第2話 「笑いが硬いですよぅ」
「いやぁ、遠いところご足労でしたな」
王は2人の青年を前に、にこやかに微笑んだ。
淋しくなってきた頭髪を撫でつけながら、貧相なヒゲをたくわえた貧相な顔で愛想を振りまく姿は、どう見ても、一国の王というよりは、一介の商人というところだ。
まして、今彼の前に座っている2人の若者が、堂々と気品ある様子なだけに、なおさら。
シアは緊張に震える手で必死で給仕をしながら、心中ではそんなことを考えていた。
細心の注意を払って、この国名物の香草茶を用意しているが……。
(このお2人の舌に、こんなものが合うものですかねぇ……)
と、ちょっと虚しくなったりもする。
「娘はもうじき来ると思うのですよ。良く言って聞かせましたのでね。
年頃の娘の用意というのは、どうしたことか妙に時間がかかるものですからなぁ。はっはっは」
(笑いが硬いですよぅ、王様……)
気持ちはとても良く分かるが。
実のところ、シアだって不安だった。
例の話があってから、3日後。最速・速攻でこの場が整った。
ユミルの想像通り、見た目によらずしたたかな王は、すでに下準備をカンペキにしていたのだ。
今晩にも王女の婚約者候補お披露目のための、舞踏会がある。
その前に、顔合わせのために、ごく内輪でのお茶会の席が設けられたのだ。
朝までは慌しく身支度を手伝って少女の側にいたのだが、
「シアもあれこれ用意があるでしょう。わたしはひとりで平気だから、女官長を手伝ってきて」
と、追い出されてきてしまった。
もしかしたら、万が一にも。あの姫様とはいえ。
やっぱりひとりになりたいのかもしれない。
心の準備もあるだろうし、なんて思ったのだが。
定刻になっても少女が現れない。
王の右席を占めている青年が、気にした風もなく微笑んだ。
「――いえ、待っている時間も期待が膨らんで楽しいものですから、構いませんよ。ヒュールバーグの一粒玉、といえば、天使とも見紛う美少女だとか」
(ええ、そうなんです。それは確かです。『元』は最高なんですよぅ、ウチの姫は)
奥底の不安を押し隠して、シアは内心深くうなづいた。
王の左席を占める青年は、きっかり背筋を伸ばして黙然と端座していたが、シアが音を立てないように祈りながらカップを置くと、小さく「ありがとう」と言った。
……腰が落ちそうになるくらい、低くて良く響く、イイ声だ。
頬の紅潮を押さえきれずに、今度は王の右手に回る。
こちらの青年は、それこそ蕩けそうに甘い笑顔で受けとって、文句のつけようのない仕草で香茶を一口含み、
「うん、これは美味しいね。香りがさわやかで、旅の疲れが取れるな」
と、歌うような軽やかな美声で労ってくれる。
(うはぁあああっ……お茶のカップになりたいなぁ、アタシ)
真っ赤になってお盆を抱きしめながら、そんなことを考える。
王に茶を差し出すのも忘れていた。そのときだ。
がった~~~~ん!!
城のどこかで、尋常でない物音がした。
次いで、ばたばたばた、という足音。
「!?」
青年たちは素早くたちあがって、身構えた。
……まさか。これは。
ばたん!
応接間の扉が開く。
そして――。
「シア!悪い、ハチミツある!?」
コゲ臭い灰煙とともに駆け込んできた、小さな人影こそ。
待ち人である王女その人――だった。
(ああああ……やっぱりやってくれましたよ、この人は)
* * *
呆然とする部外者も、頭を抱える父親も放っておいて、彼女はわき目もふらず、シアの立っている給仕道具が集まった小卓に駆け寄った。
そこに、茶に入れるための蜂蜜を見つけると、素早くびんを開け、手に持っていた試験管にそっと注ぎ込む。
……煙がおさまった。
「いや~、まいった。密閉用の油剤をうっかり切らしてて。作った試薬の酸化反応がおさまらなかったんだ」
そう言いながら、あっけらかんと笑う彼女は、朝用意しておいた、可憐な白いワンピース姿ではなかった。
あちこちに薬品のシミや、コゲた後のある大きすぎる無粋な白衣。
念入りにとかしたはずの髪は、そっけない紐で無造作に束ねられ、ところどころほつれている。
せめて。せめて。
きらきら輝くはずの大きな瞳を押し隠す、黒ぶちメガネはカンベンして欲しかった。
ここは、学校の理科室でも研究所の実験室でもない。
小国とは言え、仮にも王城の、高貴な客人を迎える応接間なのだから。
「……姫。~~~なんてカッコですか~~!」
盛大に脱力しながら、それでもシアは、彼女の頬の汚れをふき取った。
「……そうだぞ、娘よ。言っておいたじゃろう。今日の茶会は」
「分かってましたよ。もちろん。だから、深夜まで研究を続けるようなことはせず、朝もきちんと起きて、こうして試薬作成の続きなどしながら待っていたじゃないですか」
無邪気なまでの笑みを見せる少女は、事態についていけていない2人の青年を見止めると、
「ああ、それでこちらが婚約者候補殿ですね。はじめまして。赤黒の魔女の娘、ユミル=カーディフです」
試薬とやらの入った試験管を掲げるようにして、大仰に一礼した。
「そうではなかろう……ちゃんと正式な名を名乗っておくれ、娘や」
王の口調はほとんど哀願だった。
娘の方は、ひょい、と軽い仕草で肩をすくめる。
「なんですか、親父殿。そんな情けない顔をされて。説明の手間が省けると思って、いつもの格好できたんですよ。むしろ、礼儀です、これは。一応夫となる可能性のある方々なんだ。真実の姿で、真の名とわたしが信ずる名を名乗らなければ。
仮初めの姿や俗世間での通り名では失礼でしょう?」
断言して、父の向かいの席に歩み寄る。
「座ってもよろしいですか、おふたかた?」
それも、礼儀、なのだろう。左右の青年を交互に見ながら、確認する。
――ありがたいことに。
あるいは、驚くべきことに。
こと、ココにいたっても、2人は、怒って帰るなどということはなかった。
1人は、すぐさま立ち直って、彼女の手をとり、
「もちろんです」と微笑みさえした。
もう1人は、なんの表情も見せずに静かに彼女のために椅子を引いた。
(う、うう……カンペキな紳士だわ。おふたりとも。
……内心なに考えてるかわからないけど)
シアはなんだか泣きたくなった。
王女も少し驚いたようだ。
「ふぅ~ん、親父殿が選んだにしては上等ですね。肝が据わってるし……」
いたずらっぽく笑って、改めて左右を見る。
「少なくとも外見は文句のつけようがない。これじゃ、わたしはとんだ面食いだと思われちゃうかな」
くすくす楽しそうに笑う。
「改めて、仮の名も名乗りましょう。おふたかたにはそちらの方が重要でしょうから。ユーミィリィア=マギーナ=ロット=ヒュールバーゲン。そこな貧相な親父殿の娘にして、我がささやかなるヒュールバーグ王国第一王女です」
に~っこり。
高雅にして可憐、と某国の外交官に言わしめた微笑みだ。
……分厚いメガネのレンズを通しても伝わるといいのだが。
* * *
(ていうか、なんでこの2人に囲まれて平気なんですかぁ、姫……)
シアの方は、めまいがしそうだ。
ユミルの左側、王の右側に微笑みながら座った青年は、まばゆく高貴な美貌の持主だ。
黄昏の陽光のような深い金色のまっすぐな髪を肩口に切りそろえ、白い貴族の礼装をまとっている。
柔らかく微笑むハシバミ色の瞳は、長いまつげに彩られ、女性的なほどだったが、すっと通った鼻筋と、意思を感じさせる口元は、あくまで男性の凛々しさを表していた。
その対面、ユミルの右側に静かに着座した青年は、まさしく美丈夫という言葉がしっくり来る。
小柄な王女は、座ってさえ、彼の黒い瞳を見るために顔を上向けないといけないだろう。
立ったときはもっと。多分視線が肩より下になる。そのくらいの堂々とした長身を、黒いきっちりした軍服に包んでいた。
硬質の黒髪がかかる秀でた額、引き結ばれた唇。
一見すると威圧感に気圧されそうだが、切れ長の瞳は、良く見ると不思議と穏やかで、深い安らぎを感じさせる。
対照的な2人だが、どちらも、シアがかつて見たどんな男性よりも魅力的だった。
「てっきり、もっと年配の方とか、ヘタしたら乳飲み子とか、色々と妙なのを連れてこられる覚悟も決めてたんですが。これは予想外だったなぁ」
「娘よ、そなたワシをなんだと思っておるんじゃ」
「自分の都合で幼い娘に結婚を強いる、身勝手なタヌキ親父ですよ」
ばっさり。一言で切り捨てておいて、ユミルは続ける。
「ご覧の通り、わたしの本分は魔女――と名乗ってはいけないな。まだ見習いなので、今はただの魔術研究者です。王族は『副業』みたいなものですね」
「む、娘よ。副業というのはちょっと」
「以前から言ってるでしょう。わたしはあなたの娘である前に、魔女リィノの娘です。彼女のあとを継いで、魔道の真髄を求めることこそがわたしの第一の人生の指針。これは生涯変わらぬ事実であり、夫となる方ならば知っていていただかなくてはいけません。一応、身分を隠して王立の魔術院にも通っていますが……まあ、こちらは視察とお遊びが半分ですね。そろそろ卒業ですし」
「それは……たいしたものですね。魔術王国の名で知られるヒュールバーグの魔術院を、そのお歳で」
金の髪を軽く揺らして、青年の1人が微笑む。
ユミルも、笑った。
「……ふふ。この状況で、笑顔で褒められる貴方だってたいしたものです。噂に騙された、と席を立たれると思っていたんですけどね」
「残念ながら。この程度の趣向では、姫の美貌は隠しようもないですよ。私には分かります。噂以上のご麗姿だ」
目を細める彼の方こそ、気絶しそうなご麗姿だ。
軽やかな高めの声は、延髄直撃って感じがする。
「趣向でもなんでもなくて事実なんですよ、そこのとこお忘れなく。けど、なんだか口説きなれてるなぁ、百戦錬磨ってヤツですか。こちらは、沈黙は金、の主義でいらっしゃるようだけど」
興味深そうな視線を黒衣の青年に向けると、彼はさりげなくユミルの視線を受け止めて、
「――失礼。無骨な軍隊上がりですから。姫君を茶の席で楽しませるような会話は馴染まないもので」
と、低く言った。……こちらもやはり腰骨直撃のいい声だ。
(うう、お二人とも、これでもまだ姫君扱いしてくださるんだ……)
シアはぼんやりとそう思う。
それらを平静に受けとめたユミルは、深くうなづいた。
「なるほど。お2人とも、それなりの覚悟はしてきたってとこかな。
わたしの『本業』を知っても平気なら、一月半、試してみる余地もあるでしょう。
『副業』の方の手腕は、今晩お見せすることにします。ああ、そうだ。
改めてお名前をうかがってもよろしいですか?」
本日最大の爆弾発言。
「ひ、ひひひっひ姫ぇ~~~~アナタ、このお2人の御名前もご存知なかったんですかぁ!?」
「うん、知らない」
そういえば、資料も中身を見ずに決めていた。
資料には肖像画もついていたはずなのに、顔も初めて知ったようだった。
「娘よ……せめて後でほんのちょっと気になる乙女ゴコロがうずいたりして、顔なり名なりをチェックしたりは」
「してません」
「なぜじゃ!?」
「なぜって……ああいう手のは、似せ絵というより、ニセ絵と言った方がいいくらい美化されていたりするでしょう。見ても無駄だと思って。……ああ、おふたかたは美化の必要がまったく必要ない原型ですけどね」
見目にはこだわらないわたしですが、一応の審美眼はあるんです、と謎の主張を繰り広げる。
「というか、そもそも、この姿を見て即破談になる可能性が高い以上、それを確かめる前に名前だのなんだのを覚える意味もないかなぁと」
「じゃ、じゃじゃじゃじゃじゃあ……どういう根拠でお選びになったんです!?
まさか……カンですかっ!?」
「シア……わたしをなんだと思ってるの。そんな意味のないことするものですか。決まってるでしょ。表紙の国旗よ。薔薇の絡みついた冠はローゼンクロゥル皇国、鋼鉄の剣はアイゼナフト皇国。1度留学してみたいと思っていた2大国なの」
「りゅ、留学って……」
「夫の生国なら、訪れる機会もあろうってもんでしょ?」
訂正。
やっぱりこっちが本日最大の爆弾発言だった。




