捕食する記憶
ライブラリは『情報生命体』である。
かつて何処かの高次元生命体が、自分達の生活空間に溢れ返る『情報』の捨て場所として、一つの空間を創り出した。ここで言う情報とは、文字や物体の配置ではない。それ単体が意味を持つ、情報という概念的存在である。高次元生命体が作り出したのは、そんな情報を捨てるだけの場所。ゴミ箱やゴミ捨て場のようなもので、不要と判断された情報が無数に浮かんでいた。
情報同士は時折衝突し、壊れたり、一つになったり、様々な変化を起こした。幾億回の変化の果てに、やがて生命のようなものが生まれた。周りにある情報を取り込んで成長し、その情報をエネルギー源として代謝し、自己増殖を行う存在だ。これが情報生命体の起源であり、ライブラリの遠い祖先であった。
たとえ情報から形作られる存在でも、生命として振る舞うなら進化論は適用出来る。即ちより環境に適した個体が子孫を残す。様々な適応が起こり、多種多様な情報生命体が生まれた。高次元生命体に発見もされたが、ゴミ情報を食べて処理してくれる情報生命体は彼等にとって都合が良く、監視はされたが干渉はされずにいた。
そこから長く繁栄していた情報生命体達だが、やがて終焉が訪れた。
エネルギー不足……餌となる情報の不足である。情報生命体は情報を代謝し、活動のためのエネルギーにしていた。消費されたエネルギーは形を変えただけで、消えた訳ではない。だが極めて変換が難しい、「質の悪い」エネルギーになってしまう。
今までは、それを気にする必要はなかった。高次元生命体がいらない情報をどんどん捨てていたからだ。しかし高次元生命体はある時衰退し、捨てるほどの情報が生まれなくなる。餌の供給がなくなった事で、今まで循環していた仕組みが破綻してしまった。
情報生命体達は過酷な環境変化に晒された。食べ物はどんどん不足し、食う食われるの競争が激化。激しい淘汰が起こり、種の多様性を減らしながら、奇妙で獰猛な種を生み始めた。
その中の一種が、『外』に逃げ出した。
新天地を求めての行動。ゴミ捨て場で生きてきたものが、新たな世界へと踏み出したのだ。
この逃げ出した種は、高い知能を持っていた。雑多な情報から構成される思考回路は一般的な知的生命体としてはあまりにも混沌としているが、それでも問題を認識し、解決のための方法を考える事が出来るという意味では知的である。
この種――――ライブラリは考えた。逃げたは良いが、どうやって生きるべきか。
高次元生命体の暮らす領域で情報を食べるのは好ましくない。賢いライブラリ達は高次元生命体の存在を認識しており、彼等の機嫌を損ねるのは危険だと考えた。それに高次元生命体は衰退気味であり、頼ったところでそのうち行き詰まる可能性が高い。
そこでライブラリ達は、異なる宇宙に渡る事を選んだ。
此処とは違う宇宙であれば、手付かずの情報がまだある筈。高次元生命体の関与がなければ、好き勝手しても敵対する可能性はほぼない。おまけに新天地なら天敵やライバルも皆無。
そして移動方法は知っていた。高次元生命体が捨てた情報に、それを為すための技術や理論があったからだ。情報をただ食べるだけの無知性な種と違い、ライブラリ達はそれを解析し、理解する事が出来た。宇宙間移動ともなると高次元生命体ほど簡単には真似出来ず、リスクも大きいが、やってやれない事はない。
かくしてライブラリ達は故郷と異なる宇宙へと進出。そこで新たな繁栄を享受する、筈だった。
しかし誤算があった。
別宇宙では、あまりにも情報量が少なかったのである。厳密には希薄だった、と言うべきか。別宇宙故に物理法則が根本的に違い、ライブラリ達とは情報の概念が異なっていた事が影響していた。水で薄めたスープをいくら飲んでも物足りないように、希薄な情報をいくら食べても満たされない。
見込みが外れた事で、多くのライブラリがエネルギー不足に陥り死んだ。だが一部のライブラリが、極限の中で一つの解決策を編み出す。
自分達が持つ情報を、その宇宙の文明に使わせたのである。具体的には自らが持つ情報を電磁波に変換(電磁波はライブラリ達の故郷の宇宙にもあったため、応用で展開出来た)し、その文明の知的生命体に解読可能な形で伝えた。
すると知的生命体はその情報を下にして、文明を大いに発展させた。巨大なコンピューターを作り、複雑なマシンを生み出し、高度なAIに星を支配させる。環境破壊で減少していた生命が増え、複雑な生態系が回復していく。知的生命体自体の寿命が延びれば、一個体が持つ情報量も増大する。無論、他の星に進出して都市でも作れば、情報量は飛躍的に増加するだろう。
かくしてぶくぶくと情報太りした文明を、いい感じのところでまるっと食い散らかす。
それが別宇宙に進出したライブラリ達の、新たな生存戦略だった。目論見は大概の場合で上手くいく。知的生命体は常に新たな知識を求め、知識こそが力となる文明を築くもの。どれだけ怪しくとも、新しい知識は拒めない。そして発展した技術を、複雑で豊かな生活を、手放すなんて我慢出来ない。
『地球』をターゲットにしたこのライブラリも、思惑通りに事を進められた。人間達は積極的にライブラリから知識を得て、その知識で文明を大いに発展させた。長命になった人間は一人一人の情報量が増し、金属は思考するAIになる事で豊富な情報を持つ。月や火星に版図を広げれば、地球一つを遥かに上回る情報を生み出す。
食べ頃に育ち、何も知らない人類は呆気なく食べられてしまった。そして食べた情報をエネルギー源にして、ライブラリは成長と繁殖を行う。
――――人類文明を滅ぼした後、その張本人であるライブラリも繁殖を始めた。溜め込んだ情報を代謝し、身体を大きくして、分裂するようにして増える。惑星二つと衛星一つ、そこに暮らす全ての生命を飲み込んだが、ライブラリからすれば人類文明の持つ情報なんて些末なもの。何十にも増える事は出来ず、一体生み出すのがやっとだ。
新たに生まれたライブラリは、親と能力的に変わらない。膨大な情報を持ち、その情報を代謝して電磁波を生み出せる。勿論、宇宙を移動する事も容易い。
親と子、二体のライブラリはそれぞれ別の宇宙へと移動する。
或いは同じ宇宙と言うべきかも知れない。ライブラリは数多の宇宙を移動出来るが、この個体群は特定の地球の時間軸を移動する性質があるからだ。
時間軸とは時代だけが異なり、他は全く同じ宇宙の事。過去や未来ではなく完全な別宇宙なのだが、生きている人も、起きる事件も、それどころか素粒子さえも同じだ。何もかも同じだから、時間軸の宇宙は全て、意図的な干渉がない限り全く同じ結末を辿る性質がある。
ライブラリはそれを知っている。
だから、ライブラリは知識を騙る事が出来る。今までに食らった宇宙の情報を、ライブラリは大体記録しているのだ。過去に死んだ人間も、未来に生まれる人間も、未来の技術も……全て前の時間軸の世界から得た知識を横流ししただけ。絶滅種さえ化石や標本、ひっそりいた生き残りの情報を使っているだけだ。本当にライブラリの奥深くを見てみれば、全てを語るにはあまりにもスカスカな中身に呆れてしまうだろう。
だがそのスカスカで穴だらけの情報でも、知性ある人間達を騙すには十分。ちょっと未来を、ちょっと知らない事をチラつかせれば、勝手に『全て』を期待する。情報の正確性すら、時間軸移動で未来が再現するから確かなだけで、本当に正しいのかさえライブラリは知らないのに。
そしてこの地球で得た知識を、別時間軸の地球に使う。
欺き、太らせ、喰らうために。ライブラリ達は次の人類がいる宇宙へと渡る。偽りの繁栄に逆らえない事が確定した、ただ食い潰されるだけの時間軸を延々と巡り、ライブラリ達は『真の繁栄』を享受するのだ。




