第四章:混沌へようこそ!(その2)
恋人。
最近、どこかで聞いたことのある響きだ。
いやそんなことより、最近大人しかった妹たちの積極性が妙な所で突然開花してしまったように感じるぞ。
原因は皆目見当がつかない。
また何か変な本でも読んでしまったか?
「えー……っと、恋人? いや、それは無理なんじゃないかなあ……だってオレたちって兄妹だからさ」
「兄妹だからダメなのっ!?」
ものすごい剣幕でこちらに近寄る茜。
どうしちゃったんだ、茜。いつものお前らしくないぞ。
「うん……ダメ。というか、兄としてそういうのに乗り気になれるかっていうと、ないんだよな」
オレの言葉を聞いて茜はガックリして、俯き言葉を失った。
しかしオレは正直に言うと、本当は少しドキっとトキめいてしまっていた。
でもそれは兄妹間の恋愛が、禁断の愛だっていうことをわかっている。
そんなことは自分の中で何度も言い聞かせている。当たり前のことだ。
理性を働かせなければいけない。
しかしオレは自分のそんな心よりも先に、
「茜はその……なんで兄妹の仲じゃなくて、オレを恋人として見たいんだ?」
と、疑問が湧いてきた。
当然だ。オレから言うのならわかるが、妹からってどういうことなんだ?
その疑問を聞いた茜は顔を上げ、落ち込んでいるさっきとはうって変わって、堂々たる面持ちで語り始めた。
「ああ……お兄ちゃんは気付いてなかったんだね。あの日、会った時からずっと私、お兄ちゃんのことが大好きだったっていうこと」
「え……一体、それはどういうことなんだ、茜?」
「いや、ただケーキの欠片を取ってもらった時ワザと唇と指を接触させたり、唇とのキスだってコケた私から故意に行ったり、それにお風呂の時なんて大胆な感じにタオルを巻いてみたり、それをはずしてみせたり……寝てる時なんて、私、お兄ちゃんに対して色々としちゃうんじゃないかって私自身が怖かったんだよ。でも私はちゃんと我慢してきた。お兄ちゃんに愛されるまで……お兄ちゃんから動いてくれるのを待とうかなって。
でも、妹のままじゃいつまで経っても関係が変わらないって気付いたの。だから、恋人になったら愛してくれるかなって思ったんだ」
何か言いたかった。
言わないとそのまま吐きそうになるぐらい、気持ち悪いことを聞いた感じだ。
でもどの言葉も衝撃的で、二の句が継げなかった。
茜は少し常識はずれな所があるという訳じゃなくて、常識を持ち合わせていながら、ワザと常識はずれを装っていたということになるのか?
愛されたかった、つまりは、まだ愛されていると感じていなかったということなのか?
だったらオレの兄妹の絆っていうやつは一体何だったんだ?
……騙されてた?
「あれ、お兄ちゃんどうしたの? 急に黙り込んじゃって。もしかして恋人になろうって考えてくれてるの?」
顔を近づけ、オレの様子をうかがおうとする茜。
「いや……恋人にはならない。そういうのは、禁断の愛ってやつなんだ。兄と妹が恋に落ちちゃいけないんだ!」
「でも私が読んだ本の中では、昔の神様たちは兄妹で愛し合っていたとか、宗教なんかでも兄妹で愛し合うこと聖職者として徳が高いっていう言葉もあったよ?」
「知るかっ! 神様も聖職者も知らねぇ! オレはオレだ!」
「――じゃあなんで、妹のことを好き好き大好き超愛してるなんて言ったのかな?」
その時、オレは茜の顔を制止させようとする手を止めかけた。
「い……言ってねえよ、そういうことは」
でも、オレは茜たちの前では――いいや、それどころか妹が出来てからそれらの発言を控えているはずだぞ?
何故、バレている?
「でもお兄ちゃん。あんなに妹萌え本持ってたら、妹が大好きって一発でわかっちゃうよ?」
……あの大掃除の時の薄い本。アレを普通の本として読んでくれてた訳ではやっぱりなかったのか。そして咎めなかった理由も、そういうことか。
「それにね。私はお兄ちゃんが、私たちのお兄ちゃんになる前まで、ずっと妹が大好きってクラスの中で公言していたことだって知っていたんだよ。何を発言していたかだって、聞いたことあったんだ。全部、風の噂程度だったんだけど、色々とね」
そんなことまで茜に筒抜けだったとは。
今まで「好きだから何が悪い」と色々と言ってきたツケなのかもしれない。
てかこれ誰が広てるのかよ、クソ。
オレは落ち込みまくって、もう誰とも顔を合したくない思いで一杯になり、地面に視線を落とした。
「ねえ、お兄ちゃん。やっぱり恋人になろうよ。そしたら全部、綺麗さっぱりすっきりするよ。公認のカップルっていうことになれば、堂々と……ほら、あそこの人みたいに。ああいったことが、妹としたかったんでしょ?」
そう茜が指をさす先には、白昼堂々イチャつくカップルが見えた。
屋上とはいえオレたちを含めた色々な人がいる中、堂々と互いの唇を重ねる。そこから互いの舌が絡み合い、お互いの何から何まで色々と交わる。
俗に言われるリア充。リアルが充実している奴ら。
羨ましい気持ちはある。
そしてやりたかったことかもしれない。
……でも。
「やっぱり無理だ、そんなの。オレは妹にそこまで求めちゃいない。それに、恋人同士になった所で、それを誰が公認するんだよっ!」
オレはそう言って、シートから立ち上がってその場から走り去った。
後ろから「待ってよ、お兄ちゃん!」という茜の声が聞こえてきたけど、振り返ろうとはしなかった。
オレは茜から離れたいがために走り続けた。
頭がもうごっちゃになって、オレはどうしたらいいのか、わからなくなっていた。
人の趣向が予想以上の範囲に広まってバレていたこともショックだったし、本物の妹と禁断の愛なんて考えたくもなかった。
でも一番ショックだったのは、茜がオレを騙していたことだ。
実は常識的な考えもちゃんと持っていたのだと考えれば前向きにはなれるし、あれだけ都合が良いのにひょいと騙されたオレがバカだと考えればオレの責任になる。
でも、嘘をついていたことが何よりも一番酷いことなんだ。
それを平気で三ヶ月も続けていたことに、オレは怒るどころか悲しみさえ感じた。
今、オレは色々な感情に押しつぶされそうになって、涙が出そうになっていると思う。
これが狂っていた歯車の正体なのか?
こんな状態で教室には戻りたくないし、また茜に見つかったら今は何て言葉を交わしたらいいのかわからない。
そう思って無我夢中に走って教室を通りすぎ階段を下りていくと、いつの間にか一階にオレはいて、校舎の正面玄関の所まで来ていた。
――一人で考えられる場所が欲しい。
そう何となく思ったオレは校舎から出て、屋上以上に人気のない林が植えてある所まで来た。
そうだ、ここで一休みしてしまおう。授業なんて今は何かどうでもいい。
今は頭を整理させることに集中しないと。
林の中で座りやすそうな場所を見つけ、とりあえずしゃがみ込んで、心を落ち着かせる。
走ってきて息が荒くなっていることにも、やっと気付けた。それぐらい動揺していたのか、オレ。
とりあえず、深呼吸を――。
「あ、兄貴じゃん。こんな所でどうしたの?」
「えっ、あ、明!?」
明の登場はオレに深呼吸をする間を与えてくれなかった。
林の中に入った時や、しゃがんだ時には全然わからなかったけど、明は太い木の枝に登っていた。そして、オレの頭上にいる。
見上げれば明の白いパンツが見えてしまう見事な位置にオレは今、座っている。
「明、制服が汚れるからそこから降りてこい」
「はーい」
パンツのことにはあえて触れない。
素直に聞いてくれたのか、ひょいと枝からオレの目の前へと綺麗に着地した。
「ここはあたしのお昼寝場所だったりするんだけど、そんな所に何か用?」
そう、オレは今、逃げ出した所だった。
妹の恋人になりたい宣言から逃げ出したんだ。
誰かに話を聞いて欲しい一心もある。
「明、聞いてくれ。実はさっき茜と喋ってたんだが、その時、茜が……」
「茜が……どうしかしたの?」
家庭の問題は家庭の中で解決しておきたかった。
ならばこの際だから、明に全部喋って相談に乗ってもらおうと思った。
しかしこれにも奇妙な違和感をオレは覚えた。
明も茜と行動を共にしてきて、同じような態度をオレに対して振る舞ってきていた。
だとすれば、明もオレの恋人になりたいと思っているんじゃないだろうか?
……いや、それは考えすぎだ。
同時多発的、妹の恋人宣言。
フィクションでも、そんなのありえねえよ!
なら、心配する必要なんてないか。
「いや、茜がついさっきな……なんか、オレに告白してきたんだ。恋人になってくれって。その時の茜の様子がすげー変というか、いつもと違ってて、なんか急にオレ怖くなって逃げ出してしまったんだ。そして今、ここに隠れに来たんだ。明は何か、茜の様子の変化したことについて、何か思い当たる節とかないか?」
そう明に相談を持ち込む。
しかしそれを聞いた明は、顔をゆでダコのように真っ赤にして、ワナワナと震え、今にも叫び出さんという顔つきになった。
「どうしたんだ、明?」
「あ……茜に先を越された」
「……え? どういうこと?」
「茜に対してもそうだけど、兄貴って本当に鈍感なんだね」
フフっと薄ら笑いを浮かべる明。
その瞬間ハッと、オレはある一つの解答を導き出した。とても恐ろしい解答を。
「もしかして、明……まさかお前も?」
「そうだよ。あたしも兄貴を恋人として見たいと会ってからずっと思っていたんだ。あたしだって片付けの最中に胸を見せたり、茜よりも先に風呂場でバスタオルを取ってみたりね。今さっきだって、あたしのパンツを兄貴は見たでしょ。
興奮した?
でもやっぱり茜の方が行動というか、アプローチは早いなあ。あたし、見習わなきゃ」
一瞬、フラッと気を失いそうになった。
悪い予感ほど、的中してしまうものなのか。
「……じゃあ聞くけど、オレの癖だとか明たちがやってくる前の言葉とかも知ってたりするのか?」
「もちろんだよ、兄貴。でも先に兄貴を取られたくないから、あたしは一言もその話を茜にしたことはないけどね。聞いちゃったら、俄然やる気が出るんじゃないかって……まあ結局、先を越された訳なんだけどさ。あ、でもまだ恋人同士になった訳じゃないんだったら、先を越されてはいないんだよね?」
「そうだけど……ただ、これは茜にも言ったことだけど、オレは妹とそういう気になるつもりは全然ないからな。妹は妹だ。家族として接するし、愛することもする。でも、それだけだ」
そう言ってオレはその場を去ろうとした。
何だか考えすぎて疲れたっていうのもある。
それにこれは最早、どこか妹達の歯車が狂っていることも確かだと思った。
その狂った部分がどこかは今はわからない。
「どこへ行くのさ、兄貴」
オレの腕を力強く、明は跡が残るぐらいの強さで握りしめ、その場に留まらせた。
「いや、そろそろ昼休みも終わりかなって思ってさ」
「わざわざこんな所まで来て授業を気にするなんて、少し矛盾を感じるよ?」
「いや、そんなに遠くないだろ、ここ……って、何をするんだ!?」
オレが喋ってる最中に、明はオレを押し倒して上に乗っかってきた。
「あたしがここで兄貴との既成事実を作っちゃえば、あたしは茜より先を越すことが出来るんだよね」
不敵な笑みを浮かべた明は服にかけてあるリボンを解き、ボタンを一つずつはずしはじめた。
「ねえ、兄貴が望んでいることって、結局こういうことだったんでしょ? あたし達が来た時からずっと我慢してきたことっていうのはさ」
「ちっ……違う。オレはそんなことは望んでない……!」
オレは必要以上ともいえる力で、明を押しのけた。
「きゃっ!?」
活発そうな明とはいえ、さすがに年齢差のある男と力で勝負して勝てるはずがない。
押しすぎてケガしてないかどうかを確認する。
ただコケているだけで、大丈夫そうだ。
「ゴメン。だけどそういうの、オレは本当に望んじゃいないんだ!」
去り際にそう言って、明に追いつかれる前にすぐその場から立ち去った。
やっぱり話さなければよかった。
何も話さなければ、こんな事態には陥らなかったはずだ。
それに、これからオレは家の中でどうすればいいんだ。
というか、オレは次に何をすればいい?
その時、丁度チャイムが鳴った。
とりあえず教室に戻って、今後のことは授業中に考えてみよう。
今はそれしか方法がない気がする。
授業中には色々と考えてみたけど、やっぱり頭の整理は追いつかない。
どうして同時多発的に恋人宣言なんてしてきたんだろうというのもあるし、これからどう家で平然と暮らせばいいのかわからないこともある。
部屋に鍵をかけるといっても、部屋の鍵なんて頑張らなくても簡単に開く。明のように、押し倒してくる状況が何度も続けば、オレの心が折れてしまうかもしれない。
これもまたフィクションでよくあることだと思うけど、女の子しかも妹に色々されてしまう男ってなんだか情けない。
そして見事なぐらい、何も思いつく気配がない。
何もわからないことだらけで、放課後まで時は無常にも進んでしまった。
いや、今わかっていることは一つだけある。
それはオレが今から、掃除をしなくちゃいけないってことだけだ。
「はい、箒はこれ」
そう言って杜若はオレの席までわざわざ来て、箒を渡してくれた。
「あ、ありがとう……わざわざ持ってきてくれて」
「だって、またサボるかもしれないでしょ? 何だか今日はぼ~っとしてるみたいだし」
「ああ、そうだな……サボってもおかしくないぐらい、ぼ~っとは確かにしてるなあ」
「……改発、今日は何か変よ? ホントに。熱でもあるんじゃない?」
そう言って杜若はピトっとオレの額に手を当ててきた。
そして、杜若は自分の額にも手を当てる。
「……熱はないみたいね」
「いや、そりゃ風邪気味じゃなくて、ただ考え事してただけだからなあ」
「考え事って、なに? もしかしてまだ転校生とか妹のことについて考えてるの……?」
少し心配そうな目で杜若はオレを見てきた。
転校生……それも大事ではあるけど、今はそれよりもっと一大事なことが眼前にそびえたっている。
「いや、転校生のことより、妹のことでちょっとね」
「……それって私が聞いても大丈夫な系?」
「家庭のことだから、あんまり……なんか、ゴメンな」
「……ううん、気にしないで。それでも、掃除は絶対サボらないように」
そう言って杜若は自分が掃除監督役としての教室以外の持ち場へ行こうとしていた。
だけど、途中で踵を返してオレの方を見た。
「そういえばさ。ずっと前に私が……理想の妹を演じてみせたことって覚えてる?」
全部忘れろと言われたことじゃないか。
しかし、逆に強烈に残ってしまっている記憶の一つだ。一回だけ夢にまで出たしな。
「ああ、覚えるぞ。杜若、結局アレは一体何だったんだ?」
「あー……うん、アレはね……えーっと、ここじゃ喋りづらいから、また今度言うね!」
そう言って、杜若はそそくさと今度こそ持ち場に行った。
なんだよ……結局引っ張んのかよ。
……ホント、杜若の『妹のモノマネ』は一体何だったんだろうな。
でも、妙に親近感が湧いたというか、懐かしい感じがしたのは事実なんだよなあ。
しかしながら、杜若にどのような親近感を湧こうが掃除が厳しいことは変わりないので、掃除を一生懸命やらなくてはいけないと感じたオレは、今日一緒に掃除をするメンバーの顔をチラッと見た。
いつも個別で取り残されてしまうけど、頼みやすいやつがいれば、そいつと共同で掃除をしてしまえば早く済むのだ。
もっともいつも個別になるのは、トベ以外親しい人間がいないからだが……。
そう思って今回も何も期待せずに共同で掃除をやってくれそうな人物を探すと、掃除メンバーの一人になんと真夜がいた。
一瞬だけオレはラッキーと思った。真夜なら快く協力してくれそうだ。
しかしそれと同時に、オレの脳裏には茜と明の二人の顔が浮かび上がった。
オレの恋人になりたいと言った、そういう顔つきの妹達。
……そうだ。
真夜もオレの妹なのだから、もしかしたら恋人になりたいとか考えている可能性もあるかもしれない。
ご都合主義も良い所だけど、どこか歯車が狂っちゃってるんだ。
でも、何とかしてこの掃除中に確かめたい。
それに確かめなかったとしても茜のように、あっちから近づいてくる可能性はある。
そしてもし恋人宣言とか考えていなければ、オレはやっと相談相手を見つけることが出来るかもしれない。
正直、色々なやつに相談したい所なんだけど、両親は相変わらず帰ってきてない。トベや杜若を家庭の問題に巻き込むのはちょっと気がひける。
まあどちらにせよ、オレには話かける選択肢しかなさそうだ。
「おい、真夜。一緒に掃除すれば早く済むと思うし、ここは一緒に掃除しようぜ」
「う、うん、わかった。兄さんがそう言うなら、私も一緒に掃除しよう。この教室一帯を掃き掃除……ということ、だな」
何だかぎこちない返答。
見間違いだといいが、何だか妙に真夜の顔が赤くなっているような気もする。
まさか恋人宣言をする前兆か?
そう思ってオレは掃除をしていた。
しかし掃除は進展するものの、一向に気になる部分は進展を見せなかった。
もしかしたらオレの意識しすぎだったか。
そしてオレの掃除が遅いせいで、教室内の人間は真夜とオレの二人だけとなる。
杜若が監督しに教室へ戻ってくる可能性はあるけど、これは確認するチャンスだ。
家に帰ったら茜や明がどう来るか今はわからないから、ここで確認するしかないんだ。
「あのさ、真夜。聞いて欲しいことがあるんだ。茜と明について」
「あの二人がどうかしたのか? というより喋る暇があるなら、さっさと手を動かせ。掃除遅すぎるだろう」
「いや、掃除より重要なことなんだ。そして家では喋れないから今聞いて欲しいんだ」
真夜はオレの言葉の意味を汲んでくれたのか、ピタッと掃除の手を止める。
「……わかった、で、なんだ?」
「茜と明、二人がオレに対して告白してきたんだ。恋人になって欲しいって。で、真夜……お前にも一応聞いておきたいんだけど、お前もオレの恋人になりたいっていう願望があったりするのか? ……まさかそんな都合の良いことがあるはずないよな?」
そうオレが言った瞬間、真夜は完全に黙ってしまった。
下を向いて、オレに表情が絶対見えないようにする真夜。
まさか、地雷を踏んでしまったのか。
「そうなのか、茜たちが……な」
そう真夜が言ってから、妙に長い沈黙の時間ができ、しばらくして真夜は口を開いた。
「……ずっと前、私と兄さんが一緒に寝た時の私の会話、覚えているか?」
うーんと考え込むが、全然思い出せない。
「なら言うぞ。あの時、私は『もし私が妹でなかったら、私と風呂に入ったり、一緒に寝たりすることはなかったのか』と聞いたんだ。その後に、続けて私は『恋人となら、堂々と風呂に入るのか?』と聞いた。あの時はこれ以上聞くことはなかったが、この会話は続けようと思っていたんだ」
「まさか……」
「そう、あの夜、私は告白しようと思っていたんだ。兄さんにな」
真夜よ、お前もなのか……。
「……それじゃあ、真夜もあれでアプローチかけていたって言うのかよ。茜や明と同じように、嘘でぬりかためて!」
だんだんと怒りを抑えきれない感じになってきていて、オレは手の震えが止まらなくなってきた。
「そうだが兄さん、誤解はしないでくれ。私は茜や明とは違うんだ。それに茜たちのアプローチの件は知らない!」
「でも、オレをみんなで騙していた! それのどこが違うって言うんだよ!!」
「私はもう……今は恋人になりたいなんて思ってないんだ。兄さんは兄さんでいて欲しいって、心の奥底からそう思っているんだ」
何故だかわからない。けど、真夜の瞳には一杯の水滴が溜まって、その一部が床へボタッと音を立てて落ちていった。
「お、おい。どうしたんだよ、真夜。急に怒鳴ったりして悪かったけど、泣くなくなんて……らしくないじゃないか」
「泣いてなんかない! それに私らしさって……私らしさを兄さんは見たことがあるのか!?」
怒った真夜は、床に箒を強く叩きつけた。
バシンと箒と床のぶつかる音が、虚しく響いた。
「物は……大切にしろよ。それに、真夜らしさをオレが見たことがないって、オレはいつも一緒にいて少し恥ずかしがり屋な所だったり、甘えてくる所だったり、真夜のそういう部分は見てきたつもりだけど、それが真夜らしさじゃなかったのか?」
「茜にも明にも言われただろうし、さっき兄さん自身も言ったじゃないか。それら全てがアプローチだと。兄さんを兄妹の絆だけにとどめず、恋人として関係を築くための演技だって」
「……アプローチはワザとだったっていうのはわかったよ。寂しいことだけど、今までの生活が全部、虚構に過ぎないっていうのはショックで頭がゴチャゴチャなるよ。でも、その次の恋人宣言が同時に起きているっていうのはもっとわからないんだ。真夜、オレは今、相談出来る相手が一人もいない。学校の誰も家庭の話に巻き込みたくないと思っているのと、茜と明が怖い。でも真夜はオレはオレでいて欲しいと思っているんだったら……相談に乗ってくれないか? 頼む」
オレは箒を手放して、真夜の両手をギュッと両手でつかんだ。
今、オレが出来る精一杯の懇願の気持ちを両手に集める。
「や……兄さん、やめてくれ。何だかそういう態度取られると、また……好きになってしまうじゃないか」
「……え?」
「いやだから、相談に乗ってやると言っているのだ。家の中でも、学校でも、どこでも。わかったな!?」
「あ……ああ。うん、ありがとう! 本当にありがとう!」
真夜はやっぱり良い妹だ。まさに地獄に仏と感じてしまった。
でも茜も明も、屈折してはいるけど、その恋心というのもまた純真なものだと思う。いや、そう思いたい。そう考えると彼女達は全然、地獄の鬼であるはずないんだ。
「で、相談というのは……やはり、茜と明の心境変化についてか? それともファックスの件か?」
「ファックスというか新しい妹については、さっさと部屋を開けるしかないってことを茜に言われたから、それでいいんだ」
そして妹達を拒むことは、今の妹達を否定することに繋がりそうでイヤなんだ。
「……それよりオレは恋人宣言をやってきたタイミングが同時だったのも気になるし、茜と明とどうこれから暮らせばいいのかが、わからないんだ」
「そういうことか……そうだな」
そう真夜は言うと、一端言葉を発するのを辞め、そして辺りを見渡す。
「どうしたんだ、真夜」
「いや……茜たちに聞かれたらあんまり良くないなと思って」
そういえば、あれだけ執拗に追いかけていた茜たちは放課後の掃除時には一切顔を出さない。
普通に帰宅したと信じたい所だ。
そして茜たちがいないと判断した真夜は、真夜は話を再開した。
「……茜と明は常に一緒にいたんだ。何というか、同じ男性を好きになっても個人的には不思議でないと考える。アプローチや告白時期も、ずっと会話していればおのずとわかってくる物だったんじゃないかな。ただ、その相手が自分の兄というのは、不思議ではあるが……」
「待て待て、それじゃあ真夜も不思議ってことになってしまわないか……?」
「う……うるさい。私はもう恋心を持っていないし、時期も全然違うからからいいだろ!なかったことと同じだ」
真夜は照れて、オレは少しばかり呆れた顔をした。
「とにかく、兄さんがやることは一つだと思う。茜や明を極端に避けて、告白をフリ続けること。そしてその熱が冷めるまで、それをひたすら続けていくこと」
「待てよ。それじゃあ茜と明が少しカワイそうだろ」
「……じゃあ色々とされてもいいのか?」
そう言われてうっとなった。
今日の昼の明を思い出すとぞくっと背筋が凍りそうになる。
確かに、背に腹は変えられないというか現実問題、真夜の言う対処法しかない。
「わかった、じゃあそうしてみるけど……真夜のことは、本当に信じていいんだな?」
オレから頼んでおいたことなので、念を押しただけのつもりだったが、なぜか真夜は悩む素振りを見せた。
だけどすぐ、
「うん」
と弱々しいが言い返してくれた。
ありがたいけど、きっと妹について真夜も内心、驚きを隠せてないんだ。
そう色々と考えていると、
「こらあんた達、兄妹揃って掃除サボってるんじゃないでしょうね!?」
教室の扉が開いたのと同時に、杜若の大声が教室内に響いた。
「いやだな、杜若。オレたちは全然サボってないって」
「いえ、ずっと喋っていました。すみません」
律儀な真夜ならではの答えだけど、そこは嘘をついてもいいんだよ?
というか、嘘をついたオレが一番ダメ人間みたいじゃないか。
いや、そうかもしれないけど。
そうしてオレは掃除の協力体制が嘘によって解かれ一人虚しく、そして二人の女の子に見守られ……いや、監視されながら掃除を終えた。
杜若は掃除が完了したことを職員室に報告しに行く。
オレと真夜は帰宅準備をさっさと済ませ、一緒に教室から出て家路についた。
「いやあ、真夜に相談してすごくすっきりしたわ」
オレは少し気分が晴れたので、うんと背伸びをしてみる。
「だが兄さん。これは現状から逃れるだけの策であって、現状に変化が出れば、何か違う策をまた練らなければならない。そう考えたら大変なことだぞ」
「それまでに、すぐ諦めてくれればいいんだけどな……」
ただ、そう簡単に解決しないだろう。
彼女たちの大胆なアプローチ期間は、会ってすぐから三ヶ月以上にも及んでいたんだ。
それを簡単に辞めるとは思えない。
恋する乙女は何とやら。
だけど待てよ。確かアプローチしながら諦めた人物がいるじゃないか。その例を参考にしていけば、もっと効率良くことが運ぶんじゃないだろうか。
それは少し名案だなんて思ったオレは、真夜に一つ聞いてみようと思った。
真夜が何で、オレに対して告白をしなくなったのかを。
「なあ、真夜。一つ聞いてみてもいいか?」
「いや、ダメだ。私もお前に聞いてみたいことがある。あれを見てくれ」
オレの質問を即答で拒否し立ち止まる真夜。そして先へ行こうとするオレを、服の襟をつかんで止める。
そんな真夜は、真正面を指さしていた。
「何だよ、ダメって……それで、真っ直ぐ行った所にに何があるんだ?」
オレは目を凝らして、ずっと先の方を見据えてみた。
電柱、壁、ダンボール、草などなど……。
「なんだ、いつもと変わらないじゃん」
「兄さんの眼は節穴か!? ダンボールをよく見てくれ」
「ん~……?」
ダンボールを注視してみる。
……確かに、何かいそうな感じだ。ひょこひょこと動いている。
「たぶんアレは捨て猫だな……ここからじゃよくわからないが」
「……家ではペットを飼っていいのか?」
「いや、飼えないことないと思うけど育てるのは難しいと思うぞ……って、もしかして真夜、猫が好きなのか? そして飼うつもりなのか?」
そう真夜に言ったつもりだったが、真夜はオレの意見なんて聞かずもうダンボールの方までひとっ走りしていった。
そしてダンボールの中の猫を抱きかかえ――なかった。
不思議に思ったオレは、真夜と猫入りダンボールの前まで来てみた。
するとそのダンボールには、「ひろってくだちい、龍太お兄様」と名指しで、大きく汚い文字が書かれていた。
そんなダンボールの中には、灰色でそしてツヤのある髪をしていて、そんな髪がツインテール状になっている小柄な女の子がすっぽりと収まっていた。茜たちよりも幼そうなくりんとした大きく青い瞳がオレを見つめてきた。
もしかしてオレたちが猫と見間違えたのは――。
「私は龍太お兄様の妹、基水素子と言います。これからお兄様たちの家でお世話になると思いますので、よろしくお願いいたします」
ダンボールの中に収まったまま女の子、ペコリとお辞儀をした。
そうだ、忘れていた。
今の妹たちにとらわれすぎて、オレは新しい妹のことをすっかりと忘れていた。
まさかこういった形で出会うことになるとは、想定外だった。




