農家の一人でもあったウィンパー・ロバートは机の上に置かれた、三月に届いた「貴方の農地を購入して公地とする」通知を遠いものの様に眺めていた。

「ウィン」烏人は狼人の肩を解し乍ら問うた。「虚ろな目許りぢゃ此れから先の事は見通せないよ」

「わかっている」其の一言、其れだけにはやけに生気が籠っていた。「こんな事で立ち止まっている訳にはいかない」

 狼人は猩々紅の目を窓の外に向けた。道、其の左の畠、道に少し近い広い畦道の少し高い処にある仮設廁のみからなる景色だ。今では其の中にあった仮設廁のみがウィンの所有物だ。現在もはっきりと連絡を取り合っている唯一の教え子であるくつねの居るダルンデネトでは糞を売って生活の足しにしているらしいが、青畠ではそんな仕組みは無かった。糞は神聖な氏神に献上する為に用いられるものである。――現在は衛生面から専用の処理をしたもののみを献上しているらしいが。

「模索し続けるんぢゃなかったのか」

 そんな脱線許りのウィンの思索の糸をムシロはつついた。

「模索はしているさ。生活を続ける為のもの……例えば此の前した商業用作物の育成停止の申請とかと、自分の知りたい事の為のもの……サイグサと話し合った事とかと、両方共。ムシロにはあるか」

「自分の知りたい事、か」不意に肩を揉む手が止まった。「特段ない……訳では無いね。ウィンの事をもっと知りたい」

「俺か。大して面白くもない事かも知れないが、特徴的な話ではある」

「肩揉みしながらでいいから話してよ。ユクリフとした事とか」

 ムシロは黒い其の目を狼の耳に向けた。


 ウィンパー・ロバート、其の人間がユクリフと出会ったのは獣人差別反対運動の兆しが未だない頃だった。当時、於亜では少数派だった転生者による全ての獣人に対して文明の一員として各種の行政サービスを提供する事を主張する政党が結成されたばかりであり、誰も此の政党が政権与党となり高圧的な態度で反対運動を不倫と断ずる組織となる抔考えもしていなかった。

 其の黒い狐人とは関所で先の人の検査を待っている間に会話を交わした事から知り合った。二人共特に目的なく跋渉しており、ユクリフはウィンの於亜国内の旅に同伴する形で三、四カ月を一緒に過ごした。選挙が近くなり、ウィンは自分の投票所に向かわなければならなくなった。其の道中、例の政党の演説を聞いてユクリフは自然の中で生きる獣人にも平等を謳って文明の中で生きる事を強要するのかと激怒した。彼れには彼れの考え方があるのは当然だが、怒りの儘に語るユクリフに如何なる質問をしても反駁されたウィンも其の考え方に同調してしまった。其の投票の後、二人は又跋渉を始めた。蜂の姿を見る事を禁じる村、黒い肌のユクリフを星々の使いだと断じた村、色々な出来事に翻弄されながら歩みを進めていった。


「あ、然うだ、気分転換にユクリフさんと行った町を又行ってみるのは何うかな。丁度行きか帰りに加納県庁によって商業用作物の育成停止申請が受理されたか確認すればええし」

 ムシロは語りを聞き終えると、頭を過ぎった考えを口にした。ウィンは確かに何もすることが無い日々の暗い気分を払拭するには良い案だと同意した。行先は青畠に近いからとオコンネルグラードに決まった。


 オコンネルグラードのオコンネルとは合為王国の王の名であるが、外国に対して秘匿されている情報である為誰なのか合為国民以外は知らない。併し関所の入り口には銅像があり、彼れが旧出流兎亜時代から魔王に仕え、民のことを第一に考えて行動した事から於亜(広義の於亜、現在の於合)地域の重役を務めた人間であると称える説明書きが附いていた。此の関所もダルンデネトの睥睨処の様なものではなく、自然地形に手を加えて山がちな場所を一筋以外は通りづらくしたものだ。関所の中に入っても敷地の境界には有刺鉄線があり可也厳格に管理されている様だった。

 やっと関所を抜けると、一気に景色が開け、大図書館が先づ目に入った。希臘建築を参考にしたと伝わる外からの姿は出流兎亜の魔王に強い影響を受けた建築家の設計だとか。大図書館の手前には世界でも珍しい舗装された道路が目に入る。石灰石だ。科学の実験の為にしょっちゅう盗まれるという。其の舗装された道路はオコンネルグラードの外側の環状道路で、馬車三台が通れる程の広さがある。

「ユクリフと跋渉で来て最初に寝た処は……図書館の庭だ」

 其の言葉に、其処で寝るのかとムシロは問うた。

「当然だ。此処の庭は何時でも解放されているからね。其れに合為の主要街道みたいに睡眠所が用意されているし」

「寝袋を持ってきたのは其の為か」

「今回の為に二人分持ってきたけど、此処には貸出のものもあるよ」

「いや、良い。持ってきたのを使う」

 然う言って寐袋を手にしたムシロはウィンの後について、睡眠の為に用意された図書館の庭の一区画に入った。注意書きに「電柱に嫌がらせをしないで下さい。電柱が寝泊まりするものを嫌ってしまいます」とあった。嫌がらせの具体例が電線にぶら下がって遊ぶなど絵と共に書かれていたが、実際に一本ある電柱には電線が引かれていなかった。

「電柱に、か。他にはどんなことをされたのかな」

「え……?」

 ウィンの電柱に尋ねる様な口調に戸惑った。ウィンは暫く経って頷き、今も石が頭の上に置かれていて迷惑なんだそうだとムシロに伝えた。

「え、え……?あ、れかな」

 微動だにしない電柱と、人の話を聞く態度で電柱に接したウィンとの幽かに聞こえた会話に驚きながらも、然う言って井山は烏の姿となり、電柱の上にあった其れを啄んで来た。烏は奇妙ななりのものをウィンの手の上にかさねた。いさごの大きさの其れは、おおむね何かがかたちそこなったかのようだった。

「……破損した魔動装置かもしれない」

 人化した井山はウィンの仮説を、先刻何かの力を感じたと肯定した。

「でも、何の為に、だろう。来た時に見た御触書にはこんなもの書いてなかったし、オコンネルグラードの条例にも於亜の法律にも魔動装置を使って何かを為るとはなかった」

「……さあね」

 二人は寝床に付いた。

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