3.アラサー誘いを受ける
だめだ……。
全然思い出せない。
頭の中で、必死に記憶の糸をたぐるが、ヒットする人物は出てこない。検索ワードは『イケメンの長身』なんだけど。
しかし、そんな焦りはおくびにも見せない。だって仕事関係の方だったら今後に支障を来す可能性もあるもの。それは勘弁したい。
でも、もう数秒の沈黙がある時点で、このイケメンには勘付かれているだろう。私が自分を誰だかわかっていないのだと。
微笑んで誤魔化しているのも限界だし、私は意を決して口を開くことにした。
「あっ、あの……申しわ」
「昨日はご来店頂いて、ありがとうございました。つい、声を掛けてしまって。」
イケメンが私の謝罪の言葉を遮ってヒントをくれた! イケメンなのに気遣いまでできるなんて!笑顔が眩しい!
この頂いたヒントを無駄にはできない。私は頭をフル回転して、答えを導き出した。
「……あっ!九条さんですよね。昨日はありがとうございました。」
「いえいえ。名前を覚えていて頂けるなんて、嬉しいです。」
イケメン長身の方は、昨日行ったネイルサロンのオーナーだった。
ネイルサロンで男性に担当してもらったことは初めてだったし、イケメンなので覚えてはいたが、私は頭の中の『知り合いフォルダ』には入れていなかったのだ。
だって、次に会うことがない人を記憶しておく必要はないよね?
いつもは私が指名している女性スタッフが担当してくれていて、昨日はイレギュラーで担当してくれただけの方。
逆に覚えてた私を褒めてあげたい。
グッジョブ!
「結婚式帰りですか?」
「えぇ、そうなんです」
「だから、昨日ご来店されたんですね。どうでした? カラーは気に入って頂けました?」
「とても気に入ってます。アドバイス通りにして良かったです!」
当たり障りのない会話をしていると、自然に歩道の端に寄せられる。道の真ん中で、通行人の邪魔になってしまったようだ。
そのスムーズな、所作にドギマギしてしまう。
「あっ、ありがとうございます」
「いえ。呼び止めてしまったのは、こちらですから」
「…………。」
えっと……私にはこれ以上、会話を膨らませる女子スキルはないので……お暇しましょう。酒屋さんを目指さねば。
「では……」
「あの、宜しければ今から飲みに行きませんか?」
ぺこりと会釈をして、その場を離れようとした私に、九条さんがニコニコしながら言った。
「……はい?」
一瞬、意味がわからずにパードン? という意味で発した言葉は了承ととられたようだ。
「良かった! 近くに知り合いがやっている所がありまして。酒も中々美味しいんですよ。」
……私は、結婚式帰りにイケメンと飲みに行くことになりました。