一章 虚弱体質村人幼児がスライムに出くわして死にかけた後、魔法少女をゲットする話10 - 金色の魔法少女
一章 虚弱体質村人幼児がスライムに出くわして死にかけた後、魔法少女をゲットする話10 - 金色の魔法少女
回転ノコギリとなったモンスターは、まっすぐ魔法少女に向かっていく。
明らかに敵であると認識している。
俺のことなど、まったく無視して、魔法少女に襲いかかっていた。
魔法少女は回転ノコギリをバックステップで交わしながら、手にした金色の弓で矢を放つ。
回転するモンスターによって矢が弾き飛ばされるのではないか、と思ったがそうはならずに、矢は回転ノコギリの中心を撃ち抜いた。
すると、要を失ったことで、モンスターの体はバラバラとなり遠心力によって四方に飛び散っていく。
その瞬間を魔法少女は逃さなかった。
弓に何本もの金色の矢をつがえ、同時に放つ。
金色の矢は四散するモンスターを自動的に追尾し、次々に射抜いて行った。
射抜かれたモンスターの体は、瞬時に消滅する。
魔法少女とモンスターの闘いは、魔法少女の圧倒的勝利に終わる。
そこで終われば、まったく問題はなかった。
だが、事態はそこで終わらなかったのである。
モンスターが弾け飛んだ先に、俺がいた。
つまり、モンスターを後ろから射抜いた射線上に、俺がいたのである。
眼の前で、モンスターの体が弾けるのを見ていた俺は、そのまま金色の矢がまっすぐにこっちに来るのを見ていた。
たとえ足が壊れていなかったとしても、避けようのない距離であった。
つまり、俺にはもうどうしようもない。
そのまま矢がまっすぐくれば、間違いなく俺の胸を貫いていただろう。
俺は逃げようとしたけど、動ける暇などなかった。
だが俺は結果的に死なずにすんだ。
それは、矢が軌道を変化させたからだ。
直線ではなく、下へ向かう軌道へと。
胸を貫いていたはずの金色の矢は、俺の左足を直撃する。
すると、モンスターの体が弾けたように俺の左足が弾けた。
強烈な痛み。
足がとろけるのとはまた違う痛み。
耐え難いと思っていた痛みなのに、違う種類の痛みが襲ってきたとたん、俺の全身はまな板の上に乗った魚のようにのけぞっていた。
新鮮な痛みは、それまでの苦痛を一瞬でリセットする。
左足からは、大量の血が噴出している。
俺の痛みは意識と共に薄れ初めている。
また、俺は死ぬのか……。
そう思った瞬間、俺は悟った。
ようやくだ。
この期に及んで、やっと俺は気づくことができた。
この世界に限らず、どんな世界も耐え難いほどに残酷だ。
だが、それは真実ではない。
真実というのは、もっとずっと単純であった。
俺が耐え難いと思うのも、俺の感じているこの苦痛も、二度目の人生をわずか五年で終えようとしているのも、ただ一つの真実のせいだった。
今いるこの日本で、俺が死ななくてはならなかったこと。
生まれ変わった異世界で、俺が両親に見捨てられて死へと向かうためのお使いへと送り出されたこと。
村人達が、領主から搾取されて、生き延びるために自らの家族を間引かなくてはならないこと。
そういったことも、スライムに溶かされそうになったことも、この世界で見知らぬモンスターに喰われそうになったことも、そして金色の矢で左足を吹き飛ばされて、もう間もなく死んでしまうであろうことも。
全ては、たった一つの理由に帰結する。
俺がこんな運命を二度も辿らなくてはならなかったのは、誰が悪かったからではない。
そもそも善も悪も関係ない。世界が残酷だったからでもない。
これは、俺自身の問題だったのだ。
こうなって、初めて俺は理解できた。
全ては、俺が弱かったからだ。
敵に勝つことができなかったからだ。
分かってみれば、ひどく単純な、それでいてまともな理性があるうちは決して認めることができない。
領主に搾取されて飢えるのは、村人が弱いからだ。
飢えた村人のために、俺が犠牲にならなくてはならないのは、俺が弱いからだ。
全ては、俺が最も弱い人間であったからこそ起こったことであった。
世界が残酷であるから俺が死ぬのではない。俺が弱いから死ぬのだ。
ただそれだけのこと。
水が低きに流れるように、弱い者はただ何の意味もなく死ぬのだ。
そして、俺は最も弱いものであった。
もし、この世に悪という物が存在するとしたなら、それは俺だ。
弱い俺が悪なのだ。
もう、かなり薄れてきた視線の中に、金色の光を身に纏った美しい魔法少女がやってくるのが映っていた。
空中に魔法陣を作り、それを踏み台にして、弾むようにやってくる。
ひどく華麗で美しかった。
俺が駐車場のアスファルトの上で、汚れきった服を着て、皮膚を溶かされ醜く筋肉がむき出しになっている右足と、金色の矢に吹き飛ばされてミキサーに掛けた肉のようにぐちゃぐちゃになった左足。そして、残った肉と骨がぐちゃぐちゃになっている切断面から血がとめどなく吹き出して駐車場の上を汚している。
あまりに違い過ぎる、俺と魔法少女。
弾むように近づいてくる魔法少女が俺に向かって、何か心配するようなことを言っているが、今の俺にはどうでも良かった。
強いやつは全て敵。
それが、誰であれ関係ない。
だから、金色の光に包まれた魔法少女も俺の敵であった。
だが、どうすればいい?
今の俺は五歳児だ。
右足は溶かされかけ、左足はミンチになり、大量の出血で今にも死にそうだ。
この状態で俺に何ができる?
何かできたとして、もう眼の前に死が迫ってきているというのに、何の意味がある?
そういう思いが掠めたが、それよりもっと強い思いが俺にはあった。
怒りである。
さっきは、理不尽な死に向けられていた怒りであったが今度は違う。
自分があまりに弱い存在であることへの怒り。
自分自身へ向けられた怒りであった。
たとえ、次の瞬間に今の生が終わってしまうにしても、このまま何も出来ずに終わりたくはなかった。
だが、俺に何ができるのか……。
そう思った時に、右手を見た。
そこには、あの役立たずのカプセルが握られていた。
さっきのボーリングのピンが変形したようなモンスターの攻撃を、ほんの少しだけ遅らせることができた。
あえて言うなら、役に立ったのは、ただそれだけである。
この役に立たないカプセル。
生まれ変わって、唯一手に入れたあまりに情けない能力……と言っていいのかどうかも怪しい何か。
だけど、死が舞い降りようとしているこの瞬間に、俺の手の中にあるのはカプセルだけであった。
選択肢など存在しない。
それは俺が強者に報いることのできる、唯一の手段であった。
振りかぶるような力は、すでに残ってはいなかった。
最後に空中に描かれた魔法陣を蹴り、ふわりと舞い降りてくる魔法少女に向かって、下から今体に残っているありったけの力を込めてカプセルを放り投げる。
すると、カプセルは力ない放物線を描き、魔法少女にまで届くことなく落下する。
だが、カプセルは地面に落ちることはなかった。
おそらく反射的にだろう。
魔法少女がカプセルに手を伸ばした。
受け止めてくれようとしたのだ。
受け止めたからと言って、何も起こるはずがない。
俺は結局何もできなかった……はずだった。
カプセルに魔法少女が触れた瞬間、ドンというかなり大きな音がして、魔法少女は姿を消した。
魔法少女が受け止めたはずのカプセルと一緒に。
何処に消えたのかはすぐにわかった。
カプセルは俺の右手ではなく、左手の中に存在していた。そして、魔法少女はカプセルの中に存在していた。
透明なカプセルの中で、彼女はカプセルの中から話しかけて来ているが、もう俺の意識はかなりの飛んでいた。
何しろ死にかけているのだ、どうにもできない。
小さな手の中にある大きなカプセルは、俺が手を閉じると消えてしまった。
また俺の周囲は普通の夜景に戻った。
と思ったのだが、薄れゆく視界の奥の方から、ピンク色の光が空中を渡ってくるのが見えた。
もう俺にはそこまではっきりと見ることはできないいが、人形のように見える。
たぶん金色の魔法少女の仲間なのだろう。
あれほどの苦痛をもたらしていた足の痛みも、ずいぶんと遠くに感じる。
ピンク色の光が視界内で大きくなって来たなというところで、俺の意識は失われた。




