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利己的なアカシックレコード  作者: 彼岸花


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交代する記憶

「全プログラム動作、問題なし」


「起動シーケンス全て正常」


「電源システム、オールグリーン」


 次々と報告される、準備完了の言葉。大勢のオペレーターが、画面を見ながら肯定的な報告を続ける。最低限の会話と、軽やかにキーボードを叩く音が室内に響いていた。

 それらの言葉と音を聞きながら、この場のリーダーを務めるサムは思考していた。本当に全て問題ないか? 確認漏れはないか? 虚偽報告されていないか? 自分の目でも計器情報を確認し、異常の可能性を一つずつ潰していく。

 徹底的、或いは過剰なほどの警戒にも見える行動。しかしそれぐらいの気持ちを持つのは、サムが極端な心配性だからではない。

 このプロジェクトの成否が、人類文明の今後を左右するからだ。


「『マザー』に対する、全チェック項目の確認が完了しました」


 オペレーターの一人が、今すべきチェックが全て完了したと伝える。

 サムは大きく頷いてから、前を見据えた。

 サムの前にあるのは、大きな窓ガラス。拳銃どころか爆弾でも簡単には割れない、超硬度ガラス体だ。透明度は高く、新品なので汚れや傷もない。だからその向こう側にあるものを見るのは難しくない。

 そこには、大きな機械がずらりと並んでいた。

 所謂スーパーコンピューターだ。数はカタログ上、三万台がこの施設に置かれている。何度も作業員が数えているので、実際それだけの台数がある筈だ。凄まじい計算速度を誇るそれはエネルギー消費量も多く、故に発熱量も膨大。部屋中に設置されたエアコンがフル稼働しなければ、一瞬であの空間は人を簡単に焼き殺せる熱さに満たされるだろう。

 ただのスーパーコンピューターであれば、程度の差を抜きにすれば先進国なら何処でも持っている。だがこのコンピューター達は、他のスーパーコンピューターとは別物だ。何しろ一ヶ国だけではなく、世界中の天才が集まって作り出した特別製なのだから。

 このスーパーコンピューターの名は『マザー』という。今日はこのマザーの試運転……限りなく本番に近い環境での稼働実験を行う日だ。


「……………良し。マザーを起動しろ」


 サムはマザーを動かすための許可を出す。

 サムからの指示を受け、オペレーター達が個別に指示を出していく。現場の作業員達が電源プラグを入れ、パソコンを操作し、スイッチを切り替える。

 超硬度ガラスは防音性にも優れている(というより硬過ぎて振動しないので音が伝わらない)ため、マザーの機能を形成するコンピューター達の稼働音は全く聞こえてこない。だが次々とランプが点灯し、無事起動している様子は確認出来た。


「全システム、全て正常稼働しました」


 それでもオペレーターからの報告がなければ、なんの問題もないのかは判断出来ない。サムも手元の端末で情報を確認。ダブルチェックで問題がないと保証する。


「よーし、マザー。こちらの声が聞こえるか? 音声認識テストがしたい」


 そして最初の『動作チェック』を行う。


【はい。問題なく聞こえています】


 サムの呼び掛けに答えたのは、彼の前にあるノートパソコン。

 厳密にはノートパソコンと接続している、マザーのプログラムからの返答だ。サムは満足気に微笑む。


「素晴らしい。こちらも目視で確認しているが、お前の自己診断でも問題はないか確認してくれ」


【了解しました。自己診断を行います……完了しました。現在私の中にある全ての機能、及びパーツ群にエラーは確認出来ません】


「よし、では早速一つ仕事と確認をしてみよう。お前の仕事はなんだ?」


 サムから、自身の役割を問われたマザー。答えを返すのにほんの僅かな間を挟んだが、これは仕様通り。間髪入れずに答えられると、人間は凄く窮屈に感じるものだ。快適な会話には、敢えて間を置くのが適切である。


【はい。ライブラリから得られた周波数データの解析です】


 たとえこの答えを導き出すのに〇・一ミリ秒も掛からなかったとしても、ほんの少し置いておく。

 マザーは人間との心地良い会話が出来るコンピューターだった。

 無論、スーパーコンピューターであるマザーの役割(本業)は人間とのお喋りなんかではない。会話は人間とのコミュニケーションを円滑にするための機能。本来の機能は自ら答えたように、ライブラリが発する電磁波の解析である。

 発見から五百年が過ぎた今も、ライブラリからは新しい知識が次々と見付かっている。『全て』という言葉が過言でない事は既に誰もが認めるところだが、同時にその解析は人間の手に負えるものではなくなった。

 知識が、あまりにも高度になり過ぎたのだ。

 発達した技術は、多くの前提知識を必要とする。生物を理解するには、化学と物理どころか、場合によって量子力学まで知らなければならないように。しかも最先端の科学ほど難易度は高く、簡単には習得出来ない。

 ボディエクスチェンジ技術により寿命を克服した今の人類は、実質無限の勉強が出来る。だからどれほど高度な知識も、いずれ習得出来るかも知れない。だがそれは何百年後の話か? ライブラリからどれだけ大量の知識を得ても、それを理解するのに数百年掛かっては使い物にならない。

 しかもこれは現時点での話だ。将来的には更に複雑で高度な技術となり、習得にもっと時間を必要とする。数百年が数千年に、数千年が数万年に……これでは文明が殆ど進歩しない。

 どうにか食い止めているとはいえ、未だ環境は完全には回復しておらず、人類は滅亡の危機を脱したとは言い難い。進歩が停滞すれば、再び人類は滅びに向かう可能性がある。少なくとも安定を手に入れるまで、一つの発見に何百年も掛けている余裕はないのだ。

 そこで生み出されたのが、集約的スーパーコンピューター・マザーである。


【解析業務を開始しますか?】


「ああ。だが今は試験運用だ。まずはテスト対象の解析と検証を行ってくれ」


【承知しました。処理を開始します】


 サムの指示を受け、マザーは『仕事』を始める。

 マザーはただのスーパーコンピューターではない。発達したAIを搭載し、人間に匹敵する……いや、人間よりも理性的で聡明な『知能』を持つ。人間に逆らうような思考こそしないが、人格と呼べるものが備わっていた。凄まじく賢い人間に従順な人、のような性格だ。

 そしてマザーのネットワークは、人類の叡智を『全て』詰め込んだ記録媒体――――『ブックケース』と呼ばれる装置と繋がっている。ブックケースはライブラリから引き出した情報に加え、人間がこれまで発表したあらゆる論文、実験記録、気象データや人口統計などを片っ端から詰め込まれていた。人間には雑多過ぎて手に負えない情報量だが、マザーにとっては便利なメモ帳である。

 マザーの仕事の流れはこうだ。

 まずライブラリから抽出された、電磁波のデータを解析する。モールス信号への変換を片っ端から行い、過去の記録との照合も含めて内容を分析。そこに含まれる知識を取り出す。

 そして取り出した知識を、ブックケースに記録された論文などの情報と比較・検証。知識が正しいか確かめ、それを人間に分かりやすいよう論文の形に整形して出力する。並行して論文の反証を、分割した思考プログラムを用いて行う。更に実験方法の策定、必要な資材や施設、予算計算まで済ませてしまう。

 今まで人間がやっていたあらゆる作業を、マザーは自分だけで行えるのだ。

 このようなマザーの存在に、少なくない数の人々が反対している。ほぼあらゆる分野が機械化された昨今、知的活動すらもAI(機械)に明け渡したら、最早人間には堕落しか残されていないではないかと。

 確かに、その通りだとサムは思う。自分自身如何にもマザーに指示を出しているようで、実態はマザーに色々お伺いをするようなもの。マザーが(プログラム上不可能ではあるが)解析をボイコットなんてすれば、もうどうにもならない。

 百以上の電磁波をものの数秒で解析・解読して論文まで出すなんて、マザー以外にはどうやっても出来ない事なのだから。


【処理が完了しました。論文データ及び処理時間記録は、デフォルト指定フォルダに格納しています】


「分かった。検証チーム、出番だ」


 マザーの処理が完了次第、ようやく人間達の仕事が回ってくる。やる事はマザーの結論に誤りがないか、処理の時間に異常がないかの確認。こればかりはマザー当人にやらせても意味がない。

 尤も、マザーの処理に問題がない事は既に分かりきっている。どんなプログラムでもテストと検証はするものだ。マザーも数十年もの月日を掛けて検証し、その機能が正常である事を確かめている。


「検証、行いました。我々の査読による一次検証では、論文データに不備は確認出来ません。二次検証に送ります」


「処理時間が想定より三十パーセント以上掛かっています。マザー、この原因は?」


【テストデータの複雑性が、試験時よりも大きかった事に起因します。引用論文数が研究室内での試験時よりも平均四十三パーセント多く必要でした】


「成程。今後も記録を取り続けて、アベレージが想定を上回り続けるようなら今後のアップデート時の参考にしよう」


 マザーから送られた情報を元にして、人間達が今後の対応を考える。

 AIを管理する人間達だが、これもすぐに見られなくなるだろう。

 何故ならマザーの正常稼働が確認されれば、今後マザーの検証用AIの製造も検討されているからだ。AIがAIを検証し、その正しさが証明されれば、もう人間の入る余地はない。

 しかもマザーには自己改善プログラムもある。自分が直面した問題に対し、ネットワークで繋がった複数のAIから情報を収集。改善案を算定し、そのためのプログラムを生成する事が可能だ。

 ただし自分自身を勝手にアップデートする事はしない。プログラムに致命的なバグ、或いは人間を害する思想が生じる可能性も考慮して、別途新しい機体を作り出す。その新しい機体から数世代先まで生まれてから、古いバージョンの機体は解体されるという仕組みになっている。

 なんにせよ、もう人間が何かする必要はない。仮に手を入れようとしたところで、数千万行にもなるプログラムをチェック・試験するのは実質不可能だ。マザーを作る時でさえ、そのプログラムの記述や正常動作はAIに大きく依存していた。より高度になった時、どうやったところで人間に制御出来る訳がない。


「三次検証まで通れば、いよいよ本格稼働……ライブラリ解析が、一気に加速するな」


「ああ。今でも凄いのに、これからどこまで行くのか楽しみだ」


 此処にいる者達は、その制御出来ない未来を望んでいる者が多い。技術進歩の行く末が楽しみだからこそ、こういった業種に就いているとも言える。

 ……ある意味偏った面子しかいないこの場の技術者と違い、マザーに対する大衆の反応は大きく分けて二つある。

 一つは賛成。AIが市民生活を豊かにし、人類に絶え間ない繁栄をもたらす。ライブラリから得られる『全て』が、人類文明を果てしない高みに押し上げてくれる――――そんな期待と希望に満ちた考えだ。

 もう一つは反対。AIに全てを委ねた人類に、最早生きる能力はない。AIの反逆は勿論、色々な問題を解決する能力を失い、やがて滅びる。だからライブラリ研究さえもAIに頼るべきではない。いや、ライブラリに頼る事さえいずれやめるべきだ――――AIの行く末に不安と恐怖を抱く考えと言えよう。

 現状、賛成派の方がかなり多い。多くの人間は明るい未来を、豊かな生活を望んでいる。怠惰だ滅びだと言われても、自分達なら管理出来ると考える。

 ……ライブラリが来るまでは、自分達の暮らす星の環境さえ管理出来ずに衰退していた事を忘れて。


「(まぁ、現状心配する事はない、というのが技術者や科学者的な答えになるか)」


 ライブラリには地球の歴史も記録されている。未だ『全て』を解読した訳ではないが、記録は一千年先の未来まで予測していた。

 今のところ火山や地震など、災害発生の予測は的中している。そして一千年後に人類を襲うと書かれている災害もある。なら逆説的に、ヒトという生物種は一千年後まで存続しているだろう。

 更にもう一千年後、もう二千年後にどうなっているかは分からないが。しかしそこまで未来になったら、今度はAIが地球を救うという予言があるかも知れない。

 結局、ライブラリと違って、人類にもAIにも未来は分からない。分からない以上最善だと思う事をするしかない。そしてサム含めた多くの科学者と技術者は、進歩こそ最善だと信じている。

 果たしてマザーとその後継機が、人類をどう導くのか。

 ボディエクスチェンジ技術のお陰でそれを見届ける事は出来そうだと、サムはほんの少し心を躍らせた。

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