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唐突なキスと告白

「真白。どうしたの? 顔、赤いよ」

「えっ? あっ……」


 嘘……。わたし、顔赤くなってる?

 もうさすがに目を合わせていられなくて、視線をそらす。


「さっきから変だよ、真白」

「……」


 変って。こんな壁ドンみたいなことしてる青司くんの方が変だよ……。

 もう、何も言えない。

 こんな密室で至近距離で、そんな言葉をかけられたりしたら……。


 心臓が激しく鼓動を打ち続けている。

 その音が、青司くんに聞こえてしまうんじゃないかってくらい。


「さっきの、質問だけど。真白だったらどうしてた? 好きな人を忘れるために……他の人を好きになれる? 真白は……真白は誰かと、そういう関係になったことある?」

「……!」


 なんで。どうして今そんなこと訊くの?

 って言いたかったけど声が出なかった。だって、青司くんのわたしを見つめる目がとても真剣で……吸い込まれてしまいそうだったから。


 黄太郎(こうたろう)とのこと。

 それは、まだ話せない。

 背中に冷や汗が流れていく。体もなぜか小刻みに震えてくる。


「もし、そうなら俺は……」


 そう言いながら、青司くんがさらに近づいてくる。

 え?

 これって……。

 キス、されようとしてる?


「青……」


 しゃべろうとすると青司くんの唇に触れてしまいそうだったので、思わず息を、止めた。






「……すいませーん」


 どこかから、急に女性の声がした。

 たぶんお店の方だ。

 わたしたちはハッとなって体を離した。


「……ごめん、誰か来たみたいだ。ちょっと見てくる」

「う、うん……」


 そう言って足早に青司くんは納戸を出て行く。


「た、助かった……」


 ホッとして、わたしはその場にしゃがみこむ。ここの床はホコリが積もっているのでさすがにへたりこんだりはしない。

 それにしても……。青司くんがわたしにキスしようとした? う、嘘でしょ……。

 わたしは思わず自分の唇に手を当てた。


「だって、青司くんは……紫織さんが好きだったんじゃ?」


 それとも、今はもう何とも思ってないんだろうか。

 結婚したって知ったから、すぱっと諦められたのかな。うーん。わたしが勝手にそう思い込んでただけ? 絶対、特別な何かがあったと思うけど……ただの憧れ、だったのかな?


 わからない。


 でも、それより。

 なにより。

 わたしに青司くんがキスしようとした、そのことが問題だった。


「どうして……」


 どうしてさっき、わたしの過去なんかを訊いてきたんだろう。

 誰かとそういう関係になったことがあるか、なんて。

 付き合ったことは……あるよ。

 一週間だけだったけど。

 でも、青司くんはどうなの? イギリスで、誰かと付き合った? その人は特別な人だった?


 わたしにキスしようとしたりして。

 もし大事な人がいたなら、それは……明確な「裏切り」だよ。


 ああ……わたし、何を考えてるんだろう。

 全部妄想だ。本人に、事実を確認したわけでもないのに。

 でも……青司くんが何を訊きたいいのか、何をしたいのかがよくわからなくて、こんな風に混乱してしまってる。


 しばらくしても、青司くんは戻ってこなかった。

 心配になったのでそっとお店の方へ戻ってみる。

 すると、そこには紫織さんがいた。


「え……?」


 噂をすればなんとやら、だ。

 なんてタイミング。

 というか……なんで? なんで紫織さんが今ここにいるの?

 わたしは物陰からそっと様子を伺った。


 青司くんはこちらに背を向けていて、紫織さんがその向こう側に立っている。


「そう、ですか……。たしかもうお子さんがいらっしゃるんですよね?」

「そうなの。(すみれ)って言ってね、もう四歳になるわ。今は疲れて隣の家で寝てる。こっちだとおばあちゃんが見ててくれるから、助かるわー。うちの両親はびっくりするくらい何もしてくれないのよ」


 二人はちょうど玄関前のスペースで話をしている。

 紫織さんはハーフアップの巻髪に薄いベージュのパンツスーツという出で立ちで、ザ・できる女という感じだった。


 大貫のおばあさんの話だと、たしか東京に引っ越して行った後。めったに来なくなっちゃったんじゃなかったっけ。

 今はお子さんと一緒に帰郷してるみたいだけど……。でも今日は平日だ。おかしい。

 あと旦那さんは?

 紫織さんと……ええと、菫ちゃんだっけ? その二人だけ、でこっちに来てるの?


「でもほんと驚いたわ。おばあちゃんから連絡が来たと思ったら、あの青司くんが地元に帰ってきてるっていうんだもの。そういうニュースでもなかったら、こっちに避難してこようとは思わなかったわね……」


 避難?

 何から避難してきたんだろう。


「紫織さん。きっと旦那さん、心配してますよ。早く帰ってあげてください」


 え? 旦那さんが……心配?

 いったいどういうこと?


「いいのよ。私もあの人も、一回距離をとってきちんと頭を冷やさなきゃいけないの。だからしばらくはこっちにいるわ。おばあちゃんさえ良ければね。仕事だって、週に一回会社に行けばいいだけのノマドだし。ねえ、青司くん。そういえばここで喫茶店開くんだって? 良かったら何かお手伝いましょうか? 私一応こういう仕事してるの」


 紫織さんは満面の笑みで、名刺らしきものを一枚、青司くんに渡してきた。


「……」


 そんな……。

 紫織さんは夫婦げんかをして、それでこっちに逃げてきたって事?

 大変だ……。

 わたしはいろんな意味で危機を感じた。


「……デザイン会社に、お勤めなんですね」

「そう。WEBデザインから印刷物、それから企業のゆるキャラと多方面にやってるわ。広告とか宣伝も引き受けてるけど」

「そうですか……。まだちょっとわからないですけど、でももし頼むことがあったらお願いします」

「そう? こんな人口の少ない町でも開店日くらいは周知させておいた方がいいわよ。最初が肝心なんだから、最初が」

「はあ……」

「あ、そうそう。話は変わるけど、明日うちの菫をここに連れて来るわね」

「へっ?」

「ここが昔、お母さんが通ってたお絵かき教室なのよって、教えてあげたいのよ。あの子最近、絵を描くのが好きになってね。やっぱり血かしら。話の流れでここを見せてあげる、ってことになったのよ。でも、今日はタクシーでこっちに来るまでに寝ちゃって」

「ええと……」

「それじゃあ明日よろしくね。バイバイ!」


 そう言って、バタンと玄関扉が閉まる。

 なんだか嵐が去っていったようだった。

 紫織さんて、あんな人だったかなぁ……? 学生のころはもっとおっとりしていた気がするけど。結婚して子どもを産んだら、あんな風にパワフルになるんだろうか。


 青司くんも少し面食らってるようだった。

 ぼうっと突っ立ったまま、扉の外を見つめつづけている。

 でもすぐにハッとなって、わたしがいる方に振り返った。


「真白……」


 本棚の陰に隠れていたわたしに気付いて、青司くんがつぶやく。

 わたしは気まずくなりながらも青司くんに声をかけた。


「あ。ご、ごめん……。ちょっと立ち聞きしちゃった。さっきの紫織さん、だよね? 何、明日来るの?」

「うん。そうみたい」

「旦那さんと……ケンカしてるの? それでこっちに……?」

「うん。そうみたい」

「そう……」


 そこでわたしたちの会話は途切れる。

 でも、青司くんはまたこっちにすたすたと近づいてきた。


「えっ、えっ?」


 距離の詰め方が急だ。

 どうしたんだろうと驚いている間に、ぎゅっと抱きしめられる。


「んっ……!?」


 突如、やわらかな感触が口に当たった。

 これは……もしかして、今度こそ本当にキスをされてる?

 ど、どうして。どうして。

 パニックで何も考えることができない。


 なんで?

 なんで青司くんが急にこんな……。


「ん……」


 思わず目をつぶる。

 そして、なんだか泣きそうになってきた。

 嬉しいのか、突然すぎることにショックを受けてるのか、よくわからない。


 薄暗い半廊下みたいな場所でわたしは青司くんと、初めてのキスをした。

 やがて、そっと唇が離れていく。


「……ごめん、真白」

「……」


 青司くんが顔を離しながらそう言う。

 でもまだ抱きしめられたままだった。

 わたしは動揺が隠せずに言った。


「あ、あの……なんで? なんで突然、こんな……」

「それは……」


 じっと、青司くんがあのいつも眠そうな目で見つめてくる。

 ドキドキして死にそうだったけど、わたしは思っていたことを言葉にした。


「青司くん。青司くんは……紫織さんが好きだったんじゃないの?」

「え……?」


 わたしはついにこらえきれなくなって、涙を流した。


「だって……そうでしょ? 昔から青司くんは紫織さんを見てきたじゃない。それは、わたしがずっと側で青司くんを見てたから知ってる。なのに、なんで? なんでわたしにこんな……」

「それは、違う」

「え?」


 青司くんはわたしの両肩を掴んで、まっすぐな瞳で言った。


「紫織さんは、たしかに俺の憧れの存在だった。俺より二つしか違わないのに、すごく才能があって。絵描きとしてもすごく尊敬していた。でも……それだけだ。俺はずっと、ずっと昔から真白のことが……。可愛いって……」

「え……」


 可愛い?

 可愛いって言った? いま。

 

「嘘」

「嘘じゃないよ。ごめん、真白の気持ちも考えずに。でも、再会してからどんどんどんどん真白が可愛く見えてきちゃって……さっきとか。今も。俺、耐えられなくて……」


 そう言って、また抱きしめられる。

 わたしも抵抗すればいいのに、なんだかできなくてそのままだった。

 でも、心は混乱しきっていて、態度とは裏腹にネガティブな言葉が出てくる。


「嘘だ。嘘……。そんな、青司くんがわたしを、なんて……」


 わたしは信じられなくてぶんぶんと首を振った。

 この人は、本当に青司くんなんだろうか。

 わたしを可愛いって言うのはいつも冗談だと思ってた。でも、本当にそう思ってたってこと? でも……でもそんなのは、どうしても信じられない。


 キスまでされたのに。

 抱きしめられたのに。

 それは、とっても嬉しいことだったはずなのに。


 なぜだか違うと、心が拒否をはじめている。


「嘘じゃない。俺が……今まで黙ってたのは、お店の手伝いを断られたくなかったからだ。でも、本当に真白の事……」

「そ、そんな!」


 困った。

 困ってしまった。

 こういうとき、どう返事したらいいんだろう。


 いろいろな考えが頭をよぎる。


 わたしは大好きな人からのこの告白を無条件で受け入れるべき、なのか?

 そもそもこれは、青司くんにとってプラスになることなのか?

 いや、むしろ駄目なことじゃないか。

 そうだ。「わたしなんか」が青司くんをひとり占めしちゃダメだ。彼は才能のある人で、もっといろいろなことができる人だから――。


 桃花先生の気持ちが、少しわかった気がする。

 そう、好きな人を支えられるだけの自信が自分にないのだ。


 仕事仲間としてならいい。幼馴染としてなら、友達なら、ご近所さんなら。何の心配もなく全力でお手伝いができる。

 でも……恋人としてではまるっきり自信がない。

 それどころか、むしろ自分までダメになりそうな予感さえある。


「嬉しい。でも……。怖い」

「怖い……?」

「うん。怖いよ」


 見上げると、青司くんはその言葉に眉根を寄せていた。

 わたしはきちんと説明した。


「また、無くしてしまったらって思ったら……。今度こそなんにも、最初から何もなかったみたいに無くなってしまったら……怖い。そうなったらわたし、また生きていけるか自信がない!」

「そんな、そんなことはもう……しないよ」

「わたしずっと、青司くんのことが……好きだった。初めて会ったときから」


 ああ、言いたくないのに。

 こんなふうに……言いたくなんてなかったのに。


「会えなくなってからも何年も、ずっと……。わたしの中では、時が止まってたの。昔のまま……。それが、ここ二・三日くらいで急に動き出して。この『今』は……嬉しいけど、あり得ない奇跡なの」

「真白」


 わたしは、もうわたしの中の不安を洗いざらい青司くんに打ち明けることにした。


「これは、奇跡。明日にはまた急に無くなってしまうかもしれない奇跡。だから、いまだにこの状況に慣れてなくて……。そんな中、さらにそんなこと言われたら、わたし……困る」

「うん、わかった。ごめん、急にこんなこと言って……」

「あ。いや、本当はすごく……。すごく、嬉しかったんだよ?」


 青司くんの申し訳なさそうな顔を見て、わたしはあわててフォローする。

 だってこれは本心なのだ。

 好きな人に好意を向けてもらえるのは「嬉しい」。

 ただ、心が追いつかないだけ。


 青司くんはちょっと驚いたようにわたしを見た。


「それは……本当? 本当にそう?」

「うん、本当。『嬉しい』よ。好きな人にそう言われて……。その、キスとかも。びっくりしたけど……『嬉しい』」

「そっか。真白がそう思ってくれたなら、いいんだけど――」


 途中までそう言うと、突然、青司くんの顔がみるみるうちに赤くなっていった。

 なんだかわたしの顔をじっと見たまま固まっている。


「いや……ちょっと、待って。真白、やばい。やっぱ可愛すぎる……」


 そう言うとスタスタと歩いて、キッチンの裏に行ってしまった。

 冷蔵庫から何かを取り出して、しきりに何かをしはじめる。


「せ、青司くん……? どうしたの?」


 追いかけて呼びかけると、青司くんは余ったフルーツタルトをケーキ用の白い箱に入れていた。そしてわたしを見るなり、またすぐにそっぽを向いて、箱だけこちらに渡してくる。


「……は、はい。真白」

「え?」

「だから、はい。またご家族で食べて」

「あ、うん……ありがとう」


 わたしはおずおずとそれを受け取る。


「そ、それから……別に、今すぐじゃなくてもいいから……俺に慣れたら、その……もう一度、考えてみてほしい」


 青司くんはそれ以上何も言わず、顔を赤くさせたままでいた。

 こういう青司くんは新鮮だ、と思う。

 でもわたしも、あまり直視できなくてうつむく。


「えっと……うん。あの、わたし、明日バイトが休みだから。その……また朝から来るね……」

「うん。わかった」


 なんだかものすごくぎこちない会話だったけど、これでいい、と思った。

 わたしは青司くんの優しさに救われた。

 たしかに青司くんは急にあんなことしてきたけど、わたしの話を聞いて、わたしの気持ちに合わせてくれたのだ。


 俺に慣れたら、って……。

 なんだか変な言い回しだったけど。


 とりあえず、わたしは一旦帰ることにした。

 これ以上一緒にいたら、本当におかしくなりそうだ。どういう顔をして青司くんを見ていたらいいかわからない。

 でもそれは、たぶん明日来た時も同じことを思うのだろう。


「それじゃあ、また明日」

「うん……」


 わたしは玄関を開けて外に出る。

 後ろからすぐ青司くんがついてきて、その戸を手で押さえた。

 そのしぐさが男っぽくて、ついドキッとする。


「ん?」

「あ、いや……なんでもない」


 首をかしげられるけど、わたしは素知らぬふりをして、店の前に停めていた自転車に乗った。

 あたりはもうすっかり日が暮れている。

 別れの挨拶はもう済ませていたので、目だけで青司くんに合図する。

 視線が合ったとき、強くまた引き寄せられたような気がした。


 それは、ちょうど青司くんも同じように思ったようで。

 すぐにお互い視線をそらす。

 どきどきがまた止まらなくなる。

 わたしは急いで家に帰ることにした。


 わたしは……その時気が付いていなかった。

 そんなわたしたちの様子を、見ていた人がいたことに。

噂の紫織さんが出てきました……。

次回は気まずくなりながらも一緒にお料理をする回です!

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