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鳥籠と籠守  作者: 鳥路
第一章:歌えない金糸雀が求める唯一は
26/40

26:先代金糸雀

幼い私が走った先。

先代金糸雀は幼い私を見上げて、小さく笑う。


「小さな猪さんね。お名前は」

「浅葱です。歌手のお姉さん。お願いがあります」

「なあに?サインなら」

「歌手になってから欠かさないこと教えてください」

「…いいけど、どうして?」


幼い私は、月白殿が凄い形相で睨んでいても怯まずに、淡々と聞きたいことだけ聞いていく。

先代金糸雀はそんな私を邪険にすることなく、たどたどしく紡がれる言葉に耳を傾けてくれていた。


「私の親友は、とっても歌が上手なんです。将来お姉さんも越える歌手になると思います」

「太鼓判を押すのね。その子の歌に聴き惚れたのかしら」

「はい。だから、歌手のお姉さんがしている練習方法とか、喉を守る方法とか教えていただければなと思います。今のうちから、くーちゃんの声を守りたいので!」


「…無遠慮なガキ」

「月白、そんなこと言わないの。お友達思いの素敵な子じゃない。昔、淡藤もしてきたなぁ。こんな風に押しかけて…」


「すみませんすみませんすみませんすみません娘に悪気はないんですすみませんすみませんすみません…っ!」

「あ、お父さん」

「お父さん…」


私が質問をしている最中に、お父さんが追いついて私を抱き上げては先代金糸雀と月白殿に頭を下げ続ける。

けれど、先代金糸雀の反応は怒ったり、無関心だったりではなく…。


「そっくりだとは思ったけど、貴方が父親なら納得ね」

「はへ?」

「昔、私の歌の公演が終わったら、すぐに舞台裏にやってきて、貴方の歌に惚れましたなんて言ってきた人の子なら、納得なのよ。ねえ、淡藤?」


父さんはその思い出に心当たりがあるようで、すぐに反応を示した。

けれど、その姿はお父さんが知る「思い出の人」とは重ならない。


でも、それでも何となく。

たとえ姿が違っても、声は変わらない。

その顔に浮かべる笑みだって、変わらない。


「…茜、なのか」

「断言はしないわ。そういう規則だから。大きくなったわねぇ。この子は妹の、浅葱かしら」

「ああ。随分大きくなっただろう」

「そうねぇ。子供の成長って早いのね。お姉ちゃんの方…真紅は?」

「色々あって、俺の事を嫌っていてなぁ。家で留守番をしている」


「年頃かしら」

「いや、昔からどこか浅葱への執着が凄くてな。浅葱にひっつく俺が気に食わないらしい」


「そう…一人で、上手くやれている?」

「全然。浅葱は素直だけど、真紅が」

「一緒に育てていたら、協力できたのに」

「仕方ないじゃないか。恩寵を受けし者に選ばれたんだ。大変名誉なことだよ」

「…私からしたら———」

「金糸雀様」


お父さんが、言葉の続きを後ろで控えていた月白に聞こえないよう、声を強くして先代金糸雀の言葉を止める。


けれど、背後で控えていた月白殿はお父さんの声に必要以上に恐怖を感じたらしく、本来であれば、恩寵を受けし者を守らなければいけない立場であるのに、先代金糸雀の背後に隠れてしまった。


「そうね。今日は月白がいたわ」

「…」


籠守が側にいる。彼女を金糸雀として慕う少女がいる。


「彼女を失望させることは、言えないわね」


その少女を失望させないために、金糸雀は茜を捨てた。

八年間会っていなかった夫との再会も、産まれてすぐに引き離され、抱き上げることも叶わなかった娘との再会も。全部捨て去り、金糸雀として振る舞うことを選んだ。


「その籠守さんは…」

「色々あって、男の人が怖くなってしまったの。今の私はこの子に守って貰うためじゃなく、この子達を守るために、側に置いている。そういうことよ」

「…そうか。君の籠守さんの為にも、もう距離を取った方が良さそうだな。すまないね」

「…いえ」


複雑そうに金糸雀の背後からお父さんに会釈する月白殿。

私が八歳ということは、月白殿は十四歳。

白藤同様最年少で籠守になった彼女の身に何があったかというのは、先代金糸雀の言葉で察するべきだろう。

あの月白殿が、とは想像しにくいが…。昔の彼女は、今のように強くはなかったようだ。


お父さんが些細な動きを見せる度に、月白殿はこの世の終わりみたいな表情で、先代金糸雀の背後で震え続けていた。

そんな様子にお父さんは複雑そうに、私を見てくる。

けれど同時に、月白殿もそんなお父さんを見て…小さくため息を吐いた。


「…金糸雀様。私は体調があまり芳しくないので、宿に戻って休息を取らせていただこうと思います。その間、護衛がいないのは心配なので…その方にお願いできればと」

「いいのか?」

「…今回だけです。一日だけ、見逃しますから」


月白殿は体調不良とは思えない動きで宿屋の方へ向かっていく。


残されたお父さんと先代金糸雀…否、お母さんは顔を見合わせ、心配そうにその後ろ姿を見送っていた。


「だ、大丈夫なのか?ついていた方が」

「大丈夫なのかしら。あの子…やっぱり鳥籠に置いてきた方が…」

「その、何があったかは具体的に聞かないが、連れ出した方が安心だったのか?」

「ええ。今、鳥籠が男子禁制になる為の人事編成の途中だから慌ただしいのよ。私が戻る頃には終わっているから、身重の子を一人で留守番させるよりは連れてきた方がいいと思って…また暴行を受けたら…」


「複雑だな、鳥籠も…平和な場所だと思っていたんだが。君には何もないか?」

「私は一応、偉い立場にあるから…何も」


「少し安心したけど…あの子はこれからどうなるんだ?」

「籠守を続けることを強要されているわ。とても優秀な子なの。今回の一件で人材が不足するから、どんなことがあっても手放されないと思う。けれど、あの子の中にいる子供は、産まれたら引き離されるでしょうね。最悪、恩寵を受けし者に仕立て上げられるかも」


「…そんな子が、家族の時間を過ごせるように気遣ってくれたのか。自分が辛い立場だろうに」

「優しい子なの。そういうところにつけ込まれてしまったのかもしれないけれど…」

「…いい子に巡り会えたんだな。彼女みたいな優しい子が側にいてくれているのなら、俺は安心するよ…本当は、側にいたいけど」

「…うん」


「ねー、お父さん。お話終わった?私まだ歌手のお姉さんに聞きたいことある〜!」

「あ、浅葱…」


影が落ちていたお父さんと先代金糸雀の表情が、私の声で晴れていく。

けれどそれをちょうどいいと思った先代金糸雀は、私を抱き上げながら頬を私の頬へくっつけてくる。

一瞬だけ、ほんの一瞬だけ慈愛に満ちた表情を浮かべた後、金糸雀らしい上品な笑みに変え、金糸雀として私に接し続ける。


「ね、何が聞きたいの?」

「歌手って何か必要な道具とかあるの?」


「んー…マイクとか?」

「何それ」

「遠くまで声を届ける機械、かしら。松ぼっくりに枝を刺したような見た目よ」


「松ぼっくりと枝でもどき作れる?」

「作れる作れる。貴方のお父さん、器用だもの」

「俺に作らせるのか…いいけど」

「じゃあ、森の方へ遊びに行きましょうか。案内よろしくね」

「はいはい」

「質問の続きしていい?」

「勿論。何を聞きたいの?」


当時の私は、目の前にいる歌手のお姉さんが自分の母親だと気づかず、有名人のお姉さんとして接していた。

両親が揃った、最初で最後の一時。

二度と戻らない日の夢は、まだ続いていく。


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