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第五章:龍太のいちばん長い一日(その2)

次で最終回。

 杜若の家は川沿いのすぐ傍にあり歩いて三分もかからなかった。杜若の家には、川からの風がびゅうびゅうと音を立てて強く吹いている。

 日が落ちかけているので、その風は心地よい感じになりつつあった。

 ピンポンと玄関のチャイムを鳴らす。

「はい……って、わあ! 本当にはだしで汚いな。家に入る前にちょっと靴下脱いで、足洗ってよ!」

 招かれた客のはずなのに、招かれざる客のように扱われる。そして靴下を脱ぐと、汚いものを押し流すかのような感じで、オレの足にホースの水をかけてきた。

 服まで濡れなかったから良しということで、オレは杜若の家に入った。

「お邪魔しまーす」

 杜若の家に入るのは久しぶりだった。たぶん6才ぐらいまでずっと遊んでいたけど、それっきりだったような気がする。幼馴染ってそういうもんだよな、たぶん。

「とりあえず、私の部屋で話そうか」

「え……あ、うん」

 同世代の女の子の部屋に入る。

 妹の部屋ですら結局自分から入ることないので、女の子の部屋自体が久しぶりだった。だから少しドキっとする場面なんだろうけど、鼓動が早くなることもなく、まるで自室に入るような感覚で平然と入れた。

 杜若の部屋はオレの部屋より少し狭くてピンク色が目立つ。丸みおびた家具や綺麗に敷かれた布、そしてぬいぐるみが置いてある。いかにも女の子って感じの部屋だ。

「今から飲み物出すけど、何にする。コーラ? それともお茶?」

「いや、別にそこまで長居はしないから何も出さなくていいよ」

 とりあえず妹達をまくまで。そしてその間にオレに何が出来るか考えつくまでの間だから、そう長居はしないつもりだ。

 それに今はくつろげる気分じゃない。

「……そういう時は黙って聞くものなんだけど、いいわ。忙しいんだったよね。ケンカ止めるのを考えるのに忙しいってよくわからないけど」

「まあな。で、杜若……単刀直入に聞くけどいい?」

「……うん」

「あの妹のモノマネっていったいなんだったんだ? もしかして、唐突にオレをバカにしたくなったとかそういうしょうもない理由だったり、他にしょうもない理由があったりするのか?」

 しょうもないと言いつつも、この頃の杜若の行動の真意は気になっていたので、自然と詰め寄る感じに聞いていた。

 そしてオレの言葉を聞いた杜若は真剣な表情で、考え出した。

 そして、杜若は口を開いて喋った。

「覚えてないかな? 6才ぐらいまで私と改発がずっと遊んでいた理由」

「まあ、それは幼馴染だったからで、成長と共に遊び相手が変わったってことなんじゃないのか?」

「そう、私も昔はそう思ってた。でも最近ね、私、ちょっとお母さんたちと昔話とかしてたら『アレ?』って違和感を覚えることが多くて……何というか、その昔話の時だけ話が全然噛み合わないの。変だなって思う日がずっと続いてたんだけど、『気のせいだ』と自分に言い聞かせてた。

 三ヶ月ぐらい前の夜のことなんだけど、急に目が覚めちゃった日があって、その時ちょっとお手洗いに行こうとしたら、寝室でお母さん達が何か話してたの。他愛もない話をするには夜遅すぎるし、何だろうって、聞き耳を立てちゃったの。そしたら、私のお母さん、とんでもないこと言ってたの」

「その……とんでもないことって?」

「私が改発の妹だってこと」

 妹の出現は不自然ながらも慣れきったつもりでいた。

 だけど、こればかりは違った。驚きというより、それを越えて最早茫然とした。

 オレと杜若はあくまで幼馴染で、モノマネじゃなかったのか?

「信じられないっていう顔、やっぱりしてるね。私もまだその時は信じなかった。そして、お母さんに直接聞くのは怖くて遠回しに聞いてみたり、また隠れて会話を聞いてみたり色々してみた。時々和田御ものぼっては驚いて聞き入ってはいたんだけど、やっぱり信じられなかった。

 そんな時だったんだよ、改発の妹のモノマネをしたのはさ。本当に改発の妹なら、改発が理想とする妹のモノマネだって出来るぞって、少し驕り高ぶった態度だったんだ。でもまあ全然出来なかったし、それ自体、意味不明だなあーって感じたり、また悩んだりね。

 そんなこんなで色々悩んだ挙句、私はある時、思いついたの。役所で戸籍謄本を確認するってことをね。そしたら改発の名前が長男としてあるどころか、私の本当のお母さんとお父さんは、改発の両親だったの。その時は信じられなかったけど、さすがに戸籍は嘘つかないっぽいね」

 そう言い終えると杜若は目に涙をたっぷり滲ませて、鼻をすすり、ついには声を立てて泣いた。部屋の中だけにこだまする、杜若の泣き声。

 あの日から今に至るまでの三ヶ月、学校で何度もオレと一緒になる機会がありながらも、ずっとその気持ちを抑えていたのか……。

 だけど幼馴染が泣いているこんなつらい状態なのに、心の底では信用しきれない部分があった。

 妹達はみんな何かを企んでいる。オレに心を開いてきた真夜もそれは同様だった。

「……やっぱり私が妹ってこと、信じられない?」

 違う違う。本当にそれは信じてる。それはもう間違いなく、神に誓ったっていい。

 だけどオレはアプローチをしてきたり、してこなかったとしても何か隠してたり嘘をついてるんじゃないかって考えてしまうし、それを知るのも怖いんだ。

「信じてもらえないか……そうだよね。でも役所で確認出来るはずだよ」

 ……黙ってるだけじゃ、杜若を困らせるだけだ。意を決して喋ろう。

「そういうことじゃないんだ……。何というか今のオレ、すごく疑心暗鬼になってるんだ。妹だっていうことは信じてる。いや、信じたいんだ。でも、今の妹達の様子を見てると心の底からはどうしても信じたいって感じじゃなくなるんだ」

「もしかしてケンカの原因って、それが関わってたりするの?」

 オレは黙ってうなずく。そして杜若の部屋の中で、いないはずの妹たちを思い出しては恐れて縮こまり、頭をどこかにうずめたくなった。

 そんなオレの頭にポンと、杜若は手をのせてナデナデしてきた。

「……ねえ、改発。良かった私に聞かせてよ、その話。私も妹だから……いや、妹だったら信じられないってことなんだろうけど、私は絶対味方になるから、相談してみてよ。喋るだけ喋ってよ。……改発のそんな困った顔は幼馴染としても見たくないよ」

 幼馴染として……そうだ。

 杜若は他の妹達と違って、会ってから数ヶ月とかじゃなくて、もう十年以上にもなるんだ。会話の数はだんだんと減ってきたし、遊ぶことも少なくなってきたけど、それでも色々と一緒な時はあったじゃないか。

 何を信じることが出来るか、明らかじゃないか。

「……うん、わかった。幼馴染だしな。でもまだ全容は把握出来てないし、何が嘘で何が本当かわからないから何とも言えない感じなんだけど、妹たちはこういうこと言ってたんだ――」

 それからオレは、今までオレと妹たちの間に起きた出来事を、全部包み隠さず話した。

 人には絶対言えない恥ずかしい風呂や布団での出来事も全部話し、何でオレの妹になったかの理由も話した。それと、嘘をつかれたことや今日オレが素子と明によって何されようとしたのかも……とにかく全部話した。

「驚いた……変態だと思ってたけど、人の道を踏み誤ることまではしたくなかったんだね」

「あ、当たり前だろ! 妹っていうのは、愛でてなんぼだけど、兄妹には守るべきものがあるからな。ロリコンみたいな発想と同じにして欲しくないね」

「ふふっ。でもこれで何をやるべきかわかったんじゃないかな?」

「色々喋って気は楽になったけど、状況は不透明なまま、何も変わってないんだぞ?」

「今さっき、改発自身が言ったじゃん」

「なんて?」

「『妹っていうのは愛でてなんぼだし、兄妹には守るべきものがある』って。それが答えなんじゃないかな?」

「あっ……」

 そうか……そういうことだったんだ。

 妹たちには騙されてた。散々な目にもあった。怖いとさえ思ってしまった。

でも、だからといって妹たちを嫌いにはなれない。やっぱり愛でたいとも思うし、これまで通り一緒に生活していきたいとも思ってしまう。

 ……オレは何てったって、兄だからな。

 じゃあ兄としてやるべきことを、やるのがベストなのかもしれない。

 一つは怒ること。

 逃げてばかりじゃなく、注意したい所は注意する。

 もう一つは信頼すること。

 今までのアプローチがどうのこうのより、素のみんなを信頼する。

 それが今、オレが出来ることなんだと思う。

 随分遠回りした割には簡単な答えに辿りついたけど、これが一番なんだと思う。

「ありがとう、杜若。……オレ、家に戻ろうと思う」

「うん。頑張ってきてね、お兄ちゃん」

 初めてモノマネではない『お兄ちゃん』を、杜若の口から聞いた気がする。

 オレは「おう」とだけ答えて、杜若の家から出て行った。

 

 靴下は穴が開いたり、ドロがついたりとボロボロだったので脱ぎ捨てた。オレは裸足になって自分の家までノンストップで走った。

 家の前まで来る。

 何の声も聞こえない。その静けさが異様な雰囲気を漂わせていた。

 だけど、臆することない。オレは玄関扉の取っ手を握った。

 オレは兄で、お兄ちゃんで、兄貴で、兄さんで、お兄様だ。

 助けなくちゃならない妹がいたら助けるし、おフザけがすぎる妹がいれば叱る。

 それが出来なくて何が兄だ。

 逃げちゃダメなんだ。

 そうしてオレは玄関扉を開け、汚い素足のまま居間の方へと向かった。

 まずは真夜を助けなきゃいけない。

 そして、明も茜も素子も説教だ。何が計画だか知らないけど今後一切、そういうことをしちゃいけないっていう、当然のことを教えないと。

 そしてオレの甘えがあったことも詫びよう。

 そして隠していることは全部言ってもらおう。

 そこからが、オレと妹たちの本当の兄妹の絆、形成だ!

 そう思いながら、オレは居間の扉を開けた。

 そこには真夜と茜と明と素子、四人の妹が全員が揃っていた。部屋が少し散らかって争った形跡は見られるものの、今はみんな大人しくソファーなり椅子なり座ってくつろいでいる。

 いやパッと見ると、くつろいでいるように見えて、その顔は疲労感マックスの表情を漂わせている。とりあえず、何かがあったことは間違いない。

「た、ただいま!」

「おお、無事帰ってきたか」

「……え?」

 答えたのは妹たちではなかった。

 一瞬だれかと思い、居間の中を見渡した。

 そしてその声の主を見つけた。

 髭が生えていて、少し痩せこけて、身なりも整ってはいない大人の男性が一人。

 パッと見るだけじゃ誰だかわからない格好をしているのに、オレは勘にも頼る形ですぐに理解することが出来た。


「父さん……!」


 オレは驚きあとずさって、居間から出てしまいそうになった。

 今まで二カ月ぐらい音沙汰がなかったのに急に帰宅していることにも驚いたし、何よりまるで未開の地へ冒険しにいった冒険家のようだ。

「おいおい、何もそのリアクションは驚きすぎだろう。まあ、今回はさすがに家を留守にしすぎたなと思ったけど、私と母さん側からも計画の阻止をしようと思って手間取った。ただ、計画を阻止出来たのは龍太の行動があってこそなんだけどな」

 父さんが何を言っているのかが理解出来なかった。

 しかし、『計画』という言葉は聞き覚えがある。

「父さん……計画って何なんだ? それとオレが計画を阻止したって、オレはたださっきまで情けなく逃げていただけなんだぞ?」

「その逃げたこと自体が、計画の阻止に繋がったんだ」

「ごめん、全くわからないんだけど」

「龍太。これはな、お前が妹萌えであることを前提とした計画だったんだよ。そんな龍太が妹たちの前から逃亡してしまった。その瞬間、この計画の前提が崩れ去り、元々破綻しかかった計画も遂に終わりを迎えたということなんだ。だからもう、彼女たちが妹を演じる必要性も、そしてお前が妹と生活する必要もなくなったということだ」

 なんだって?

 妹達が妹じゃないって言うのか、父さんは。

 冗談じゃない。

 オレはじゃあ……何のためにここへ。


 S3計画。

 父さんは今回のことをすべて話してくれた。その計画名がこれだと言う。

 正式名称は『Sister Society Simulation』。訳すと、「妹社会シミュレーション」。頭文字になっている三つのSから、『S3計画』という呼び名になったそうだ。

 この計画はその言葉が示す通り、妹のいる社会、つまり家庭を再現する所から始まった。それは茜と明、彼女達と出会う所からスタートしていて、オレはこの再現に三ヶ月以上もの期間、付き合わされ騙されることとなった。

 彼女達がなぜ妹を演じてきたのか。

 そしてそもそもなぜ、こんなバカバカしい計画が出来あがったのか。


 この計画自体はオレのサンプルを巡っての壮大すぎる計画だった。

 サンプルというのは、オレに関わる部分。血液、唾液、爪、皮膚、毛など、様々なオレを構成する一部を集めて回収するという作業を行っていた。その現場となったのがオレの家で、現場作業員は妹と偽って家に押し入ってきた彼女達。サンプル回収の際は人道的配慮を考えながら集めていたそうだが、最後の最後でアレを巡って人道的とは思えない無茶苦茶なことになった。

 オレのサンプルなんて必死に回収して何になるんだとすごく思ったけど、それには両親の経歴が関係していた。父さんも母さんも、生物学では権威と呼ばれるほどすごい研究を重ねていて、いずれはノーベル賞を取るだろうとまで言われている。

 そんな両親から生まれたサラブレッド。そんなオレは父さん達のような天才にはなれないと思っていたが、周りの人間はオレを逐一観察して「天才になる」と思い込んだらしい。ここが計画の原点であり、オレのサンプルの研究へと繋がるきっかけとなった。

 そのために裏で色々な金と人間が動き回っていたという出来事が世界を跨いで起こっていたらしい。某国大統領もこれに参画しているとか、してないとか。日本から出たことないオレからしてみれば、全く想像が出来ない話でそれを知った時は冷や汗が止まらなかった。

 ただここまで来ると、彼女たちが必死になるのも無理はないなと、彼女達の立場を考えると少しだけ納得出来るような気がした。事実、逆にオレの両親は、茜と明を紹介してきた時、計画の大きさから逆らえなかった。そして逆らった結果、家に帰れなくなったという事情が生まれた。そこの話は詳しくは聞いてないが、聞いて気持ちの良い物ではないだろうということは、父さんの汚れた風貌から察しはついた。ついでに度々届いたファックスは母さんを模して書かれただけで、計画に参画する誰かの文章でしかなかった。内情を知りすぎているのはこのためだった。

 そしてこんな壮大な計画で、オレの前にやってきたのはオレの妹と名乗る彼女達だった。

 なぜ妹だったのか……これは聞いてて呆れたというか、恥ずかしくさえなった。

 まず彼女達が妹として近づいて来た理由は、オレに一番近づける人物になるには家族に属することが良いのではないかと考えられたらしい。

 しかしながらそれと同時に計画を練っていた人々の頭の中では、オレが大の妹好きだという情報から、理想の妹を実際に送り込むと計画がスムーズにいくのではないかと考えられたそうだ。クラスだけと一部学校中に広まった事実と思いきや、オレの妹好きは家族を含め、そしてオレもあったことがない某国大統領を含めた計画参画者たちは全員知っていた。もちろんそれには妹達も当然含まれている。

 さすがにこれを聞いた時は死ぬほど恥ずかしかった。そして腹も立った。

 オレは妹好きだが、何も変な関係を求めている訳じゃなく、ただ純粋に愛でたいというだけだ。大人の私利私欲のものさしで測れるようなシロモノじゃない。断言する。

 そして家へやって来た彼女達はオレの理想の妹を演じ、オレに近づき色仕掛け込みのサンプルを集め出したのである。妹達がじょじょに増えていったのは、サンプルの回収の遅さによる計画遅延を考慮した結果だったそうだ。素子が最初から強引だったのも、そのせいかもしれない。

 ちなみにそんなサンプルはどこへ集められていたのか。

 これに関してオレは「まあ、郵送したんじゃないのかな。嫌な話だけど」と思っていたが、そうではなく全て茜たちの部屋に保存されていた。

 一度も入ったことがなく、勝手に女の子らしい部屋が構築されているんじゃないかと思っていた。しかし実際はそんなことはなかった。

 まるでテレビで見る科学実験場のミニチュア版のような感じで狭い部屋の四隅の所々に、専用の保冷庫が置かれていた。そして保冷庫や壁など、至る所に大量のメモが貼られていた。そこのメモ書きには採取した日付とオレの名前と採取した部位と採取した人間の名前。それらが丁寧に記載されていた。

 その数は一目見るだけじゃとても数え切れないけど、百は優に超えていると思う。

 明が部屋を見られたくないと、オレが空き部屋に隠れている時に言っていた理由は、こういうことだったのかと今更知った。

 ちなみにそこには、茜、明、真夜の三人の採取者の名前が記載されていた。


 これが、父さんから聞かされてたS3計画の全貌だった。

 SFでもホラーでも歯車が変に狂った訳もなく、ただただ最初から最後まで計画だった。

 ムダに壮大すぎて、馬鹿馬鹿しい計画。

 こんなものにオレは三ヶ月以上も振り回された。そして、その計画が終わると同時にオレの決意がふいにされた。

 妹たちを怒ることも、信頼することも、絆を再構築することも全て。

 へへっと力が抜けて笑いがこみ上げ、もう全てのことがどうでもいいやと思った。

 妹がどうとか、もう二度と考えたくもない。

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