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初手でやらかしてしまった俺が、一目惚れしたあの子と結婚するまで  作者: アカツキユイ
一年目

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1/17

01 「わけわかんなくなりました!」

お待ちくださっていた方がどれくらいいらっしゃるかはわかりませんが、前作短編のふたり、ジョセフィーヌとレックスの物語です。書き始めたら例によって思った以上に長くなっています(現在形)。お楽しみいただけますと幸いです。

『お父さま、お母さま、かえりましょう』


 春の日差しが柔らかく差し込んだサロンで、あの日、彼女は椅子から立ち上がると、冷ややかな目を俺に向けてこう言った。


『え?帰るのかい?』

『はい、お父さま。身分は上かもしれませんが、しょたいめんの相手にたいして、「ブス」と言ってしまうような、しつれいなかたはおことわりです。

()()()いかだ」と言うそうですが、それすら虫にしつれいだと、先日王女でんかが、お茶会でおっしゃっていました』


 七歳で虫ケラ以下だと蔑まれる経験をしたやつはこの国でも俺くらいのものだろう。

 母が珍しく少し慌てた様子で、床に足がつかない彼女に話しかけた。


『まあまあ、そう言わないでジョセフィーヌちゃん。この子は素直になれないだけで』

『お言葉ですがおばさま、おばさまはおじさまに「ブス」だと言われたらどうなさいますか?』

『……張り倒すわね』


 張り倒す。

 母さん、フォローになってねえ。

 しかし、やりかねないのが我が母である。


『そうですよね。では、ごしそくがわたしに「ブス」と言ったことは、子どもだからゆるしてやって、とおっしゃいますか?

 わたしはたいへんいやな気持ちになりました。このまま、ごしそくと「すこやかなこうりゅう」を深められる気がしません』


『そうね、その通りだわ』

 母さん、納得するのか。

 まあ、納得するよな……。



『ジョセフィーヌ』

『お母さま。お母さまとおばさまのなかがよいのは見て知っています。しかしお母さまのむすめであるわたしと、おばさまのごしそくが、同じようになかよくできるとはかぎりません。わたしは、はじめて会っていきなり「ブス」と言ってくる相手とは、なかよくしたくありません』


 そう言って、当時六歳だった彼女は椅子から降りると、くるりと向きを変えて扉へ歩き出した。


『まてよ……!』


 思わず大声を上げてしまった。

 彼女は、面倒くさそうに半分だけこちらを振り返った。


『……まてよ、ですか?』


 視線が痛い。

 言葉遣いがダメらしい。


『ま、まって』


 彼女はこれ見よがしにため息をつき、俺に向き直った。


『しゃざいいがい、うけつけません。わたしをブスだと言ったことは、お父さまとお母さまをけなしたのと同じです』


『……った』

『……なんですか』


『わるかった!!』


 半ばヤケクソで叫んだ俺をじっとした目で見ると、彼女は俺の両親を向き直った。


『おじさま、おばさま。ごしそくのしゃざいは受け入れたいと思います。

 ですが、やはりなかよくできる気がいたしませんので、こんやくのお話は、なかったことにしてください』


 ……え?


『こんやく……?』


 ぽかん、とした俺を見て、両親がため息を吐いていた。


『言っただろう、聞いていなかったのかいレックス』

『婚約を前提とした顔合わせだと伝えたじゃない。だからジョセフィーヌちゃんもこんなにおめかしして来てくれたのに、あなたってば。

 せっかく来てもらったのにごめんなさいね、ジョセフィーヌちゃん。せっかく用意したお菓子がもったいないから包ませるわ。おうちでおいしく食べてちょうだい』


『はい、おばさま。おばさまは、またあそびにきてくださいね』


 そして、にっこりと彼女は母親に向かって小さな花のような笑顔を見せた。


 その笑顔に、まだ七歳だった俺の心は完全に撃ち抜かれてしまったのだ。


 ***


 十年前、初対面で俺を打ち負かしたジョセフィーヌ=ラングロワは……婚約者である。


 あの後、俺はジョセフィーヌたちが帰った後、両親に泣きつき、日を改めてラングロワ子爵家にお詫びに行った。

 そこで徹底的に謝り倒して、挙句には絨毯にひっくり返ってジタバタとみっともなく泣きわめいて、なんとか婚約を結んでもらったのだ。


 ジョセフィーヌが嫌だと言えば、何があろうと解消することを条件として。


 母親同士の仲が良かったから実現できた条件だ。

 父親同士も、親しいとまではいかなくてもある程度の面識があったのでこれが叶った。


 こんやくしてください!!と大声で頭を下げる俺に、ジョセフィーヌは胡乱な目を向けた。


『ブスなんでしょう?なんでこんやくするのですか』

『……ったから』

『なんです?』



『かわいかったから!わけわかんなくなりました!ごめんなさい!!』



 そう、初めて会ったあの日、俺はジョセフィーヌを見て、頭が真っ白になった。

 可愛い、天使、可愛い、手を繋ぎたい、可愛い。


 色んなことが頭をぐるぐるとした結果、口走ってしまったのが『なんだこのブス』だった。

 今の俺がその場にいたら、間違いなく七歳の俺の頭を引っ叩いていた。


 そして、俺のブス発言を聞いた瞬間に、うっすらと微笑みを作っていたジョセフィーヌから、一切の表情が抜け落ちたのである。

 後々の付き合いで、あの時の微笑みは人見知りの彼女が精一杯頑張って浮かべてくれていたものだとわかった。


 あの日、俺は徹底的にやらかしていた。

 改めての謝罪の場を設けてもらったこと自体が、奇跡だったのだ。



『……』

 ジョセフィーヌは、冷ややかな目で俺を見ていた。

 あの時、俺の母親に笑顔を見せた女子とは思えない顔で。


 その様子を、俺の両親も、ジョセフィーヌの両親も黙って見守っていた。



『かわいかったら、こんやくしたいのですか』

『したいです!』


『こんやくとは、ゆくゆくはけっこんをするというやくそくですよね?

 わたしがその時までかわいいか、わかりませんよ?』

『それでもしたいです!!』


『かわいくなくなったら、どうしますか?』

『きれいだったらもっといいです!!』


『……そういうことではなくて』

 彼女が、少し呆れたような顔をした。


『ジョセフィーヌ……ジョセフィーヌじょうとけっこんしたいです!

 かわいくてもきれいでもどっちでもいいです!』


『どちらでもないかもしれませんよ』

『それでもいいです!!』



 この時、耳まで熱かったのを覚えている。

 今思い出しても恥ずかしい。


 とにかく、なんとしてでも婚約したかった。

 この可愛い女の子が、他の男子と手を繋いだり手紙を送り合ったりするのを想像して、この謝罪の日まで毎晩泣いていたのだ。



 ジョセフィーヌは困ったように大人たちに視線を向けた。


『……ジョジョの好きにしていいよ』

 ジョセフィーヌの父親である子爵は、柔らかい声でそう言った。


 いや、好きにされては困る!潤んだ目で子爵をにらんだら、隣に座っていた母親に尻をつねられた。

『〜〜っ!!』


『……こんやくのお話は、ほかのおうちからもいただいていますよね?』

『そうだね、私の知り合いや、それ以外にも同じくらいの年頃のご子息がいる家から、話はいただいているな』

『その方々を、お父さまやお母さまは、よくごぞんじですか?』


『知っている家もあれば、知らない家もあるね』

 子爵の答えに、夫人が続けた。

『相手のご子息のご両親ともに親しいという家はないわね』


『……レックスさまとこんやくすれば、お父さまもお母さまも安心ですか?』

『そうねえ』

『少なくとも、ご両親どちらの為人(ひととなり)もわかっているという意味では安心できるかな』


 二人の答えを聞いて少しの間うつむくと、ジョセフィーヌは顔を上げた。


『でしたらこんやくします』

『!!』


 立ち上がりかけた俺のジャケットの裾を、両親が両側から引っ張った。

 そのせいで『ふげぇ』と変な声が出てしまったことを、俺は未だに根に持っている。


『ですが、こうりゅうを深められないと思ったら、こんやくをやめられるようにしてほしいです』


『……え?』


 ぽかんとした表情を浮かべていたであろう俺を見ると、ジョセフィーヌは小さくため息をついた。


『自分で言うのもはずかしいですが、わたしがかわいいから、わけがわからなくなってブスだと言ったんですよね?だとしたら、これから先も同じことがあるかもしれません。

 こうりゅうをしていけば、すこしはかわるのかもしれませんが、もうむりだと思ったら、すぐにべつの人とこんやくできるようにしてほしいです。……お父さまとお母さまが安心できる人と』


 今ならわかる。六歳でこの聡明さだ。

 この時点でいくつもの家から狙われ……いや、打診があったというのも無理はない。


 後々、ジョセフィーヌに来ていた縁談はとにかく多かったと聞いた。

 中でも、王弟殿下からご子息との縁を、と打診があったという話を聞いてひっくり返りそうになった。


 でも、それだけの価値がある。

 元々の聡明さに加え、幼い頃から王女殿下を敬愛し手本としていたジョセフィーヌは、家どころか国の繁栄を否応なしに期待させる逸材だったのだ。

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