80.
優しい時間はどうしてかくも短く、かくも一瞬なのだろう。
夢心地もつかの間、舞を現実へと引き戻し、冷水を浴びせかける出来事が起こった。
横浜駅にて二人を出迎えたのは、自家用車に乗った藤城だった。
舞は驚きと怒りのあまり、言葉も出なかった。
家まで送ると言い張る秋山を何とか電車に乗せると、舞は険悪な表情で、
「どうしてあなたがここにいるのかしら」
「言いつけを破り、このような場所へ馳せ参じたこと、深くお詫び申し上げます」
平身低頭で謝られながら、舞は自家用車に乗り込んだ。
「秋山さんのことを警戒しろと言ったのはあなたよ。それなのにノコノコと姿を現わして……御剱家のことを嗅ぎつけられたらどうするの」
「秋山さん、ですか」
棘の含まれた口調に、舞の血は沸騰した。
「何よ。言いたいことがあるならはっきり言いなさい」
「では申し上げます。日向野夫人が火急の用件で御剱家に協力を要請しました。至急、日向野本社へ出向いていただくようにとの厳命を、萌様より承っております」
舞は不機嫌に眉を寄せ、盛大に息を吐く。
「分かったわ。行けばいいんでしょう。車を出して」
車は夜の街を滑るように走り出す。
美しい夜景を見つめながら、舞は運転席の彼を横目で見やり、低く呟く。
「藤城」
「何でしょう」
「一詩兄さんの申し出を、萌様は受けるかしら」
藤城は思慮深い瞳をそっと細め、少しく沈黙した。
「当主様のお考えは、わたくしなど下々の者には分かりかねます」
皮肉っぽい口調に、舞は鼻白む。
「何を怒ってるのかしら。おかしな人」
「怒ってなどいません」
藤城はそっぽを向くと、不必要に勢いよくアクセルを踏み込んだ。




