一章 虚弱体質村人幼児がスライムに出くわして死にかけた後、魔法少女をゲットする話09 - モンスター
一章 虚弱体質村人幼児がスライムに出くわして死にかけた後、魔法少女をゲットする話09 - モンスター
そうとしか思えない光景だった。
だが、それはこれから起こることの予兆にしか過ぎなかったのである。
大気の中に、トリコロールカラーをしたボウリングのピンにそっくりの何かが、空中でウネウネと動いている。
そいつがなんなのかさっぱり分からなかったが、直感的に敵だと感じた。危険なやつなのだと、本能が叫んだ。
モンスターから逃げてきたというのに、日本で別のモンスターに襲われるなどとはさすがに思っていなかった。
そいつに目があるかどうかは分からない。
でも、明らかに俺のことを認識していることは分かっていた。
ボーリングのピンの先っぽが、バナナの皮のようにスルスルと剥けてゆく。
ボーリングのピンの剥けた皮には歯がびっしりと並んでいた。
サメの口のように何層にも渡って。
つまり、バナナのように皮が剥けたわけではなく、口を開いたのだ。
俺が知っているモンスターとはまったく違う。
よりコミカルで、よりグロテスクであった。
そいつが一体何をしようとしていのかは明らかで、誰に指摘されるまでもなく、俺を喰らおうとしている。
一体これはなんなのか。
ここは俺が知っている日本なのか。
少なくとも、俺がかつて生きていた日本には、こんなヤツはいなかったはずだ。
そんな疑問が頭をよぎるうちに、そいつは目の前まで迫ってきている。
だが、そいつは俺の眼の前で一端停止した。
そのまま、頭上へと回り込み、そこでそいつはお尻のところまで完全に開ききった。
バナナの皮を完全にムキきった状態になったそいつの内側には、歯しかなかった。
体どころか、消化器官すら存在していない。
そいつは、ただ俺を引き裂くためにだけ、俺のことを喰らおうとしている。
俺の全身を包み込むようにして、一瞬で喰らいつくすのだろう。
今感じている痛みと、どっちが痛いのだろうかと、俺はぼんやりと考えていた。
そう思っていると、自分の右腕に例のカプセルが握られていることに気がついた。
こいつが何の役にも立たないことは、スライムで証明済みだ。
だが、足をまともに動かせない状態で、頼るものといったら他にない。
奇跡を期待するわけではない。少しでも抵抗するために、死の瞬間を遅らせるために、俺は手の中にあるカプセルを目一杯の力で投げつける。
カプセルはモンスターのど真ん中に飛びこんだ。
果たしてそれを奇跡と呼んでいいものだろうか。
おそらく、モンスターは本能のみで機械的に動いたのだろう。
飛び込んできたカプセルを喰らうために、モンスターは開ききった口を一気に閉じて、またウネウネと動くボーリングのピンの姿に戻った。
その直後、小さくポンという音が聞こえ、俺の手の中にカプセルが現れた。
スライムと対峙していた時には気がつかなかったのだが、おそらくポンという音はカプセルが消えたときにできる、真空状態が復元される音なのだろう。そうして消えたカプセルは俺の手の中に戻ってくる。そういう仕組になっているのだろう。
だが、それだけのことだった。
幸い今度のモンスターは、カプセルを喰らおうとしてくれたおかげで、ほんの僅かな間だけではあるが生き延びることは出来た。ただそれは、死ぬまでの時間を少しだけ先送りにしたに過ぎない。
その証拠に、またモンスターは口を大きく広げていた。
もう一度、カプセルを投げる。
今俺が生き延びることのできる、唯一最後の手段であったからだ。
だが、モンスターは反応しなかった。
カプセルはモンスターの歯にぶつかり、硬質の音を立てて跳ね返される。
落ちて来る途中で、ポンという音を立てて消え、俺の手の中に戻ってきた。
これでもう、まったく手詰まりとなった。
俺が異世界転生を果たして、唯一手に入れた能力は悲しいくらいに役立たずであった。
頭上では、モンスターの口が完全に開き切ろうとしているのが見える。
開ききった瞬間、俺はそいつに喰われる。
全身の肉を引き裂かれ、同時に全身の骨を砕かれる。
ちょうど、列車に轢かれて肉塊に変わったあの瞬間のように。
五歳児の俺は、あの時よりも短い時間で死ねるのではないか。
そのことが、唯一の希望であった……はずだった。
「伏せて!」
突然、声が聞こえた。
とても可愛い声だ。
反射的に俺がかがむと、頭上に光の矢が一瞬見えて、モンスターがそれに貫かれていた。
光の矢に貫かれたモンスターは、苦しげに身悶えした後、回転を始める。
まるで回転ノコギリのように。
高速で回転しているモンスターは、そのまま俺の背後に向かって飛んでいく。
俺は体をよじって見てみると、駐車場の外、道路の真ん中に金色の光を纏った少女が立っていた。
普通にはまずお目にかかれない、特徴的なドレスを着ている。
とても派手だが、かといって動きを阻害するような要素は排除されていた。
俺は、その少女の事をたぶん知っている。
アニメの中の世界にだけいるはずの存在。魔法少女と呼ばれていた。