81.
日向野本社へ到着した舞は、車を降りると最上階へ向かった。
出迎えた女帝の笑顔の裏に隠された硬い瞳の光に、舞は日向野が情報を得ていることを確信した。
狭山コーポレーションが御剱家を買収しようとする動きに、気づかない彼らではないだろう。
「いらっしゃい。突然呼びつけてごめんなさいね」
女帝は大胆にスリットの入った深紅のチャイナドレスを着ていた。
見事な茶器に淹れられたジャスミン茶から、芳しい香りがする。
こうして見ると、あでやかに美しい彼女は、とても病魔に冒されているようには思えない。
先日の鉄とのやり取りが、全て空虚な妄想だったのではないかとさえ思えてくる。
「あなたをお呼びたてしたのは、竿斬りの指令のためよ」
女帝は率直に切り出した。
「竿斬りですか?竿奪回の任務ではなく?」
「ええ、そうよ」
女帝の口調は穏やかだったが、反論を許さない力があった。
どういうことなのだろう。舞は首を傾げた。
このままKを野放しにしておけば、いくら竿を斬ったところで無意味なのに。
舞の逡巡を知ってか知らずか、女帝はドレスの胸元から一枚の写真を取り出し、無造作に机の上に置いた。
「これが今回のターゲットよ」
舞は身を乗り出して写真を覗き込み――音を立てて息を呑んだ。
女帝の大きな瞳が食い入るように見つめ、歌うように告げる。
「狭山一詩、二十六歳。狭山コーポレーション次期代表取締役社長」
それはまるで死刑宣告のように舞の胸に突き刺さった。
足元が崩れていくような、とてつもなく恐ろしい感覚が襲う。
「お願いするわね。竿斬りの舞」
言葉も出ない舞に、女帝は不敵に唇を緩ませると、勝ち誇るような笑顔でそう言った。
【第七夜・終】




